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果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
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どこか遠い宇宙で

 漆黒の中を、数えきれない星々がゆるやかに流れていく。


 広大な宇宙を巡る大艦隊の旗艦グウォトゥー・サンフォン。この巨大戦艦の艦橋は今、遠い宇宙での未曽有の危機を察知していた。


「何があった? レヤリテ星系が一切の通信断絶とは、ただごとではない」


 そう言ったのは艦橋後方に立つ、明らかに最年長の人物だ。


 白髪に濃い髭、しわだらけの肌、そして鋭い眼光が艦長としての威厳を語っていた。


「詳細は確認中ですが、ブラックホールのようなものが発生したのではないかと」


 と、艦橋前方に座って画面を見つめる数人のオペレーターのひとりが、意見を述べた。


「しかしブラックホールにしてはこの状況は、違和感があります」


 今度は艦長の横で、まだ若いがいかにも怜悧そうな眼鏡の副長が疑問を呈した。


「レヤリテ星系の状況は依然不明だ。なぜ断定できる?」


 このように艦長に訊かれ、副長は理由を説明する。


「我らの星系でも何度かブラックホールが発生したことはありますが、限定的な損害にとどまりました。星系そのものが通信不能に陥ることは考えにくいと思われます。ブラックホール発生時の対応は完全にマニュアル化されていますから、基本的には今回のような問題は起こらないと考えられます」


