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果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
第1章 逃避へのいざない
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第10話 英雄歓待

 レサニーグに帰った7人を村の入口で迎えたのは、手足の生えたミカンだった。


「あー、みんな帰ってきた!」ミカンはとことこ、短い足で駆けてくる。


「ロルピー、みんなを呼んでくれよ。大変なことが起きちまった」ドゥムが言った。


「えっ! 何があったの?」


「それは秘密だ。とにかく、大事件だ」


 しばらくして、酒場前の広場に果物、野菜、獣などが続々集まってくる。

 皆、そわそわした様子で情報を待っていた。


 集まってくる住民をユウトがひとりひとり数えてみたところ、50人には遠く及ばなかった。


 全員ウロウロと動き回ってうまく数えられないが、20人くらいしかいない。


「じゃあ、始めるか」


「待って。ラースラーノがいないわ」


「あいつか?」


「そういえばいないね」


 やがて最後の住民であるパイナップルが来ると、6人の先輩冒険者はユウトを中央に据え、村民の前に並び立った。


「なんだー?」


「大変なことってなんだよ?」


「大事件起きたの?」


「心配だよー」


 村の人々が口々に急かす。応えるようにドゥムは、発表を始める。


「じゃあ、今から言うぜ。今日起きた『大事件』のことを!」


 村民は集中する。


「とうとうか!」


「早く教えてー」


「何が起きたんだよ?」


 ドゥムはユウトを指し、高らかに発表する。


「今日、我らが新たな仲間、ユウト! こいつはとんでもないことをやりやがった。それは……」


 発表の後半をカフが受け継ぐ。


「こいつはなんと、エクジースティをやっつけちまったんだ!」


 村民は静まり返った。発表の内容がよく聞こえなかったかのように。


 互いに顔を見合わせ、ひそひそと何か言い合う。そして誰かがたどたどしく、カフの出した魔獣の名を繰り返す。


「エク、ジー、……」


「スティ?」


 それでようやく理解したのだろうか。村民は一気に喜びを爆発させた。


「えぇぇぇーーーー!!」


「うわああぁぁぁぁーーーー!!」


 村民は我先にとユウトの前に集まってくる。


「本当に? 本当に?」


「エクジースティを?」


「嘘じゃない? 倒したの?」


 これにレドが答える。


「そうそう、本当!」


「マジだぜ」ドゥムも続く。


「えーっ!?」


「すごーーーい!」


 ユウトに押しかけた列の一番前は真っ赤に熟れたトマト。彼はユウトの顔を見上げて言った。


「君、ユウトって名前なんだ?」


「うん、一応」初対面からなれなれしい態度のトマトにどう対応していいかわからず、ぶっきらぼうに答えるユウト。


「強そうに見えなかったけど強いんだね! というか僕のこと覚えてる? 昨日の酒場にいたんだけど!」


 そう言われても、ユウトはいまいち思い出せなかった。


 するとこのトマトは力士のように丸い体躯を前面に出し、両手で交互に突いてユウトの腹を押してくる。


「強い強い! ユウト強い! ユウト強い! エクジースティ、倒すなんて! 強い強い! ユウトユウト!」


 興奮状態のトマトは称賛の語を連発しながらユウトの腹を押し続けた。


 トマトの圧力は、踏ん張っていないと足を取られそうなほどの強さがある。


