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果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
第6章 悪夢
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第1話 紫の空

 森の中に白い光がまん丸い塊になって、突如出現する。それがなくなると、代わりに鳥のようなシルエットが出現した。


 鳥は下にあった落ち葉のベッドにガサッと埋まる。人ほどの大きさの大きなメジロが、落ち葉から顔を出した。


「はぁー。びっくりした!」


 彼は落ち葉から飛び出した。緑色の羽は葉っぱと草だらけになっていた。彼は身を起こし、全身をブンブン振って葉を落とす。


「なんなんだよ! もぉー! あのボチャネス・バズーカって何? 魔晶も盗られたまんまだし、最悪だよ!」


 大きな独り言をぶちまけるクイだが、それに答える者はいない。


「……あれ?」クイが気づいて見回すと、森の中に自分だけ。


「えっ? ボノリー? どこ行っちゃったの?」


 クイは地面に立つ。羽についた葉を落としながらあてもなく歩き、仲間の名を呼ぶ。


「ユウト? ターニャ? あれ……誰も、いないの?」


 だが、返ってくるのは森の静寂だけ。


「おーい! 誰か、いたら返事してー!!」声の限り呼びかけたが、誰も来ない。それに気づいて、クイはしばし呆然とした。


「みんな、いなくなっちゃったの……?」


 しばらく、クイはそのまま座っていた。森の中は、聞いたことのない音で溢れていた。ギシギシ、チュンチュンと、鳥がさえずる。彼はそんな森を不安げに見上げた。


 すると、茶色い小鳥がある木の枝に止まっていた。この鳥の体形はクイとまったく同じだが、大きさは10センチ程度。クイの身長の1割にも満たない。


「あっ! やあ! 君、ちっちゃいね!」


 クイは声を掛けるが、小鳥からの反応はない。可愛らしい小鳥は首を細かく傾げているだけだ。


「聞こえないのかな?」


 クイは近づこうと思った。しかし、彼の緑色の翼がバサッとひとつ音を立てた瞬間、チュチュチュ……小鳥は鳴きながらどこかへ飛んでいった。


「あれー?」


 その鳥の去っていく軌道を目で追ってから、クイは羽ばたいて空へ飛び上がった。あの鳥はどこに行ったんだろう? 付近の木の枝を捜しても、見つからない。


 地面に降りてきた彼は、先ほどの小鳥と同じように首を傾げた。


「うーん、友達になれそうだったんだけど」


 改めて見回すと、ここはクイが知っている森とは違うような気がした。何が違うかはわからないが、雰囲気が異様で、少し張りつめているようだ。湿っぽい、じめじめした匂いがかすかに混じっているのが気になった。彼がいつも冒険に出かけてよく知っているアキーリの森のような、若々しい木々を想起させる爽やかな匂いはない。


「んん? 変だなー」


 周囲の木々や草は、彼が見たことのない、枯れたり腐ったりしたものが混じっている。近くの倒木にはキノコやコケが生い茂っていた。


「なんだろう……」


 彼は真上に目を移す。空はなぜか薄い青紫色。雲はうっすら、黄色やオレンジ色に染まっている。美しいとも不吉ともいえる色だ。あんな空は見たこともない。ここに来る前は夕焼け空だったはずなのに。


「わあ! 変な色! どうしてだろ?」


 クイはしばらくこの空を見つめた。雲は見ていると微かに色を変えた。オレンジから黄色、そしてまたオレンジ。形状も少しずつ変わっていく。ある時は葉のような形、そしてまたある時は鉤爪のように。空も時々鮮やかさを増したり、色が濃くなったり、また元の青紫色に戻ったり。いつまで待っても夕焼けは見えてこない。


