第9話 シャシン
6人の先輩冒険者はユウトを囲んだ。
『シャシン』が何かわかっている者は誰もいないはずだが、ユウトが謎の行動をしているというだけで、彼らは魔晶を置いて取り囲んだわけだ。
「えーっと……だから、写真撮ってたんだ」
ユウトは説明に困った。この言い方では理解されるはずもない。
「ユウト。お前はさっきもその板を出してたな」
とダイムが言った。低い、ドスの利いた声だから、責められているような気がしてしまう。
「その板、なんだ?」ドゥムが訊く。
「見たことないぞ、こんなの」カフは近くでのぞき込むようにした。
「これはスマホ」ユウトは渋々説明する。
「スマホ?」
「はい」
ユウトはスマホの画面を、ぶっきらぼうに彼らに見せる。
せっかくなので、今しがた撮れたばかりの、皆が魔晶の山を前に大喜びしている写真を実際に見ることで、写真が何かを知ってもらおうというわけだ。
冒険者達は、この黒い板に表示されている、予想もしないモノを見るだに大騒ぎし始めた。
「何、何? これ!」レドは驚きで飛び上がらんばかりだ。
「みんなが、ここにいる……」エルタは、気持ちをどう表現したものか困っているようだった。
「止まってるぞ! 俺達が止まってる!」ドゥムは喉が破れるのではと思うほどの大声で興奮を示す。
「何が起きたんだ?」バースは腕を組む。
カフは、スマホの画面中央でジャンプしている彼自身を指差し「これ、誰?」と間抜けな質問をした。
ドゥムが「お前だよ、カフ!」と突っ込む。
写真というものが何かわかっていなくても、そのメロンがカフなのは明らかだ。
「え、オレってこんな丸かったっけ!?」カフが言った。
「そうよ」エルタが冷静に答えた。
「今日は丸くなったのかなー」
「最初からずっと真ん丸だよ!」
「えっ! マジかよ!」
その一方でレドがスマホの中の彼女自身を指差し、言った。
「あたし、こんなに粒々いっぱいあるの?」
写真の中のレドは画面左端でニッコリして大口を開け、腕を飛行機の両翼のように開いている。両手には魔晶がひとつずつ握られていた。
「そうだ」
「自分で見てわかんねぇのか?」ドゥムが疑問を呈す。
「自分で自分の身体なんか見れないよ」レドは返す。その通りだ、彼女には首がないのだから。
「信じられん……」バースは瞳孔の細長い目で画面を凝視する。「ユウト、これはどういうことだ? 俺達は捕まったのか?」
「えっ? この板の中に入っちゃったってこと?」カフが言う。
「確かにそうだ」ドゥムが続いた。「俺達がこの板の中にいるってことは……。今喋ってる俺達は、なんなんだ?」
「まさか! マジかよ!」カフが言う。「俺達はこの中に入っちゃったけど、ここにいて喋ってるのか? ここは、えーっと……板の中……?」
「おい、待てカフ。こんがらがってきた」ドゥムが頭を押さえる。
「落ち着いて。私達はちゃんとここにいるわ」エルタは冷静に言った。
「捕まってないよね?」レドも不安そうだ。
「では、その板に入った俺達はなんだ?」バースはまた腕を組む。
ここでようやくユウトは、人類が発明した、一瞬を切り取り静止画を生み出す技術についての詳しい説明に迫られた。
「だから、これが『写真』ってこと」
「シャシン?」
「それが?」
「つっても、どれのことなんだよ?」
「つまり、その……」
言葉で説明するのは難しいので、ユウトはスマホのいろいろな箇所を数回タップして、画像ギャラリーを抜けた。
「どうした?」「何してんの?」ドゥムとレドがスマホ画面をのぞき込む。
それで操作しづらくなり、顔の位置を調整しながらユウトは「ちょっと、じっとしてて」と言い、画面を見た。
こんな人数で写真撮影なんて、久しぶりだ。
ユウトはカメラアプリを再び起動すると、自撮りカメラに切り替えてから画角に自分含め全員を収めて、端末横の音量ボタンを押した。
シャッター音が鳴り、画面左下に今撮れたばかりの写真が小さく表示された。
「おーっ!」