「なるほど……」ひとつ納得しつつも、艦長がまた尋ねる。「他の可能性となると、宇宙海賊などは?」


「宇宙海賊が、ひとつの星系を機能不全にするほどの力をつけているのでしょうか?」副長が質問で返す。


「だが、近年ドラポ星系の一部惑星が宇宙海賊と組んでよからぬ動きをしているという話だ」


 副長が答えた。ここから艦長と副長が意見を交換する。


「だとしても星系を破壊する必要があるのでしょうか?」


「破壊するのが狙いとは限らん。連邦から強制的に離脱させるのが目的であれば、辻褄は合う」


「いずれにしろ、何か犯行声明などありそうなものですが」


「確かにな。それ以外の可能性は?」


「磁気嵐の線も考えられませんか?」


「磁気嵐? ……アウグ博士、見解は?」


 艦長は端で黙っている人物に意見を求めた。すると、この、艦長に次いで年長者らしき男が答える。


「今は磁気嵐の出現は高精度で予測できます。今回のような影響を及ぼすほどの磁気嵐となると、もし事前に予測されていたらその時点で大騒ぎのはず」


「簡単な話だったな」艦長は副長に言った。


「そうですね」


「いずれにせよ、ここで我々にできることは限られている。いずれ本部から何か命令があるだろう」


 その艦長の言葉で、レヤリテ星系の件は一旦棚上げすることになった。異変が発生していることは確かだったが、今の時点ではどうしようもない。


 それに、まさかその異変が自分達に直接影響を及ぼすなどあるはずもない。艦橋の面々は落ち着いたものだった。

 しばらく静かな宇宙の旅が続く。


「あーあ。こんなことやってる間に、決勝始まっちゃいますよ」退屈して、オペレーターのひとりが言った。


「どっちが勝つと思う?」別のオペレーターが応じる。


「おい、私語はやめろ」艦長が止めた。


「すいません」


 また、静かな艦橋にもどろうとしていたのだが。画面を見つめていたオペレーターのひとりが、何かに気づいてつぶやく。


「ん……なんだこの映像。これ……なんだ?」


 オペレーターの顔が、見る間に青ざめていく。


「どうした?」


「現地映像が来ました。しかし、これは……」


「映像? 早く映せ!」


「了解!」オペレーターは平静を装いながら答えつつ、機材を操作する。


「レヤリテ星系、第22惑星、トゥトボンの映像だそうです。前方モニターに映します!」


 それは10秒程度の短い映像ながら、衝撃的なものだった。


 文明の非常に進んだ惑星トゥトボン。

 機械剥き出しの高層ビルが建ち並ぶこの星の空に、前触れなく巨大な物体が出現した。


 それは表面に多くの毛が生えた深緑色の玉のようなもの。それは瞬く間に空を覆い尽くし、何も見えなくなったところで映像は終わった。


 トゥトボンがどうなったのかは不明だ。


 これを見た艦橋の面々に、にわかに緊張が走る。


「なんだ!?」

「一体どうなって……」

「あれはなんだ?」


 口々に驚きを表す彼ら。そして副長が言った。

「レヤリテ星系に現れたものが、あれということですか?」


 艦長は声を荒げた。「そんなことはわかっている!」


「緑の、藻のような……。博士? あんなものが過去に現れたことは?」


 と副長がアウグ博士に訊く。博士はこの状況でも落ち着いて答える。


「今の時点で言えることは、あれはブラックホールでも磁気嵐でもないということです。もちろん宇宙海賊でもない。未知の脅威です」


 冷静な博士から飛び出した、『未知の脅威』という言葉。これが、艦橋のクルーを焦らせることになった。


 彼らは語気を強め、言い合う。


「博士でもわからないとなると……」


「分析を。急げ!」


「分析といっても、この映像だけでは不可能です!」オペレーターは声を張る。


「やはり本部からの連絡を待たなくては!」


「だが、これは一大事だ。こうしてる時間も惜しいぞ!」


「今、本星と連絡が取れました。向こうでは現在状況把握ができていないとのこと!」


「遅いな……!」艦長は歯ぎしりしながら、つま先で床で何度も叩いている。


 そして、すぐにオペレーターが各所と連絡を取り、状況の把握に努める。


「艦長!」オペレーターのひとりが言った。


「ランムー星雲に駐留中のヴェリテ艦隊から入電です。レヤリテ星系から発生した緑色の何かは、そのまま拡大を続け、周辺の星々を呑み込んでいるとのこと!」


「何っ!?」

「呑み込んでいる? 何かの間違いでは?」


「いえ、本当に吞み込んでいるそうです! それに呑まれた惑星は、既に30を超えるとのこと!」


「まさか……どういうことだ?」


「緑色の何かだと? 奴らはそう言ったのか?」


「そうです!」オペレーターが答える。


「正体は?」


「未だわかっていないそうです。表面に厳重なバリアのようなものがあり、内部の解析は不能!」


「バリアだと?」


「ヴェリテ艦隊は現在、この……巨大物体に対して攻撃を開始しています。が、どの兵器も効き目がまったくなしと、いうことです!」オペレーターは緊張で、やや声を上ずらせながら答えた。


「効き目がない!? ヴェリテ艦隊の攻撃が効かないバリアなどあるものか! 物理的に考えられん!」


 ここで別のオペレーターが、「あっ……!」と声を上げる。


「どうした!?」


「ヴェリテ艦隊、反応、消失しました! 応答ありません!」


「今、広域通信により判明しました。ヴェリテ艦隊、全滅しました」


 艦橋にいる全員が、言葉を失った。


「ヴェリテ、艦隊……が……?」


「交戦開始から何分も立たずにか?」


「正確には、交戦開始から全滅まで1分7秒です」


 そのオペレーターの言葉に応えられる者はいない。


「連邦有数の艦隊が、わずか1分で……?」


「何かの間違いだろう。ヴェリテ艦隊だぞ! 宇宙周辺部のいくつもの星系を連邦の支配下に収めてきた実績があるではないか。そのヴェリテ艦隊が1分で!?」


「しかし、もう反応は……ありません」


「まさか……」


「それだけではありません! 艦長、今、計算結果が……」


「どうした?」


「巨大物体の膨張速度は、レヤリテ星系で出現した時とは段違いになっています。今も加速度的に上昇中! このままいけば、5分以内に宇宙全体を包み込んでしまうとのこと!」


「ごっ……」


「5分以内に、宇宙全体だと!?」


「こうしている間にも、無数の星々があれに呑み込まれています! ランムー星雲も既に90%が呑み込まれました!」


「なっ……」


「レヤリテ星系で出現したのだろう? どうしてランムー星雲にまで!」


「レヤリテ星系など、とうにもうあれの中か……?」


 また、艦橋の面々は衝撃で沈黙した。うろたえるクルーを後押しするように、艦長が声を張る。


「早く。分析しろ! 何かできるはずだ! バリアを破壊する方法は!」


「ですが、対象が遠すぎます。巨大物体までは1000億光年以上あります!」


「それが、5分で宇宙全体に!? そんな馬鹿なことが!」


「考えられん……」


「艦長、この状況は、いったいどうすれば?」


「そんな方法があればとっくにやってる!」


 その間にも緑色の何かは、魔手を広げていく。


「あっ……ドラポ星系が!」


「ドラポ星系!?」


「ドラポ星系、すべての惑星が反応消失!」


「何……」


「ドラポ星系にはベズウェン艦隊がいたはずだ!」


「ベズウェン艦隊は……全滅したと思われます」


 クルー達は、再び言葉を失うことになった。


「ベズウェン、まで……?」


「の……飲み込まれた……ベズウェン……」


「嘘だ……」


「我らの、連邦最強の艦隊が……」


「あああ……!!」


「うぅぅぅぅ……」オペレーターのひとりが泣き出す。


「ノコリラ! 泣くな!!」隣のオペレーターが叱咤するが、泣き止まない。

「あぁ、あぁ……!」


 他のクルーも顔つきはそう変わらなかった。ある者は焦って目を白黒させ、またある者は無表情で硬直し、またある者は涙を流し、何かに祈りを捧げていた。


 艦長が彼らを叱咤する。

「集中しろ! 動け! まだやれることはある!」


「しかし、艦長……どうすれば!」


「何かあるだろう! ああ……何か!」


「艦長! 緑の影、ほん……本艦隊到達まで、あと、30秒……」


「何!? もうそこまで……何か! なんでもいい! 撃て!」


「しかし艦長、対象は射程外です!」


「何っ!?」


「艦長! 影の膨張、今までにない加速度で上昇しています! あと、10秒!」


 オペレーターの言う通りに、緑の何かは目にも留まらぬ速度で膨張していた。


 10秒という時間は、艦橋の面々が、もはやできることなどひとつもないという事実を悟るのにすら十分でなかった。

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