 というのもどうやらトマトの後ろで、同様に他の村民がその背中を押しているようなのだ。


 状況は先輩冒険者もあまり変わらないらしい。


 ユウトと一緒に冒険に行った仲間にも村民は頭突きしていたり、体重を預けていたり、ラグビー選手のように体勢を下げてタックルしていたりした。


「ちょっ、こら!」


「みんな落ち着いて!」


「押すな押すな!」


「きゃーー!」


 悲鳴をあげてまずレドが倒れる。続いてバースが倒れ、カフは村の入口まで転がっていく。


 ユウトもこらえきれなくなり、尻餅をついてしまった。


 勢いあまってユウトの身体の上にトマトが乗っかり、視界いっぱいに真っ赤に熟れたトマトの顔が迫ってくる。

 同時に、ユウトの腕が突然重くなった。


「えっ?」


 見ると、茶色い何かが右腕に巻きついている。


 綱引きの綱に似ていると思ったのもつかの間、この茶色い物体の正体に気づいてユウトは恐れおののいた。


 それは、蛇だった。


 彼が通学中に見たことがある蛇はヒョロヒョロで、ヒモのように細いが、そんなものとは比較にならない。


 それより何倍も太い、大蛇と呼ぶべき生物だ。


 どうしていきなり蛇なのか。何が起きたのか。


 ユウトは脳が沸騰したかに思えるほどの一瞬の恐慌、全身の肌が反り返るような錯覚を覚え――


「のわああぁぁぁぁぁ!!」


 自分でも驚くほどの絶叫を上げてしまった。




 それから、若干の時が過ぎた。


 レサニーグの人々は祭りのように皆浮かれ、騒いでいた。


 酒場だけではスペースが足りず、ほとんど村全体が祭りの会場となっていた。


 各々が持ち寄ったテーブルと椅子でそこらが埋め尽くされている。


 料理の人手も足りないので、食べたい者が好き勝手に料理を作って、テーブルに持ってきて食べるような自由な有様になっていた。


 ユウトはそうした楽しげな村民に囲まれ、広場の中央、一番大きなテーブルの前に座っていた。

 首に黄色い花の輪っかを掛けられている。


 辺りではカフやドゥム、さらに先ほどのトマトなどが何か適当な歌を歌いながら踊りまくる。


 皆がセルフサービスで食べたいものを作って持ち寄る現状でも、このパーティーの主役であるユウトだけは例外で、村人が彼の前に、勝手に何かわからない料理をどんどん運んでくる。


 誕生日でもあり得ないほどの接待を受けているが、それよりも彼にとっては、先ほど腕に巻きついてきたあの蛇がなんだったのかという疑問で頭がいっぱいだった。


 ユウトが絶叫した直後、あの茶色い生物はするりと腕を離れ、地面を這ってどこかへいなくなってしまった。


 村人に尋ねようとしても皆大興奮で会話にならず、早速この宴が始まったのだ。


 あんなモノが現れても誰一人気にしていないのだろうか?


 それとも、まさか自分ひとりにしかあの蛇が見えないとでもいうのだろうか。


 ユウトは本来、爬虫類を一目見ただけで叫ぶほど大嫌いなわけではない。


 だが決して好きでもないし、触れたいとも思わない。


 危ない生き物だということも知っているので、あの大蛇を警戒せずにはいられなかった。


 レサニーグの村民は二足歩行の獣か、手足の生えた果物か野菜か、それ以外にワニやイカなどもいるが、要するにユウトのいた世界に存在する動物や植物を元に、誰かがデザインしたような外見をしている。


 それに対して、あの蛇は実在する大蛇そのものだった。ユウトがテレビで、どこかの国で捕獲されたりしてニュースになっているのを見たことがあるが、その大蛇とまったく同じ姿だ。