「すごーい!」
ユウトがそれをタップすると、その写真が画面全体に拡大される。
皆スマホに注目し、一様に驚いた顔をしている。
いつもしかめ面で感情をほとんど露わにしないダイムですら、目を大きくしているのが印象的だ。
反対にユウトはどこか集中の欠けた、呆けた顔つきだった。
「えーっ!?」
「また俺達が板の中に入っちゃったぞ」
「何が起きたの?」
「どんな魔法なんだ?」
「ハハハハ、魔法じゃないよ。機械」ユウトは笑って言った。
「キカイ?」
「キカイっていうのかこれ?」
「キカイなのか、シャシンか、どっちなんだ?」
「結局、魔法じゃないの?」
「キカイって魔法なのか?」
「いや、機械は魔法じゃないけど……」ユウトは苦笑した。
「キカイは魔法じゃないのか? じゃあ、なんだ?」
「機械は機械だよ」
「えーっ!?」
どうしてこんなに説明するのが難しいのだろう。
「さっきの俺達はどうなった? 消えたのか?」
「いや」
ユウトが二、三度スワイプ操作すると、先ほどの驚いた顔ばかりの集合写真が画面に戻ってきた。
「あっ、俺達だ!」
「よかったー、消えてなかった」
ユウトがまた何度か画面をタップすると、前の写真が再び表示された。
あの、中央でカフがジャンプし、左端でレドが大口を開けている一枚だ。
「あれ? これ、さっきのだ!」
「戻ってきたよ」
「どうなってんだ?」
「だから……君らと同じ見た目のが、こうやって写真に残る」
ユウトが説明したが、6人の冒険者は少し考えふけるようにして沈黙した。あまり理解できないらしい。
しかも、バースが意外な質問をする。
「ユウト。そんなことをしてどういう意味があるんだ?」
「いや、単純に思い出っていうか……」
「思い出?」
「こういうのを撮っとくと、何かあった時の思い出になるだろ。で、後からその写真を見て懐かしくなったりとか」
先輩冒険者は、やはり理解できないらしい。
「俺、そういうのよくわかんないな」
「みんなといる時間が一番楽しいよね」
「後から見る必要なんかあるか?」
「ないよな」
ユウトはやや拍子抜けした。てっきりすごく羨ましがられると思っていたのに、先輩は不要論一色だ。
「でも、ユウトの思い出ってどういうのがあるの?」レドが訊いてくる。
「確かに、気になるわ」と、エルタ。
「シャシンだか、キカイだかわかんねーけど、もっと見せてくれよ」
「ああ」
スマホを持ち始めた頃からユウトには時々、気が向いた時に写真を撮る習慣があった。
実は先ほどの発言とは裏腹に、撮った写真を後になって見ることはほとんどない。
自分でも何をどれだけ撮ったか覚えていないし、パソコンなどに移して保存することもしておらず、撮ったが最後、いつまでもストレージに放置しているのだが、そのおかげで数多くの故郷での『思い出』をこの6人と共有できる。
「何、これ!」
「な、な……なんだこりゃー!」
「すげー!!」
「なんだ、これは一体……」
皆が口々に感嘆する写真は、予備校に行く途中、駅前の歩道橋の上から撮ったものだ。
手前から奥まで、片側2車線の道路が走っており、道沿いに広めの歩道、その外側に5階建てくらいのまあまあきれいなビルがずらっと並んでいた。
見下ろす車道には普通車と軽自動車が半々の割合で7、8台ほど、まばらに走っている。
その両脇にある広い歩道にはサラリーマン、お年寄り、小学生、親子連れが合計10人前後。上は灰色をした夕方の曇り空。
撮影日時は大学入試に落ちた次の月。
予備校に通い始め、この頃はまだやる気があったような記憶がうっすらある。
これから国立に受かるためになんとか頑張ろうという気持ちで撮ったのだろうか、それとも、なんということもない景色のつもりで撮ったか。
今となっては覚えていないが、いずれにせよ、これが彼らにとっては大変な衝撃となる一枚だった。
「ユウト、あなた……一体こんな……」
「嘘だろう?」
「何これ、何がどうなってんの?」
