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果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
第6章 悪夢
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第3話 ネズミ

 3人は不安を胸に抱え、また歩き始めた。しかし、森はさらに深くなっていく。木々はほとんど空も見えないほど密集し、地面にはぬかるんでいるところもある。辺りに漂う不穏な気配は、彼らの表情をますます陰らせていった。


「あれっ、足に泥がついちゃった」クイはぬかるみを踏んだ足を上げ、泥を確かめている。


「足場が悪いなー。こんなとこ、知らない」レドも、履いている緑色の大きなブーツをぬかるみから引き上げるのに少し苦労していた。


「不思議な森ですね」パフィオは角に引っ掛かった木の枝を取り除く。


「変なとこばっかり……。なんでだろ、迷ったのかな」クイは焦ったように周囲を見回す。


「本当にここは、レドさんが言ってた町なんでしょうか」


「うん、そうだと思うよ。絶対ハルタスがこの辺にある」


「じゃあ、信じるよ」


 歩けど歩けど、どこにも着かない時間が続く。3人の心は本格的に不安になってきた。それを覆い隠すためか、場が静かにならないよう彼らは会話を続ける。


「そういえばエクジースティ、知ってる? あたし、会ったことあるんだ」


「僕も!」「わたしもです」クイとパフィオは同時に答えた。


「ほんとに? すごいね」


「レドが会った時はどんな感じだったの?」


「ユウトがやっつけてくれたんだ。あいつがいなかったら、勝てたかどうかわかんない」


「やっぱりユウトは強いよね。ドーペントも言ってたよ」


「ドーペント? 誰それ」


「ドーペントはカエル。ユウトが人殺しって言われてたのに、ずっと仲良くしてて、アキーリのみんなは変わってるって言ってたけど、いい奴だよ。ユウトと仲良くしてたせいで、ドーペントもテテもみんなに避けられてたけど、気にしてなかったみたい」


 クイはレドに気を許したからなのか、思ったままを適当に喋っているらしい。アキーリで起きていたことを、先ほどクイから少し聞いただけのレドには、どうにも感覚がつかみづらい話なのだが、彼女はなんとなく「そっか……」と受けた。


「そうですね。ドーペントさんもテテさんも優しくていい人です」


「楽しくやってたみたいだね、君ら」レドが言った。


「楽しかったよ。あ! あとね、僕ら、ものすごい数のエクジースティに遭ったんだ」


「えっ!? エクジースティがものすごい数いるの?」レドは声を大きくする。


「本当だよ。ユウトとか、パフィオとかが頑張ってやっつけたんだ」


「ラヴァールさん達も助けて下さいました」パフィオが続く。


「嘘でしょ? そんなこと起きてたんだ」


「本当なんです」


「パフィオって、クイが言ってたけど、やっぱり強いんだ? スカーロだもんね」


「すごく強いよ!」クイは明るく答える。


「すごいなー。スカーロってみんな強いんでしょ?」


「強いのって、すごいことでしょうか。わたし、そんなに戦いたくないんです……。魔獣さんをやっつけたくなくて」


「パフィオはすごく優しいんだ」


「そうだよね、優しいね。魔獣『さん』って呼ぶんだね」レドも優しい笑顔になっている。


「変でしょうか……?」


「魔獣は魔獣じゃないの? 魔獣は人じゃないよ」


「でも……私はできたら魔獣さんとも仲良くなりたいです」


「無理だと思うけど……でも、なれたらいいよね」


 その時、小鳥の群れだろうか。遠くで騒がしく、ピピピッ……と鳴きながらどこかへ飛んでいく。


「なんの音だろう? さっきから聞こえるけど」


「あれはね、鳥の声だよ」


「声? じゃあ、喋ってるの?」


「よくわかんない。この森、不思議なんだ。さっき、僕と同じような見た目なのに、すごくちっちゃい鳥を見つけたんだ」


「そうなんですか?」


「すごいね、それ! 不思議!」


「そうなんだ。しかも、さっき遠くで飛んでたあいつらみたいに、ピーピー鳴くんだよ」


「喋らないってこと?」


「なんて喋ってるか、全然わかんないんだ。しかもすぐ逃げちゃった」


 すると3人の目の前を、蚊かハエか、羽の生えた虫が何匹も飛んでくる。


「わあ、何これ。ちっちゃいの!」


「なんだろう? 不思議!」


 虫の一匹がクイの周りを飛び始めた。しつこく顔の周りでブンブンと、その小さな存在を主張し続けた。クイは首を振り、はばたいて振り払おうとする。顔からは離れたが、依然クイの近くでぐるぐる飛び回っている。


