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その3 訪問者

 少女は街を彷徨っていた。


 何でも願いを叶えてくれる魔法少女がいるという噂のメイド喫茶を探していた。

 彼女はその噂話を総合的に捉え、ある一つの結論に達していた。探している場所は、この街のどこかにある――確信があった。

 それらしき場所を見つけては虱潰しに訪れた。ここ数日、もう数十軒にも及ぶメイド喫茶探索は、精神的に限界に達していた。噂から割り出された場所も他府県に跨っており、その分、移動にも時間を無駄に消費した。だがここに来てやっと、この街にあるという確信を得たのだった。


 あの子の痕跡が消える前に、依頼しなければならない。その焦燥に駆られていた日々。ようやく、それが、報われそうだった。

 一軒目はハズレ、二軒目もハズレた。そして三軒目、今日のうちに廻れる最後の店を訪れた。時刻はもう夕方。空は茜色に染まっていた。秋と言うには冬に近い肌寒さ。早く店内に入りたいという思いが募る。

 三軒目に辿り着くと、その店の前には巫女衣装に身を包んだ少女が竹箒で掃除をしていた。


「あのー、ここは、メイド喫茶ですよね?」


 純粋な疑問であった。世間には巫女の衣装で給仕する喫茶店もあると聞く。情報を誤認し、ここは巫女喫茶か何かではないかと思い、巫女の少女に問う。


「はい、そうです。ここは、メイド喫茶 IDです」


 メイド喫茶にIDという名前を付けるのはどうかと思ったが、それ以上に巫女の少女の生気の無さが気になった。眼に光が無く、肌が恐ろしく白かった。


「どうかーされましたかあー?」


 ゆっくりと間延びした口調でそう呟かれ、何の感情らしきものも無い瞳に見詰められる。まるで此方を値踏みしているかの様に思われて居心地の悪さを感じた。しかしながら、それと同時に、この異様さはもしかしたら、目的のメイド喫茶、つまり当たりかも知れないと思った。

 早速、噂で聞いていた合言葉を口にする。が、期待に反して巫女は無表情のままである。


「どうかーされましたかぁー?」


 先程と同じセリフを同じ調子で、まるで再生し直したかのように問い掛けてくる。少し、いや、かなり薄ら寒さを感じ始めていた。

 ここはやはり外れであり、ただ単におかしな店なのかも知れない。そう思い始めた矢先、店の扉が開いて、中からクラッシックな紺のメイド服を纏った落ち着いた感じの女性が現れた。耳が尖っていたらエルフの格好が似合いそうな美しい女性であった。そのメイドは、にこやかに彼女を見つめた。


「あ、えーっと、お帰りなさいませ、ご主人様。あ、いや、この場合は、お嬢様だっけー?」


 さっき迄の落ち着いた印象が総崩れになる勢いで、店内に向かって大声で誰かに尋ねている。


「お嬢様で合っています」


 キッパリとした、真面目で冷たい印象の声音が奥から聴こえてきた。優秀だけど融通が効かなさそうな若い女性。そんなイメージだった。


「どうぞ、どうぞ、奥へ〜」


 メイドさんに波打つ両手で促され、入店する。

 店内は、シックで落ち着いた雰囲気だった。

 入り口を入ってすぐに、二人用のテーブル席が並び、その奥には四人掛けテーブルが三つ。

 左手には五人座れるカウンター席。奥に向かって細長い構造だ。

 カウンターの内側から奥の突き当りがカーテンで仕切られているが、おそらく厨房だと思われる。

 全体的に木製か、あるいは木製に見せかけた別の素材で造られた店舗であった。


「どぞ、お好きな処へお座りください。全部空いてますから。あ、カウンターでもいいですよ」


 客は一人も居なかった。それは好都合だった。

 彼女は、コーヒーを飲みに来た訳ではない。話をするためだ。

 さっさと要件を済まそうと、彼女は迷わずカウンターの中央に座った。


「此方がメニューになりまーす」


 メニューを受け取り、さっと中身を確認する。ごく普通のラインナップであり、取り立てて目を引くものもない。メイドさんのサービスメニューらしきものもない。そりゃあ、お客さんも来ない訳だなと、独り納得した。


「アメリカンで」

「はい。アメリカンですね。わかりました」


 そう言うとメイドさんは奥のカーテンの向こうへ消えると、そちらに居るらしいスタッフさんと何やら話し合いを始めた。どうやら、アメリカンの作り方を聞きに言った様だ。

 大丈夫なのか? この店は。初めの印象通り、何やらまともな店では無さそうだ。ハズレだったなら長いは無用だ。早々に確認だけ済ませて退散するのが吉と思われた。

 やがて戻って来たメイドさんは、アメリカンコーヒーの入ったカップをそっと置いた。


「どうぞ〜」


 軽くお礼を言ってから、コーヒーをすする。メイドさんに感じていたいい加減さとは裏腹に、美味しいと感じた。既に二軒目も廻っていたので、アメリカンにしたのだが、これだけ美味しいなら、普通にコーヒーを頼んだ方が良かったとも思う。


「それで? ご注文は?」


 コーヒーを飲み耽っていたので、彼女は不意に何を言われたのか理解が遅れた。注文は既に済んでいる。何故ここで聞くのだろうか。呆けた顔でメイドさんを見る。


「よく此処が見つけられましたね。そうそう見つけられないようになっているんですよねーここは。特に一般の方となるとねー」


「たしかに、ここに来るまでだいぶ掛かりました」


 素直な感想を述べる。


「そうでしょーそうでしょー。ここはね、沢山の回り道をしないと辿り着けない様になってますのよ」


 まるで自分がそうしたかの様に自慢げに言う。そしてその眼は、ここに来る人の苦労を愉しむかのようだった。


「それで? ご注文は?」


 先程と同じ問いが掛けられる。今度は彼女にもはっきり解った。此処だ。間違いなく、此処がその場所だ。


 ……彼女は立ち上がる。

 軽くお辞儀をし、ゆっくりと口を開く。


「めいどの土産はありますか?」

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