「うっわ、下真っ黒だなこれ。穴開いてんのか?」
先輩冒険者はいつまでもざわついている。
「これ、倉敷っていう町で……」
ユウトの説明に「えーっ!」と、6人は声を揃えて絶叫した。
「クラシュキー……?」
「いや、倉敷」
「こんなすごいのがこの世にあんのかよ!」
「ああ、俺がこっちに来る前、住んでた町の近くで」
「へー!!」
「町……? まさか、これが町だっていうの?」エルタは驚きで動けないでいるようだ。
「信じらんねー。何がどうなってんのか全然わかんねー」カフは左右に揺れている。
「これ、なんだ?」ドゥムは毛むくじゃらの指で、道路脇の建物を指す。
「これは……ビルだよ」
「びる?」
「唇のことか?」と、ドゥム。
「いやー、ビルっていう建物」
「建物? これのどこが?」
「建物だから建物、としかいいようがない」
「えーっ?」
「ビルっていうの、遠くのほうまで建ってる。すげえ……」
「ビルだらけだな」
レドはその一方、歩道を歩く人に着目した。
「なんか、ユウトと同じようなのがいっぱいいる」
「これ、誰なんだ? 友達か?」と、ドゥム。
「いや、誰かは知らない」
「知らない? 知らないことなんてあるの?」レドが言った。
「オレら、レサニーグの奴ら全員知ってるぜ」カフが言った。
「きっと、大きな町なんでしょ」エルタが言った。
「んー、そこそこ」ユウトが言った。
日本という国全体では倉敷は大都市とはみなされていないが、ユウトにとっては十分都会だった。
レサニーグの村は酒場のほか、20軒ほどの家で構成されている。
人口は多く見積もっても50人に達しないはずだ。
ユウトは倉敷市の人口について考えを巡らせてみるものの、今までそんなことは一度も考えたことがないから想像もつかない。
しかし、家族のように親しい者達だけでのんびり暮らす彼らにとっては、倉敷がたとえ人口1万人の町だったとしてもまさしく巨大都市だろう。
「それから……」
ユウトが画面をスワイプすると、今度は田園風景。田んぼの向こうに緑の山々が広がる。
取り立てて注目すべき部分もない、ただの日本の田舎だ。
初夏あたりだろうか、植えられたばかりの小さな稲が水の張った田んぼに整列している。
「おお!」
「なんだこれ!」
「これ、俺の家の窓から撮ったやつだったかな」
「水ばっかりだ!」
「こんな水だらけじゃ、溺れちまう」
ユウトは笑って「溺れないよ」と言った。
「えー? こんな水ばっかりなのに?」
「水の中に草がいっぱいあるぞ」
「草じゃなくて、稲だよ」
「イネ?」
「稲が何か知らない? お米、あるだろ」
「お米!?」
「米は田んぼで作るんだよ」
「タンボ?」
「この……えーっと、とりあえず水に稲を植えるんだよ。よく知らないけど」
「それがタンボ?」
「多分。俺もそんな知らない」
「へー」
「……そういえば、酒場で出してたメシって……材料は?」
「あれは全部畑で採れるよ」
「米も?」
「そうだよ」
意外なことに、水田ではなく畑で米を栽培していたのだ。
「誰が作ってんの?」
「今度見してやろうか。村の端っこに畑があるんだよ」
「へえ……」
「で、他のシャシンは?」
「次はどんなのだ?」
「もっと見たいぞ」
「ああ。じゃ、次」
ユウトはスワイプする。出てきた写真を見て、ユウトは思わず「くっそ」と声が漏れ、スマホを持っていない左手で握り拳をつくった。
それは灰色のビルだ。予備校の外から、入口付近を撮った写真だった。
入口の上には『椿浜塾』と明朝体で書かれた大きな赤い看板が、椿の花をモチーフとしたマークとともに掲げられている。
画角の左端は1階の教室が映っており、どこかの高校の生徒らしい冬服姿の子が数人、真面目に机に向かっているのが見えた。
どうしてこんな写真を撮ったのか、とユウトは自分を笑いたくなった。
見ても嫌な気持ちになるだけだから、消しておけばよかったのに。
「どうした? ユウト」
「いや。なんでもない」