「ちょっと、君! なんの用? 挨拶くらいしてよ!」クイが虫に不満をぶつけても、もちろん反応はない。


「なんだろう、クイのこと気に入ったのかな?」レドが言った。


「そうですね」


「一緒に飛びたいのかも!」レドが言う。


「よーし、じゃあ飛ぼう!」


 クイは羽ばたいて空を飛び、そこらを一周した。戻ってくると、虫はもういなくなっていた。


「あれ? さっきのあいつ、いなくなっちゃった」


「なんだったんでしょう?」


「まあいいや。行こうよ」


 クイとパフィオが先へ進もうとするのを、「待って」とレドが止める。「ねえ、クイ。空からこの辺見たでしょ? 町はあった?」


「あ、ごめん! それどころじゃなかった」


「えー?」


「でも、ちょっと見た感じ、その辺はずっと森だったよ」


「えっ……」


「町はどこにあるんでしょう?」


「もう一回飛んでよ。高く飛んだら、多分すぐわかる……」


 言い終わる前に、ドドドォーン!! 落雷のような、とても大きな音がした。


「うわっ、何? なんの音?」


「パフィオ、本当に大きいよね」


「ごめんなさい。お腹がすきました」パフィオは、落雷の前後のようにまだゴロゴロと鳴る腹を押さえ、少し恥ずかしそうに言った。


「パフィオってお腹がすくとそんな音がするんだね」レドは腹を押さえるパフィオの手を見て言った。


「うーん、グランダ・スカーロにいた時はみんなこういうお腹の音だと思ってたんですけど、国の外はそうじゃないみたいですね」


「お腹が空いたら、グーグーって鳴るよ」レドが言う。


「いびきみたいな音ですね」


 その時、遠くから何かバキバキと物騒な物音が聞こえる。バサバサ、小さな鳥が10羽ほど飛び立った。ピーピー、チチチチと、鳥がやかましく鳴くのも聞こえる。


「パフィオのお腹って、バキバキって音もするの?」レドが訊く。


「いいえ、そういう音はしないです」


「じゃあ、誰か木、折ってるの?」クイが訊いた。


「木? なんで?」


「そういう音に聞こえるよ」


 バキバキ、バリバリと、木を折るような音はひっきりなしに聞こえる。しかも、どんどん大きくなってくる。


「多分、誰かが木を切ってるんだ。家を作りたいんだと思うよ」クイが気楽な感じで言う。


「木を切るのって、ああいう音だったっけ?」レドがいぶかしむ。


「木を直接手で折ってるんでしょうか」パフィオが言う。


「それはさすがに、スカーロじゃないとできないかも……」クイが少し呆れながら言った。


「あっ、そうでしたよね。アリーアの皆さんと会わないと、わからないことでした」


「アリーア?」レドが身体を少し左にひねった。


「あなた方のような鳥とか野菜とかの人達を、私達スカーロはアリーアと呼びます」


「うーん? 不思議だなぁ、そうなんだ」


「僕、見てくるよ。あの人が皆の居場所、知ってるかも」


「はーい、行ってらっしゃーい」


 クイは飛び立ち、様子を見に行った。


 音がしている現場はすぐにわかった。明らかに森の一角がわさわさと不自然に揺れていたからだ。高度を下げて近づくと、木の根元が大きな茂みで覆われている。その茂みの向こうに、灰色の丸い物体ふたつがもぞもぞ動いているのがわかった。少し大きい気はしたが、色と形状はネズミの耳のようだった。


「おーい! 何してんの?」


 クイは話しかけた。ネズミの耳はその瞬間、動きを止めた。


「君、エルタっていう七面鳥と一緒にいたネズミだよね? 家作りたいの?」


 ネズミは反応しなかった。ハァ、ハァという息遣いだけが聞こえる。エルタの連れていたネズミはこんなに息が荒くなかった。口数が多くて、下品な喋り方だったはずだ。クイは、何かがおかしい気がした。


「どうしたの? なんか言って――」


 クイが言い終わる前に、ネズミは顔を上げた。


 その顔を見たクイは、言葉を呑み込まざるを得なかった。そして、「へっ?」と小さく声を発した。いや、声というよりは、息を勢いよく吸うような発音に近かった。


 顔を上げたそれは、ネズミと似ているが、しかし絶対にネズミではない。醜く凶悪な何かだ。


 二つの耳と長い髭、前歯。特徴からいえばネズミのはずだが、しかし黄色いつり上がった目には瞳孔がない。そして、牙があまりにも鋭く長く、前歯以外に口全体から何十本も、上に下に飛び出していた。


「だっ……、誰……」クイの声は震えていた。


「ガゴグァゴアァァァ!!」


 ネズミが口を開け、黄色い唾とともにこの世のものとは思えない咆哮を放つ。紫色の口の中には数百本もの鋭い牙がひしめいていた。


「うわあぁぁぁぁ!!」


 クイは、生まれてからおよそ出したこともない悲鳴を上げ、力の限り飛んで逃げた。後ろから膨大な重量を持つ何かが、ドシン、ドシンと森を震わせ、ベキベキと木をへし折りながら追ってくるのがわかった。


 あれがネズミでないことは明白だが、それならどういう生き物なのか。その答えをクイは、一片も持っていなかった。


 クイはレドとパフィオのもとに飛んで帰ってきた。恐怖のあまりうまく着地できず、地面に腹をぶつけ、落ち葉を散らしながら軟着陸した。


「クイさん!」「大丈夫!?」


 パフィオとレドがクイのもとに駆け寄る。


「あっあっあぁ……!」


 落ち葉にまみれながら、クイは激しく震え、目を固くつぶっている。


「どうしたの、何がいたの!」


「わかんない……! わかんない……!」クイのくちばしがカタカタ鳴る。


「何がいたんでしょう?」


「さっき、聞いたことない声がしたよ。エクジースティの声でもない!」


「見たことない魔獣でしょうか?」


 話していると、地面が微かに揺れるのを感じた。恐ろしい咆哮も聞こえる。


「ングォアァァァァ……!」


「何、今の声!」


「ほら、あいつ! あいつ! 近づいてる! ここに、来る!」


 クイは震えながら必死に伝えた。それを見てレドは唾を呑み、武器の三角ホーを背中の鞘から抜いた。


「パフィオ、戦おう! きっとすごく強い魔獣だよ、力を貸して!」


「はい。戦うのは嫌ですが、仕方ありません」パフィオも覚悟を決めた顔をしていた。


 次第に直後、木々を食い破りながら現れたのは、3人にとって想像したこともない、そして、一生忘れることもできないであろう、異常な姿の生物だった。

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