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果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
第6章 悪夢
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第10話 角の先輩

 ぷるぷる生物はジャナ画面を見て何かに気づき、ハッとする。彼女の前に浮かんでいた大きな長方形の画面が消え、目の前の小さな四角形だけになると、彼女は独りでいるにもかかわらず、そこに誰かがいるかのように話し始めた。


「あっ、もしもし。あの、ちょっと、心配な人を見かけまして。えーっと……記憶喪失みたいなんですけど。はい。全身、布でぐるぐる巻きにしてて。はい、男の人です」


 ナラムはどう説明したものかと考えながら、先ほどの男の背中を目で追う。紫の布で全身を巻いた、片腕と片目と角のない怪しい男。彼女は男がかろうじて視界からいなくなる前に、ぷよんぷよんと跳ねて移動を開始した。その間にも通話を続けている。


「名前ですか。わたしの? リラ・ソベリといいます。職業は、学生です。パクワーン・ダクシン高校の1年です」


 リラ・ソベリと名乗ったピンクのゼリー状生物はジャナで通話しながら、アスファルト舗装の地面を走る。ビルの合間を抜けると、そこは通行人の多い地区。リラはたぷんたぷんと跳ねながら、彼らの間を進んでいく。ナラムの身体は外見通り、走るのに向いていない。速度差はいかんともしがたく、謎の男をすぐ見失ってしまったが、それでも心配なので一応追いかけていった。ジャナの大小2つの画面は、その動きに追従して彼女の目と顔の前にずっと浮かんでいた。


 ミスペンの姿は見えないが、それでも彼がどこにいるのかはなんとなくわかった。人だかりができていたからだ。いつもは足早に歩いていくはずのサラリーマンや学生が、立ち止まって一点を見つめ、ざわざわと言い合っていた。中にはジャナを取り出して長方形にタップで打ち込んでいたり、指輪をどこかに向けて操作している者も。彼らの視線の先には、およそ100mの高さを持つ超硬質セラミックス製のフェンス。空と同じ紫色にうっすら染まったこの壁の向こうに、一般には立入禁止とされている自然保護区があるのだ。


 リラはたぷんたぷんと跳ねて進みながら、通話相手に訴える。


「角はないです。全身、紫で。スキャンしました、多分ヴィラームの人だと思うんですけど……あっ!」


 リラ・ソベリは状況の変化に気づき、思わず声を上げる。自然保護区と都市を隔てるフェンスの前を、いるはずのないものが浮かび上がっていくのを目にしたのだ。それは、紫の布で全身を巻いた人物。先ほどの男だ。何かの引力で引き上げられるかのように、直立姿勢のまま等速でぐんぐん高度を上げていく。


「あっあの……その人、今、飛んでます! 浮かんでます!」


 話している間に男はフェンスを越え、その先へと入っていった。足を止めていた野次馬が一斉にどよめく声の中、リラは大声でそれを相手に伝える。


「あっ、自然保護区に入っちゃいました! 場所? えっと、ゴーレイヤ市のソーバーギヤ区。で、32番通りの突き当たりの……えーっと、詳しい場所は……チェブ・ジェン屋さんの前で。はい。チェブ・ジェンのお店が近くに2軒あります……えっ、それじゃわからない? ですか……」


 リラは近くを見た。米と魚、様々な野菜を混ぜて炒めたような茶色い料理、チェブ・ジェンの香ばしい匂いが漂っている。店内でこれを食べていた客も、スプーンを止めて窓越しに謎の男を見ていた。


「はい。えーと、……そうですね……。中に入っちゃったので……。はい……」


 話題の中心人物が自然保護区に逃げ込んだとあっては、リラも途方に暮れてしまう。するとそこに、女の子が声を掛けてくる。


「リラ!」


 名を呼ばれて見ると、立っていたのは浅黒い肌を持つ金髪の少女だ。水色のセーラー服をベースに、ピンクのフリルやリボン、スカーフを随所に加えた、とても可愛らしく、また見ようによっては子供っぽいデザインだが、最も目を引くのは頭上に生えた角。羊のそれのようにカールした、黒く太い一対の角だ。


「あっ! トキ先輩!」


 電話の途中だが、思わずリラは挨拶する。


「何してんの?」


 金髪の少女には答えず、リラは通話を続ける。 


「あっ、ごめんなさい。えっと、どこまで話しましたっけ……あっ、そうです。自然保護区に入っちゃいました。空、飛んで。はい、VMTかも知れないです。はい。……それでは、失礼します」


 リラは電話を切った。


「何? 自然保護区? それでこんな人集まってんの?」トキは好奇心で表情が輝いている。


「トキ先輩、見てないですか? 布でぐるぐる巻きのおじさんがそこを走ってったんです」


「へー、そうなんだ。なんで?」


「わかんないです」


「空飛んで入ったの?」


「そうです。ふわーって浮かんで」


「そのおっさん、すごいね。これ越えられるVMT使ってんの?」


「みたいです」


「プロじゃない? そのおっさん」


「いや、プロのラライ選手にあんな人いないですよ」


 周辺では人混みが少しずつ離れていく。未だ、謎の男についてざわざわと話す者もいながら、その場は日常に戻りつつあった。人混みを避け、トキとリラは都市部と自然保護区を隔てる、高さ100mのフェンスのそばまで来た。


「すごいね、ここを越えたんでしょ?」


「あの、先輩。もう行かないと」


「だね、行こっか」


「いや、先輩ってわたしと塾一緒でしたっけ?」


「いいや。壁の中に入るんだよ」


 リラは、耳を疑った。ナラムには耳たぶなどないのだが、聴覚はある。彼女は自分の聴覚を疑ったわけだ。そして「えっ?」と訊き返した。


「あの変なおっさん、あたしらでとっ捕まえようよ」トキはささやいた。


「えぇーっ!! でも、私、ダールに通報しちゃいましたよ」


「いや、どうせ来ないでしょ。ダールなんか、殺人でも起きなきゃまともに仕事しない奴らなんだし。通報するだけ無駄よ」


「そうなんですか……?」


「ほら、行こう! あっち!」


 トキが指差したのは、フェンスと面した場所に建つ、見るからに古い高層ビル。およそ50階建てくらいだろう。高層といっても、10000階建て以上の巨大ビルが林立するこの街では小屋のようなものだ。壁は薄汚れた灰色で、どんなテナントが入っているかも外目にはわからない。


「あぁ~……遅刻確定だぁ」


「塾なんか、一日休んだって大したことないでしょ!」


 リラは答えず、また軟らかい身体の一部をツンととがらせ、ジャナ画面に触れている。


「何してんの?」


「遅刻の連絡入れないと」


「あんた、真面目だね。そんなの後、後! 行くよ!」

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