「これ、何?」レドが訊く。
ユウトは少し迷ってから、「俺が行ってた予備校」と答える。
「これがヨビコ!?」
「で、なんだこれ? 何に使うんだ?」カフが言った。
「使う?」ユウトが訊く。
「これ、盾かなんかだろ」カフが言った。
「俺、洗濯板だと思ったよ」ドゥムが言った。
「えーっ? こういう洞窟があるんじゃないの?」レドが言った。
「おいおい、ハハ……」ユウトは笑ってしまう。
「笑うなよなー!」カフが両手をバンザイして抗議する。
笑うのは当たり前だ、ユウトは思った。
今までに見てきたものと一切似ていない物体を突然見せられたら、こうもひとりひとり違う反応をするのかと驚かされる。
「ユウト。まさかと思うけど、建物?」エルタが訊く。
「そう。すごいね、わかった?」ユウトが答える。
「マジかよ!」カフが言う。
「えーっ!! これが? 家ってこと?」レドはまた目を丸くする。
「なるほどな。つまり、これがビルってわけか」バースが言った。
「これが? さっきのと色々違うぞ」ドゥムが言った。
「ビルはいろんなのがあるんだ」ユウトが説明する。
「ユウトはここで寝てたわけね」エルタが言った。
「エルタ、そんな話よく覚えてるな」ドゥムが言った。
「ついでにいうと、多分ヨビコじゃなくて『ヨビコー』よ」エルタが言った。
「そのヨビコーが何かはわかってるの?」レドが言った。
「修行か何かをしてたと言った気が」エルタが言った。
「修行なのに寝てたってどういうことだ?」ドゥムが訊く。
「私に聞かれてもわからないわ」エルタが答える。
「確かにな」ドゥムが答える。
「寝てたんだから家じゃないか?」バースが言う。
「えっ!? ユウト、ここに住んでたってことか?」カフが言う。
「いいや。その……俺、ここ、あんまり見たくないんだ。毎回怒られてたからさ」
「えー? 怒られてたんだ」
「修行で寝てたからか?」
バースが当たらずとも遠からずの指摘をした。
先輩冒険者6人は予備校についてほとんど理解できていなかったはずだが、徐々に真実に近づいてきている。
それもまたユウトにとって心地の良いものではない。
「とにかく、この写真は終わり」ユウトは打ち切りとばかり、スマホを下に降ろして、先輩に見えづらくした。
「つらい場所のようね」いつもの冷静な様子でエルタが言った。
「なんかよくわかんないけど、わかったよ」
レドが言った。なんだか悲しげな顔をしている。優しいトウモロコシだ。
ユウトはもう一度画面をスワイプした。次の写真は学校の教室だ。
机を6つ合わせ、椅子を周囲からかき集めて、ブレザー姿の少年8人がトランプで遊んでいる。
高校3年の冬、友達と大富豪でもしている時に考えなく撮ったのだろう。
中でも、写真の中央にいるカメラ目線でピースしている友達――特に仲のよかった椎橋の笑顔のなんと無邪気な。
6人の先輩冒険者は写真にかじりつき、思い思いの感想を言った。
「えー! ユウトみたいなのがいっぱい!」
「ユウトじゃないの?」
「みんなユウトとそっくり!」
「どれがユウト?」カフはスマホ画面に映る8人と現実のユウトの顔を交互に見ている。
「これじゃないか?」ドゥムは画面に写る友達のひとりを指差す。
「いや、違うよ。これだよ」
「どっちも違うんじゃない?」
楽しげな彼らを見つつも、ユウトの胸中は複雑だった。
写っている彼らは、今はもうどこかの学生か社員になっているはずだ。
もし彼らにここでの経験を話したらどう思うだろう。
まさかこうして学校生活を送った友達が、卒業から一年余り経った今、どこかもわからない遠いところへ行ってしまい、メロンやイカ、トウモロコシなどと一緒にドラゴンを無事討伐したことを知ったら……とユウトは思いかけ、『いやいや』と考え直す。
まともな人間が、こんなふざけた状況をどうして信じるだろう。
もしあいつらに伝えたら、下手すると変な薬でも使ってると思われそうだ。
「ユウト、なんでそんな顔してんの?」レドが訊く。
