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果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
第5章 プルイーリの試練
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第25話 霧の中、ひとり

「……独りか」


 ユウトはつぶやいて、周囲を見回した。金色の霧は未だ薄く森を覆っており、遠くは見えない。仲間も、ラヴァール達も、ボチャネス達も、全員いなくなっていた。プルイーリがどこにあるかだってわからない。少し離れた木の根元に、青緑色の武器が落ちていただけだ。近づくと、錆びた銅でできた大ぶりなハンマー。ヘリトミネがパフィオに飛ばされた時に吹っ飛んで、回収しないままになっているようだ。持って行こうかとも思ったが、重そうだし、後で何を言われるかわからないのでそのままにしておいた。


 先ほど、ボチャネスというライオンが出現してから何が起きたのかを思い出す。ボチャネスの手下のひとりがバズーカを撃った時、金色の霧で周囲が覆われて何も見えなくなった。ユウトは逃げなければどんな目に遭わされるかわからないと本能的に感じ、一心不乱に逃げた。気がついたら、彼はたった独りになってしまっていた。他の仲間がどこにいるのかは皆目わからない。


 ユウトは頭が空になったような感覚を得た。朝も夜も、あんなにひっきりなしに誰かが何か喋っていたり、動き回ったりしていたというのに、すっかり静かになってしまった。その時間が夢だったかのように。


 これから、どうしたらいいのか?


 一度混乱するも、ユウトはあることに気づいた。今の状況は悪いことばかりではない。むしろ、ある意味好都合だ。


 レサニーグでの濡れ衣の件はカフをはじめとするレサニーグ時代の面々と話をしたことで、解決に向かっている。だがユウトの中ではまだ、人間からかけ離れた異世界の種族に対する不信感が拭えていなかった。ドーペントやテテは、確かに、アキーリでどれだけ人殺しの疑いを掛けられようがお構いなしで信じて、助けてくれた。だが、これからもそれが続くとは限らない。カフだっていい仲間だと思っていたのだ。あんな裏切りを仕掛ける人物だったとはまるで予想していなかった。


 ユウトの胸中には葛藤もあった。仲間と過ごした時間は、気の合わない相手にいら立ちや怒りを感じたり、行き違いから不安や不快さを覚えることもあったが、振り返ってみれば全体的にはにぎやかで楽しく、何かあった時お互いを守れる味方がいる安心感もあった。


 もし、このままどこかへ行ってしまったら、きっと彼らは心配するだろう。ユウトもそれに対する良心の呵責を感じないわけではない。それでも、誰とも関わらなければ裏切られることもないのだ。『手鏡』で姿を消してしまったと思ってくれたらいい。


 ユウトは意を決し、これと思った方向を見定めて歩き出した。












 しばらく歩くうち、背後から騒がしい話し声がする。振り返ると、金のスカーフを巻き、手に金色の槍を持つ洋梨、カボチャ、鹿という3人組が走ってきていた。プルイーリの兵士だ。


「おい、お前パフィオか?」鹿が訊いてくるが、ユウトはドキッとして何も答えなかった。


「実は、ボチャネスさんが呼んでるんだ」カボチャが言った。「プルイーリの外で戦ってた奴らの中でラヴァールが一番目立ってたけど、その次にパフィオが目立ってたんだってさ」


