第2話 死の気配
3人は森を歩き始めてから、すぐ違和感に気づいた。
いつまでもハルタスの町に着かないし、クイとパフィオの仲間も一切見つからない。のみならず、そもそも言葉を話す人物にも、魔獣にも出会わなかった。代わりに、彼らが聞いたことのない、チチチ、キーキーキー……彼らが聞いたことのない甲高い声がひっきりなしに聞こえてくる。進むにしたがって木々は密集していき、空も狭くなる。どんどん深い森の奥へ入っていくような感じがあった。
「この音って何? ずっと聞こえるよ」
「僕もちょっと気になってたんだ。不思議だよね、ハルタスって」
「えー!? あたし、こんな音聞いたことないよ」
「レドが聞いたことないの!? ここってハルタスの近くなんだよね?」
「えーっ……そうだよ?」レドは肯定しつつも、自信がなさそうだ。左右をせわしなく確かめている。
「本当にそうなんだよね?」
「だと思うけどな。結構歩いたし、もう町に入る頃だと思うけど……あれ? 感覚、おかしくなったかな? あたし、さっきまで昼寝してたから」
「森の中で昼寝してたの? 魔獣いるんじゃない?」
「いや、森じゃなくて小屋で寝てたと思うんだけどなぁ」
「小屋? この森に小屋があるの?」
「いいや、ハルタスの町の真ん中だよ」
「えーっ! 真ん中!? じゃあなんで森にいるの?」
「やっぱりおかしいよね……。小屋に入って、そこで寝た記憶はちゃんとあるのに。そもそも、町の中にいたはずだし。なんでここにいるんだろう?」
「寝ぼけてるんじゃない?」
「そんなことないよ……えっ、寝ぼけてんのかな? あたし、さっき起きた時、森の中にいたんだよね」
「じゃあ、最初から森の中で寝てたんだよ!」
「そんなはずないよ。森の中には魔獣がいっぱいいるんだから、森で寝るなんてしないよ。ハルタスの近くに出る魔獣、ちょっと強いんだから」
ここでパフィオは空を見上げた。木々の間に紫の空、オレンジ色の雲。
「あ……さっきは青い空だったと思うんですけど」パフィオがぽつりと言った。
「あれ!」レドも見上げて気づく。「いつの間にか夕方になってる。いや、夕方の空ってこんな色だったっけ?」
「そうなんだ」クイも見上げる。「変な色だよね。こんな色の空、見たことない。雲も変な色」
「そうかな? きれいな色じゃない?」レドが言った。
「えーっ?」クイは小さく跳ねる。
「ちょっと、不吉な感じがします」パフィオがやや神妙に言った。
「パフィオもそう思うの?」
「はい。紫の空とオレンジの雲なんて……見たことがありません」
「そうか。不吉か……。みんな、気をつけよう?」レドが言ってクイが不安そうにうなずいた。
ここでパフィオはある方向を見て「あっ!」と声を発する。
「どうしたの?」
「なんでしょう、あれは」
パフィオは遠くを指差す。その指の先、地面に赤い楕円があった。近づくと、それは血だまり。
「血!?」
「えっ……何があったんだろう」
「あぁ、怖いです」パフィオはまた泣きそうになった。
「大丈夫だよ。あたしもクイも冒険者だから、魔獣が来てもなんとかなる」
「そうそう! 安心だよ……えっ?」クイが別の方向を見て、何かに気づいたらしい。
「また何かあった?」
「あれ……何?」クイは翼で指した。
「何? 何を見つけたの?」レドがきょろきょろする。
「あっ――」
パフィオもそれを見つ、息を呑んだ。それは遠く、茂みの向こうに立つ木々が、巨大な獣か何かに乱暴に食い破られた光景だった。よく見ると、木々の中央には白い骨のようなものが散らばっていた。
近づくこともなく、3人はその場で骨を観察した。
「誰か、ここで死んだのかな……」
「あぁぁ……可哀想に」パフィオはまた泣いている。
「魔獣にやられたんだ。気をつけないと」レドは表情をこわばらせている。
「木も、すごい。いっぱい折れてる……」クイは少し怯えている。
「どうしてこんなひどいことが起きるんでしょう?」パフィオは涙を拭いている。
「エクジースティかな?」クイが言った。
「エクジースティがこんなとこに!? あいつは町の近くにはいないはずだよ」レドが返す。
「じゃあ、誰がやったの?」クイは翼をバサバサ動かす。
「さあ……」
「……気をつけていきましょう」パフィオは泣くのをやめ、表情を引き締めている。
「うん。でも、きっと大丈夫だよね?」
「大丈夫! だってあたし達3人は、みんな強いんだから」