 ダークブラウンの身体にベージュの網目模様が特徴的で、全長は5mくらいだろうか。


 絵本か何かから出てきたような住人ばかりのこの村で、生物がその外見のまま動いているのは、見る限りアイツだけだ。


 というか――ふとあることに気づいて、ユウトは周囲を見回す。


 ここには、彼が知っているそのままの生物は他にいない。


 犬や猫の声もせず、ハエや蚊が飛び回っているわけでもない。

 となると、あの蛇がなおさら気にかかる。


 警戒しつつも手近な料理を食べていると、テーブルの上、皿の間を茶色い何かが這うのが一瞬見え、ユウトはゾッとした。


「げっ!!」


 声を発し、手を止めて思わず立ち上がる。


 続いて、料理の合間を縫って蛇の顔が姿を現した。それはまさしく、蛇の顔そのものだ。


 彼が見ているのも気にせず、パンだろうがサラダだろうが、お構いなしに蛇は料理を次々と丸呑みにしていく。


 ユウトは足元に置いていた中華包丁を拾い、いつでも戦える態勢に入る。


「お前、来んなって!」


 無意識に蛇に怒りをぶつけると、予想だにしないことが起きた。蛇はユウトにまっすぐ顔を向け、こう言ったのだ。


「私に言った?」


 ユウトは思わず「えっ?」と声を発した。


 蛇の声は、アニメに出てくる美少女の声そのものだった。反応に困るユウトに、声の可愛い蛇は続ける。


「いっぱいご飯あるから食べたんだけど、駄目?」


 ユウトは頭が混乱していた。


 見た目は現実にいるような大蛇でも、やはりこの村に住んでいるから喋るのだろうか。


 しかし外見はまぎれもなく大蛇なのだ。黄色く小さな目の中にある縦長の瞳孔はいかついし、喋ると鋭い牙がのぞく。


 どうしようかと思っている間にも、村人はどんどん料理を運んでくる。


 ユウトは蛇について尋ねようとするが、村人は料理を置くとどこかに行ってしまう。戸惑っている間に、大蛇はするするとユウトに近づいてくる。


「ねえ、エクジースティってどんな感じだった? 教えて!」


 蛇は身をくねらせ、ユウトの左腕に巻きつこうとした。


「ちょっ! だから、くっつくなって」ユウトは少し離れた。


「なんで?」


 いくら声が可愛くても、見た目が蛇だからな――とユウトは思った。


「さっき、急に巻きついてきたろ。俺、ちょっと寿命縮んだぞ。結構ビビったからな」


 すると、少し大蛇は落ち込んでしまったようだ。


「ごめん……だって、エクジースティ倒した人なんて、聞いたことなかったから」


 大蛇は今しがた自分が空にした皿の上まで這っていき、とぐろを巻く。


 大皿からはみ出すほどその身体は太く、長い。丸呑みにした料理がまだ消化されておらず、身体の一部がいびつな形になっており、そのおかげでとぐろ自体がガタガタと不格好。


 そのとぐろの中心で、自分の身体を枕にして大蛇は寝たフリをした。なんだか悪いことをした気になる。


 その時ドゥムが椅子を持って来て、ユウトの隣にドンと置いた。


 どっかり座って大蛇に声を掛ける。その内容に、これまたユウトは驚かされる。


「おい、シュケリ。どうした? もっと楽しもうぜ」


「うん……」大蛇はしょんぼりしたまま、誰にも目を合わさず答えた。


「何かあったか?」と訊くドゥムに大蛇は反応を示さない。


「こいつ、何?」

 ユウトはドゥムに質問した。ドゥムは近くにある皿の上からドーナツをひとつ手に取りながら、大蛇をユウトに紹介する。


「こいつはシュケリ。なんだ、どうした?」


 ユウトはどう尋ねていいか少し迷いながら訊いた。「えっと……なんで蛇が?」


 するとドゥムは笑って答える。


「おい、どういう意味だ? こいつはただの蛇だぞ。大して強くないし、今は弱い魔法をやっと出せるぐらいだ。冒険者としてはお前のほうが後輩だが、こいつはルーポも満足に倒せないんだ。仲良くしてやってくれ」


「えっ……」


 ユウトは一旦固まって、ゆっくり大蛇を指差し、遅めに、一音一音を少し強めて確かめた。


「まさか……こいつ、冒険者?」


 ハハハと大笑いしてドゥムは答える。


「そんなに驚くか? この村には駆け出し冒険者が何人かいる。シュケリはその中じゃ、マシなほうかな」


 ユウトは、とぐろを巻いたままのシュケリを見つめた。すると、目が合った。


「……マジで?」ユウトはシュケリを見つめたまま、つぶやく。


「私、冒険者だよ。いつかエクジースティを倒したいんだ」


 ユウトは固まった。何も言葉が出ないでいると、今度はレドが来た。


「ねえ、ドゥム。これが終わったらチボゴンにユウトの武器作ってもらおうよ」


「そうだな」ドゥムが答える。

「ダイムの包丁使いたかったらそれでもいいが、冒険者は自分の武器を持つのが決まりだぜ。鎧も必要か。その血がついたシャツのままじゃ嫌だろ」


「確かにね」


「あと、足はそのままでいいか?」ドゥムに言われて、ユウトは自分の足を見た。黒い靴下のままだ。


「あ? あー……いや、靴、できたら欲しい」


「よし。山でも洞窟でも、どこでもいけるブーツを作ってもらおうぜ」


「いいなー。私も鎧着たいなー」

 シュケリはとぐろを巻いたまま、顔を起こして言った。


「無理だよ。蛇用の鎧はチボゴンでも作れねーぞ」


「えーっ……」


「そんな残念な顔しないでよ」レドが言う。

「鎧は着たら着たで動きが遅くなるんだから。シュケリは動きが速いのが強みでしょ」


「うん。わかった」


 大蛇はそれ以上ぐちぐち言わず、またとぐろを巻いた。


 ユウトがそれを見ていると、蛇はその視線に気づいて、再び目が合った。彼は今度は怖くなって、なんとなく目を逸らした。


 ユウトは、大蛇と一緒に冒険する日がいつか来るのだろうかと思い、ぎこちない笑みを浮かべた。


 この村で暮らし続けるなら、苦手などと言っていられないのだろう。

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