「変なのー」


 その直後、クイの見つめる空の中央を、小さな何かが横切った。それはほとんど彼の目で捉えられないくらいの高速で飛んでいき、すぐに見えなくなった。


「うわぁ! なんだろう?」


 空を見つめていたが、その高速で飛ぶ何かが戻ってくることはなかった。彼はしみじみとつぶやいた。


「へー、すごいなぁ」


 そして彼は、ギシギシ、チュンチュンという音に混じり、遠くからまた別の、まったく聞いたことのない音がかすかに流れてくるのに気づいた。


 それは直接物を叩いたりしている音ではなく、石同士をこすり合わせたり、何か柔らかいものの上に刃を走らせていたりするような音が小刻みに、たくさん何十にも重なり聞こえてくる。そして誰かの歌声もその中に混じっていた。とてもテンポがよく、全体として、どこか楽しげだった。


「なんか、知らない音が聞こえる。楽しそう!」


 クイは踊り始めた。翼を動かして、左右にトコトコ、ステップを踏む。しかし足を地面のくぼみに引っかけ、転んでしまう。落ち葉の山に顔から落ちた。


「うーん、痛いよー」


 クイは再び起き上がり、地面にぺたんと腰を落とすと、周囲に再び大声で呼びかける。


「誰か、いないのーー!?」


 すると、ようやく誰かが返事した。


「いるよ! ここに!」それはクイが聞いたことのない、女の子の声だ。


「誰?」


 すると、ガサガサ音がして、クイの前に緑のドレスを着た、ロングヘアの少女が現れる。肌は原色に近い黄色で、小判型のデコボコした模様が規則的に並んでいた。


「あたし。レド! 君は?」ロングヘアの少女が言った。


「僕はクイ。冒険者だよ」


「あたしも冒険者!」


「そうなんだ! よかった。僕、ここに独りっきりかと思った」


 流れてくる軽快な音楽にレドも気づいた。


「あれ? 今日お祭りとかやってたのかな」


「そうかもね! すごく楽しそうな音楽!」


 クイは機嫌を良くして立ち上がり、右に左に跳ねながら地面を踏んで、軽快なステップを再開した。


「楽しいねー」レドもリズムに合わせ、適当に腰を揺らして腕を振る。「知らなかった。お祭りやってるの誰も教えてくれないなんて、ハルタスのみんなも薄情だなぁ」


「ハルタス?」


「ここはハルタスの町だよ。あたし、ちょっと昼寝してたんだけど……あれ? こんな森の中で寝てたっけ?」


 レドは踊るのをやめ、周囲を見回す。


「ハルタスってどこ?」


「えーっとねー、レサニーグから西にちょっと行ったとこだよ」


「レサニーグは知ってる! ユウトがいたとこでしょ」


 クイは知っている地名が出てきたので嬉しくなって返したが、レドは反対に機嫌を損ねた。


「……あいつの話なんかしないでよ」


「なんで? 君も、ユウトのこと悪い人だと思ってんの?」


「楽しかったのに。あいつのこと、信じてたんだけどな」


「何? 楽しかったの? 何が?」


「別に、なんでもない」レドはうつむいた。


「ユウトはなんにも悪いことなんかやってないらしいよ」


「どうして?」


「僕、アキーリっていう町にいたんだけど、みんながユウトのこと人殺しって言ってたんだ。だから僕もユウトが誰か殺したのかと思ってたんだけど、でもなんか、そうじゃないらしいよ。メロンのカフって奴を皆で問い詰めたんだ」