「ボチャネスさんはパフィオを見つけたら捕まえて、お茶に入れてふやかしてから粘土と混ぜて陶器の材料にするんだってー」洋梨が言った。


「ボチャネスさんは目立ってる奴が絶対に許せないんだ」鹿が言った。


「でも、ラヴァールはどこに行ったかわかんないから、とりあえずパフィオを捜せってあたしらに言ったの」


「知ってる? 知らない?」


 まったく意味不明だが、あのライオンは得体の知れない人物だったので、おかしな理由でおかしな拷問を仕掛けてきても不思議ではない。


「……知らない」ユウトは首を横に振った。


「そうか、知らないのか」


「パフィオを見つけたらいつでも言って」


「頼んだぞ。見つけたら俺らの給料アップだからな」


 ボチャネスの手下は走り去った。




 ユウトは歩き始めた。追手は他にも来るだろうか。今は彼らはパフィオを捜しているが、どうせあんな馬鹿な奴らには捕まえられまい。


 振り返ると、先ほどの3人が遠くからユウトのほうへ走ってくるところだった。


「なんでだよ……?」ユウトはぽつりと、誰にも聞こえない声でつぶやく。




「ねー、君って本当にユウトじゃないの?」洋梨が言った。


「……ユウト?」


「あれ? 俺らって何探してたんだっけ」


「ボチャネスだっけ?」


「あっ! 違う! ボチャネスさんは、さん付けしないとバズーカで吹っ飛ばされるぞ!」


「どうしよう!」


「あ、そうだ。ここにはボチャネスさんはいないんだった!」


 ユウトは呆れた笑みを浮かべてそれを眺めていた。呑気な奴らだ。


「でも、ボチャネスさんはミスペンとユウトも捜せって言ってた」


 突然名前を出されたので、ユウトは『なんで俺なんだよ』と突っ込みそうになった。


「ミスペンとユウトは、なんで捜すんだっけ?」


「背が大きいからだって」


「そりゃそうだ! 背がデカかったら、それだけで目立つ」


「お前、ミスペン?」


「いや」ユウトは首を横に振った。


「じゃあユウト?」


「いや……」ユウトは3人から視線を外した。


「なんだ、どっちでもないのか!」


「でも、思い出したんだけど、お前、ボチャネスさんが言ってたユウトの特徴そのままなんだよな。背が高くて、身体が細くて、頭が茶色で、剣を持ってる」


 ユウトの身長は167cm。人間の男としては高くないが、この世界ではかなりの高身長だ。そして、人間としては太ってもやせてもいないが、ほとんどのアリーアと比べて胴体は細い。


「そうだね、そのまんま」


「とりあえず、捕まえるぞ」


 3人がユウトを取り囲もうとしたので、ユウトは「違う」と否定して少し距離を取った。


「違うの? そのまんまなのに?」


「お前ユウトじゃなかったら、なんて名前なんだ?」


 どうやら偽名を名乗らなくてはならないようだ。ユウトはとっさに思いついた名前を口にする。


「……デューク」


 かつてユウトがよくプレイしていたゲームの主人公の名前だ。『電影剣』など、ユウトが出したくても出せない技の、そもそもの使い手である。


 兵士達はなぜか少しテンションを上げ、ユウトと関係なく話し始める。


「デューク! そうか。ユウトのそっくりさんだな」


「なんか名前もちょっと似てるぞ。ユウトとデューク」


「似てるか?」


「そういえば、パフィオの仲間って誰がいたっけ?」


「カエルとビワ、バッタ、メロン」鹿が言った。カフも仲間に数えられているのかとユウトは苦笑した。


「デューク、あいつらがどこに行ったか知らないよな」


「知らない」


「ボチャネスさんはパフィオの仲間を捕まえろって言ってたっけ?」


「言ってたかも。言ってなかったかも」


「あっそう。じゃ、どっちでもいいか」


「アハハハ」


 なぜか3人はお互いに笑い合ってから、どこかへ走り去った。ユウトはまた元の道を進み始めたが、しばらくして、3人はまたしても戻ってきた。


「また来た……」


 ユウトは万一にも正体がバレないように気を引き締めるが、3人が近づいてきた目的は意外なものだった。


「デューク、そっち行ったら洞窟だぞ」


「洞窟?」ユウトは訊き返す。


「大きくて強くて、強いのがいっぱいいるんだ。行かないほうがいいぞ」


「昔からその洞窟の先は、行っちゃいけないって言い伝えだよ」


「そうか」


「じゃあな、デューク」


 3人は去っていった。彼らは振り返らず、今度こそ町に戻ったらしい。


「マジで、馬鹿な奴ら」ユウトはつぶやき、微かに笑った。結局、ボチャネスはパフィオ達をどれだけ本気で捜しているのかはわからないが、追手があんな連中なら難なく逃げ切れるだろう。


 そして、あの3人の話した洞窟とはどんな場所なのかと考える。


 パフィオの話を思い出した。彼女は故郷のグランダ・スカーロ帝国から洞窟を通って出てきたと言っていた。今の3人の話を信じるなら、『大きくて強いのがいっぱいいる』とはその国のことに違いない。


 パフィオのことは、きっと諦めなくてはならないのだろう。ミスペンとあれほど仲良くなり、もはや告白さえすればいつでも付き合える状態に見える。反対に自分はといえば、まったく会話も弾むことなく、助けてもらってばかりだ。感謝の言葉すら伝えられていない。彼女がどこに飛ばされたかはわからないが、もし再会することがあっても、関係を深められるとは思えない。


 しかし、グランダ・スカーロは別かもしれない。この国に彼女のようなきれいな女性がたくさんいるとしたら、きっと気の合う相手を見つけられるのではないだろうか。きれいで性格も優しく、裏切ったりもしない人が。そんな人と会った時、いつか緊張しないで喋れるようになれば付き合えるだろう。ユウトはそんな希望を抱き、洞窟へと歩いていった。

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