第15話 スカウト
トキとリラは目の前に浮かぶ横幅1mほどのモニターを観ていた。そこには不審なコンビと異形の戦いが映っている。ちょうど、逆さになって動かなくなった怪物を前にミスペンがターニャを回復してあげているところだった。
「あいつら、強い……」
「敵の攻撃をおじさんのVMTで防いでるみたいです。胞子の毒も回復してますし、すごいです」
「攻撃もいろんな属性撃ってるし、空も飛べるし、あのおっさん何者? 最強じゃない?」
「そもそも、見たことないVMTです。呪文言ってないみたいで」
「え、呪文言ってないの?」
「はい。口が開いてないです」
「何それ、腹話術?」
「いや、そもそも声を出してないです」
「VMTって呪文言わないと使えないんじゃなかったっけ?」
「すごいですね」
そんな会話をしている間に、画面では動きがあった。回復してもらって動けるようになったターニャは、大鎌を手に取って怒り狂った顔で怪物の前に立ち、大鎌を振りかぶって一気に振り下ろす。そうして彼女は、怪物の脚を1本ずつ斬り落としていった。
「あの人、さっきまで毒で死にかけてたのに、もう動けるんですか」リラは少し驚きを露わにした。
「毒?」
「先輩もジャナでスキャンしたらすぐわかりますよ」
「ジャナ、ややこしくてよくわかんない」
「あの合成獣、猛毒吐いてるんです。近くで1回呼吸しただけで致死量を吸い込んじゃいます。そうなると20秒くらいで中枢神経が麻痺して中毒死するんですけど……あのおじさん、毒の治療も上手いですね」
「20秒で死ぬって聞こえたけど、マジ?」
「そのくらいの毒を、1秒くらいで回復してます。すごい力です」
「え、なんかめっちゃすごい気がする!」
「すごいなんてもんじゃないですよ。生身であそこまで戦える人、歴史上でもそうはいないです」
そんな会話の間にもターニャの大鎌は怪物の脚を斬り落としていく。そのたびに青い血がほとばしり、黒い鎧の少女の前に立つ術の盾に掛かる。それも気にせず、彼女は斬り続ける。ミスペンは後ろでそれを警戒しながら見守りつつ、様々な攻撃術で援護していた。
そしてついに、ミスペンが撃った雷の術が合成獣を吹っ飛ばし、その異形は再び動かなくなった。静かになったジャナの画面を見て、トキとリラもしばし驚嘆して黙るが、その後でトキはひとつ大きくうなずき、「決めた」と言った。
「えっ?」
「あいつら、うちの部にスカウトするわ」トキは目を輝かせている。
「えーっ!?」
「銃もカチオンもなしで、普通に合成獣やっつけちゃったなんて化け物すぎるでしょ。しかも、ほとんどあのおっさん1人で! おっさん最強じゃない?」
「いや、まだやっつけたわけじゃ……」
その時。リラの言葉に反応したかのように怪物が咆哮を上げる。
「クォォォォングァオォォォォォ!!」
倒れたはずの怪物の甲高い声を、トキとリラは再び聞いた。ジャナの画面を見ると、ほとんどの脚を斬り落とされた合成獣は、残っている2本の脚だけで立ち上がり、最後の抵抗とばかりにミスペン達に体当たりを仕掛けている。
画面を見て、トキは目を白黒させた。
「えぇーヤバ! あいつ死んでなかったの!?」
対するリラは冷静だ。
「合成獣は弱点を攻撃しないと何回でも復活します。あれの弱点は、脚の付け根です」
「あんなに脚斬ったのに?」
「脚じゃなくて、本体の脚の近くにあります」
「何、どういうこと?」
「弱点、小さくて。脚を斬り落としてますけど、付け根は攻撃してないですよね」
改めてトキはジャナ画面を凝視した。そこには複雑な分析がリアルタイムで更新され続けているが、複雑すぎて凝視したところでまったくわからない。ただ、そこにはっきりした映像で表示されている合成獣の姿を見る限り、リラの言う通り少女が斬り落とした怪物の脚はどれも2割ほど残っている。根元は無傷だ。
「ほんとだ、残ってるかも。じゃああの人ら、それ知らなかったら終わりじゃん!」
「だから、わたし達、もう帰ったほうがいいと思うんですけど……」
「いや! こんなときこそ出番じゃないの」
言いながらトキはカバンから板を取り出す。ジャナではなく、先ほどリラが街で会ったミスペンを回復する時に使った真っ赤で大きめの平たい板だ。四角形の下側が三角に張り出しているという、まさに盾という形状をしていて、裏側には取っ手のほか、複数のスイッチがある。この取っ手に片腕を通し、トキは「ちゃんとついて来てよ!」と言って、カバンをその場に置いてひとりで走り出した。
彼女は走り始めながら「シールド安全装置解除!」と、技名かのように高らかに唱える。
「えーっ先輩!」リラは目を閉じて呆れた。
「もう……なんでこんな……。はぁ……」リラも、ポーチからトキのものとまったく同じ盾を取り出して小声でこの盾に言う。「シールド、安全装置解除」
「何してんの、早く来て!」先のほうでトキは振り返り、急かしてくる。
「大丈夫ですか? 本当に……。あぁー、大変なことになった……」リラは誰にも聞こえないだろうと思いつつも答えながら、軟らかい身体を弾ませて追いかけた。