「カフに会ったの!?」


「あいつ、本当にひどいよ。嘘ばっかり言うし、ユウトが呪いをかけたってずっと言ってるし」


「ユウト、呪いをかけたんじゃないの?」


「違うよ! ユウトはそんなことする悪い奴じゃないよ! カフが悪いんだ。エルタとエイウェンとも話したし、みんなちゃんとわかってくれたよ」


 そうクイが答えた瞬間、レドは、呆然とした様子で固まった。目の焦点が合っていない。


「えっ? レド、大丈夫?」クイはレドの周囲をぐるぐると回り、翼でドレスをつついて確かめた。するとレドは、大声を出した。


「うっっそでしょーーー!!?」


 あまりの声量に、遠くでバサバサと複数の小鳥が飛び立つ音が聞こえた。


「わあ、びっくりしたぁ」クイは周囲を見回したが、レドは対照的に固まったまま、ブツブツ言っている。


「何? カフが、嘘って……? じゃあ、あたし、なんであんなの信じたの? もし、カフのせいであんなことになったっていうんなら、あたし達、もしかして……」


「あんなことって何? ユウトと何があったの?」


 クイが尋ねてもレドはうつむき、ブツブツ言っていた。


「えっ……。じゃあ、ユウトはなんで……。えぇ? じゃあなんであたし、レサニーグから……」「どうしたの? 僕にもわかるように教えてよ」


 するとここで、遠くの木々の間に人影が見えた気がした。初め、クイがそれを見つけて「あれ?」と言った。


「どうしたの?」


「誰かいる。おーい! 誰?」


 クイが大声で呼ぶと、その人物は近づいてきた。長身の女性だ。6本の角を持ち、髪は紫色。間違いなく、クイの仲間だった。彼は嬉しくなってジャンプする。


「あっ、パフィオだ! おーいパフィオ! 僕だよ。クイだよ! こっちに来て!」


「パフィオ?」レドもクイと同じ方向を見た。紫色の髪の女性は、2人のところへ駆け寄ってくる。


「よかったぁー! パフィオ、無事だったんだ!」


 クイやレドと比べ大人と子どもくらいの背丈の差があるこの女性も、仲間がここにいて安心したようだ。


「クイさん、ここにいましたか。よかったです、会えましたね」


「あなたは? クイの友達?」レドは視線を上下に振り、パフィオの角から足までを観察しながら尋ねた。


「あっ、はじめまして。友達というか、一緒に旅してました」パフィオが答える。


「はじめまして! 大きいね。人間……じゃない? もしかして、スカーロっていう人?」


「はい。スカーロのパフィオペルスといいます。皆さんはパフィオと呼びます」


「グランダ・スカーロの人?」


「はい。グランダ・スカーロ帝国のマルシャンテ村から来ました」


「へえ! スカーロの人と話すの、初めてだな。あたしはレド、よろしくねー」


「よろしくお願いします。レドさんは大丈夫でしたか?」パフィオが尋ねる。


「えっ? 大丈夫だよ。何かあったの?」


「僕ら、ラヴァールっていう人と、あとラヴァールの弟子と戦ってたんだ」クイが答えた。


「ラヴァール? 聞いたことある」レドが答える。「すごく強くて、仲間がいっぱいいるんだっけ。ハルタスに、その人の弟子っていう人が何人かいたんだ」


「ハルタスにもあいつの弟子がいたの?」クイは不快そうに言った。「なんであんな悪い奴の弟子になるんだろう。本当に、ひどい目に遭ったよ」


「えっ? そうなんだ、大変だったね」レドは言った。


「はい。すごく……つらかったです。戦いたくないのに……どうして……あぁぁ」パフィオはぽろぽろと涙を流し始める。


「ああ! 泣かないで!」レドが戸惑う。


「パフィオ、すっごく優しいんだ」クイもパフィオに共感するように、少し悲しい顔になった。「僕らがラヴァールの弟子のピサンカージにひどい目に遭わされてたのを、助けてくれたんだ」


「すごいね! 優しくて、強いんだね」レドはパフィオを、若干の尊敬をもって見つめた。


「いいえ」パフィオは手で涙を拭く。「それほどでもありませんが、冒険者の皆さんが傷つけあうのが、とても悲しくて」


「ラヴァールはどうしてあんなことしたんだろう? 許せない!」クイは怒りを見せる。


「強くて悪い奴なんて、最悪」クイの怒りが伝染したようにレドも少し怒った顔になる。「でも変だね。ハルタスにいたラヴァールの弟子は、ラヴァールのことをすごく褒めてたよ」