「いや……」ユウトは言葉を濁す。
「なんか、体調悪いのか? しんどそうだぞ」ドゥムが気遣う。
ユウトは取り繕うために「懐かしくて」と答えた。しかしそれは事実でもあった。
「なつかしい、って何?」
「……楽しかったんだ、この頃」
「今は楽しくないの?」
「うん、楽しいよ」
「じゃあ、今も懐かしいの?」
「いや、今は、今だからさ」
「えー? よくわかんない」
「どういうこと? シャシンが懐かしいの?」
「うーん、だから、それが思い出っていうか」
「思い出か。不思議なもんだな」バースが言った。
やはり理解はできないようだが、それでも否定しているわけでもないようだ。
「おい、ちょっと貸せよ」カフがユウトの手からスマホを取り上げた。
「えっ!? おい、勝手に!」
「まだまだ写真あるんだろ?」
「ユウトの思い出ってのがもっと見たいしな」
「いや、マジで壊すなよ?」
だが、彼らはそのユウトの言葉も聞かない。
「なあ、ユウト! これどうすりゃいいんだ!」
「何が起きてんのこれ!?」
言われてスマホを見ると、画面上部には『発信中』、その下には『伊藤先輩』という文字。
高校時代の部活の先輩に電話を掛けていた。顔を見るたびに『ちゃんと練習しろよ』と厳しい目で言ってきた怖い先輩だ。
「ちょっ待て!」
ユウトは素早くスマホを奪い返し、電話を止める。
それから、この世界は電波が通じていないので電話は相手に決してつながらないことに気づいてホッとした。
というより、この時ばかりは電波がなくて助かった。ともかく、これ以上彼らに操作させたら何が起きるかわからない。
6人の冒険者は、このスマホにどんな秘密が隠されているのかと、ユウトの右手に握られたそれに熱い視線を向けてくる。
「すごいな、それ! 触ったら変なのがどんどん出てくる。どんな魔法でできてんだ?」
「いや、魔法じゃなくて機械なんだけど……」
ユウトはなんとなく画面を見て、電池が40%しか残っていないことに気づいた。
「ユウト! それ、貸してよ」
「駄目だ! 電池が切れる」
「でんち?」
「電池がなくなったら、動かなくなるんだ」
「魔法の力がなくなっちゃうってこと?」
「いや、その。魔法じゃないけど……」
ドゥムはユウトの手からスマホをパッと取り上げた。
「ちょっ! だから、駄目だって」
ユウトは再び取り返そうとするが、その前にあることに気づく。
ドゥムは、持ち方こそ不慣れなものの、スマホのタッチパネルの扱い方を身に着けつつある。
要するに、指でなぞったり、触れたりすれば表示されているものが動くという、単純だが根本的な操作法を説明なしで理解しつつあった。
この大きなアライグマの手は、獣だけあって爪が長く伸びているが、形状そのものは犬や猫と比べ、人間の手に近い。
手のひらは全体が真っ黒い皮膚におおわれており、モコモコとした盛り上がりが見受けられる。
だが、ユウトの中にはひとつの疑問があった。どうしてこんな訳の分からない生物に、スマホが操作できるんだ――と。
「うーん? 何書いてあるんだ、これ」
「ユウトみたいなのがいるぞ」
「いや、ユウトとは違うわよ」
画面を見た。サッカーゲームアプリのタイトル画面が表示されていた。
既に飽きており、何ヶ月もプレイしないままだったから、ユウトも久々に見た画面だ。
ネットがつながっていないので、エラーメッセージが出ている。
「この丸いの、何?」レドはタイトル画面で選手が蹴っているボールを指差して尋ねた。
「ボールだよ」ユウトが答えるが、先輩は誰も納得しない。ここでもカフが驚くべき質問をしてくる。
「なんで手足が生えてないんだ?」
「いや、生き物じゃないから」ユウトは笑いをこらえながら答えた。
「えー!? 生き物じゃないのか!」
「手足なんか生えないって」
「笑うなよ! 何がおかしいんだよ!」
サッカーについて説明するのは困難で、結局6人に理解してもらうことはできなかった。