8.注目の的
月に一度、冒険者協会ではギルドマスターを集めた定例会議が開催される。
そこで、協会は管理している冒険者達の情報を、ギルド側は協会から得られる情報を手に入れることができるのだ。
参加は義務ではあるが、仕事によって欠席するギルドマスターも少なくはない。
「ギ、ギリギリセーフ……っ!」
ミントは会場となる協会支部の大部屋へと到着した。扉を開けるなり、視線は一気にミントの方に注がれる。
間に合ったことへの安堵感から、いきなり注目の的になったことで緊張感が押し寄せてきた。
何せ、ここにいるのはミントに比べたら、ベテランの冒険者ばかりだ。
彼らから見れば、ミントなど子供にしか見えないだろう。実際、
「なんでこんなところに子供がいやがる……?」
ミントに聞こえるように言ってくる大男が一人、視界に入った。
サッ、とミントは視線を逸らすが、それが大男の癇に障ったようで、ゆっくりと近づいてくる。
(ひっ、ど、どうしよう……!?)
「おい、てめぇ――」
「やあやあ、ミント君。久しぶりだね」
不意に声を掛けられて、ミントは振り返った。そこにいたのは、
「ルイゼさん……!」
かつてミントが所属していた冒険者ギルド――『刻名』のギルドマスターのルイゼ・アーヴァスであった。自身もAランクの冒険者として、最前線で活躍する男であり、今のミントにとってはこの場において信頼のできる相手と言える。
一見すると、頼りないようにも見えるほどに細身だが、ミントは実際に彼の戦いを見たことがある――紛れもなく、冒険者としても実力者だ。
実際、ルイゼがミントの近くに現れた途端、大男は視線を逸らして背を向ける。
「……ちっ、ルイゼの知り合いかよ」
助かった――思わずその場にへたり込みそうになるが、ミントは壁に寄り掛かるようにしながらなんとか耐える。
すると、ルイゼが嬉しそうに口を開く。
「はははっ、遅刻もしないでここにいるとは感心だよ。僕なんてよく遅刻するけど」
「え、いつも早く出ていたじゃないですか……?」
「んー? まあ、早く出ると時間が余るからさ、余裕ができるのさ。それにしても、君がギルドマスターとしてここにいるのは、元同じギルドの者として誇らしいよ」
「ル、ルイゼさん、私がギルドマスターをやりたくないのは分かっていましたよね……?」
「それは君ならやれると思ってたからさ。実際、初仕事も無事に終わらせたみたいじゃないか」
ミントがギルドマスターになるよう協会から打診された時、彼はなんとミントのことを後押しした。彼女ならば、ギルドマスターも務まるだろうと太鼓判を押したのだ。
ミントはやりたくない、というオーラを出していたのに。
ルイゼの後押しがなくても、どのみち決定していたのかもしれないが――そこは少しばかり恨んでいる。
だが、こうなってしまった以上、この場においてルイゼほど頼れる相手はいなかった。
「まあ、あの仕事で私はほとんど何もしていませんが――って、どうしてそれを?」
「はははっ、風の噂だよ。それより、あの程度の大男にビビってたらダメだよ? 彼は君と同じ、Bランクの冒険者だ。実力で言えば、ほとんど差はない――いや、むしろ君の方が上だろう」
「ランクはそうだったとしても、あの人は実力でギルドマスターに認められた人なんですよね? それじゃあ、私とは違うですよ」
「謙虚だねぇ。同じ立場になった以上は、過程は違えど協会に認められた身なんだから。どっしり構えておけばいいさ」
「そう言ったって……なんかさっきから、私の方に視線が向けられているような……?」
「そりゃあ、そうでしょうよ。君くらいの年齢でギルドマスターになった前例はない――君は、この場において最年少のギルドマスターなんだ。皆の注目になるのは仕方ないことだとは思わないかい?」
「それにしたって……」
ミントは周囲に視線を向ける。
ざわざわ、と会話をしている者達の声が、少しだけミントの耳に入ってくる。
「あれが、『炎の剣姫』と『氷の魔女』を従えていると言う」
「噂では二人を奴隷にして飼っているとか……」
「なんと、あれほどの実力のある冒険者を……」
「顔に似合わず恐ろしいな……」
聞こえてくるのは、間違いなくミントについてのことだ。
だが、明らかに誤解されているような言い回しまで聞こえてくる。
「な、なんか、変な噂が立っているような感じがしますけど……?」
「まあ、アリスちゃんとレーシャちゃんが奴隷として売られかけた――その事実を知っているのは、彼女達を救出するのに協力した一部の冒険者だからねー。知らない人から見たら、首輪をつけた二人を連れている君は、どう考えてもやばい奴だよね!」
「あー、なるほど――って、なんでそんなことに!?」
脳の理解が追い付かず、思わず納得しかけてしまったが、ミントはルイゼに詰め寄る。
「わざわざあの二人が、仕事に失敗して奴隷にされた――なんて、広める必要もないことでしょ。マイナスの情報を流す必要はないってこと」
「それは……確かにその通り、ですね」
仕事でミスして冒険者が奴隷にさせられたなど、確かにわざわざ広める話でもないだろう。
だが、その結果が『最強クラスの冒険者を従える謎の少女ギルドマスター』というような扱いに繋がってしまっていた。
ミントが注目されているのは、その勘違いのせいである。
真実は全く違うのだが、ミント自身もそれを話すわけにはいかず――ただ周囲からの視線に耐えるしかなかった。
(うぅ、胃が痛い……!)
支部長のガレリアが早く姿を現さないか、そればかりミントは気にしていた。