「ラヴァールの弟子はみんなそんな感じなんだ。みんな変な奴だよ、うるさいし。ジャハットとか、いい人もいたけどね」


「そうなんだ……。でも、悪い奴があたしの前に出てきたらやっつけてあげるよ」


「レド、強いの?」


「うん。あたし、冒険者だから」レドは背負っていた長柄の武器を手に取ってみせる。


「槍? すごいね、強そうだね」クイは目を大きくして、彼女の武器を見つめた。長い棒の先端に横向きで三角形の刃が取りつけられたレドの得物は、手入れされているものの、ところどころに刻まれた細かい傷が、彼女がこの三角ホーで多くの魔獣相手に戦い抜いてきた事実を示していた。


「三角ホーだよ。チボゴンの特製なんだ」


「チボゴン?」


「レサニーグの鍛冶屋だよ。すごく腕がいいんだ。今、何してるかな……」


「すごいね、レドも強そう。でも、僕だって冒険者だよ! この首輪のおかげで突進できるんだ」


「そうなんだ! じゃああたし達3人は全員冒険者? それなら戦いになっても大丈夫だね」


「大丈夫だよ! パフィオもすごく強いし!」


「そうなんだ……」レドはまたパフィオの全身をよく眺めた。しかしパフィオは少し居心地が悪そうだ。


「強いことって、そんなに大事なんでしょうか。ラヴァールさんにも言われました、わたしはずっと戦い続けることになるだろう、って。でも、わたしは戦いたくないんです」


「そっか……。わかった。あたしとクイが戦うよ」


「すみません」パフィオはようやく泣き止んだ。「もし何かあって、皆さんが危なくなった時はわたしも戦うかも知れませんが……やっぱり、戦いたくありません」


「しょうがないよね」


「で、レド」クイは話を変えた。「ここはハルタスって町? ほんとに?」


「そうだよ」


 クイは改めて周囲を見回した。「こんな森の中にある町?」


「そうそう。知らないの? 2人とも、この町に来るのが目的で、途中でラヴァールに襲われたんじゃないの?」


「いいや。ハルタスは知らないよ」クイが答える。


「わたし達、プルイーリという町にいました」パフィオが答える。


「えっ? 知らないな、そこ。なんでだろ。まあいいや! ハルタスにおいでよ。あと……ユウトの話、聞かして」


 と、話が噛み合っていないことにはレドはあまり気にせず、にこやかに応じた。


「うん。ユウト、いい人だよ」クイが答える。


「どんな風に?」


「魔獣をいっぱいやっつけてくれたし、ボノリーもユウトのことは好きみたいだよ」


「ボノリー?」


「僕の仲間だよ。でも、ちょっとはぐれちゃったかな……」


「そっか……やっぱり、ユウトはいい奴だったんだ」レドはしみじみと言った。


「ユウトさんは、恥ずかしがり屋みたいです」と、パフィオ。


「そうなんだ」


「はい。わたしと話す時、緊張してるみたいでした」


「えーっ? レサニーグじゃ、全然そんな感じしなかったけどな」


「ユウトはパフィオが近寄ったら、ガチガチになって、『あ……う……』しか言わなくなるんだよ」クイは楽しそうに言う。


「えーっ、想像できない!」


「ユウトさんはどこにいるんでしょう?」パフィオは心配そうにうつむいた。


「ユウト、その辺にいると思うよ。おーい? ユウトぉー!? ミスペーン?」


 しかし、クイの呼びかけに返事をする者はない。


「いないね。ボノリーって人もいないかな?」クイは周囲を見回す。


「ミスペンさんもラヴァールさんも、他の皆さんもいませんね」


「ちょっと、捜してみよう」


 それから3人はクイとパフィオの仲間を捜しながら、ハルタスの町に向かって歩き始めた。

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