5.初仕事を終えて
「合計討伐数は『女王』を含めて九百と五十七体――素晴らしい戦果だな」
ミントの提出した書類に目を通し、満足そうに女性は言った。
左目には眼帯をした長い黒髪の女性――ガレリア・ゼーネル。元『冒険者』であり、今は王都にある冒険者協会の支部長の一人として活動をしている。
広い王都にはいくつか協会の支部があり、それぞれギルドが報告するところが決まっている。
今回は仕事の規模もそれなりに大きかったために、ガレリアへ直接報告書を提出することになった。
「あ、ありがとうございます」
「それにしても、アリス・レンドリオンが四百と二十五体で、レーシャ・フレデリスも同数――それで、君がたったの七体、か」
「うっ」
ちらり、と鋭い視線をガレリアから向けられ、思わず小さな声で呻いてしまう。
はっきり言って、今回のミントは何もしていない。
何もせずとも、強すぎる冒険者二人が仕事を片付けてくれてしまったのだから、仕方ないだろう。
ミントからすれば、あの戦場に立てる実力がないと言うほかなかった。
「すみません……ほとんどあの二人が倒していて」
「ああ、気にするな。別に君の討伐数が少ないことを責めているわけじゃない。君はこうして、私との仕事のやり取りをするために書類の整理など、やるべきことはしっかりこなしている。ギルドマスターとしての仕事は『調整役』と『管理役』――そういうところこなせる能力が大事なんだ。君はあのアリスとレーシャが十分に力を発揮できるようによくやっていると思うよ」
ガレリアからここまで褒められるとは思っておらず、ミントはきょとんとした表情で彼女を見た。
だが、すぐに首を横に振り、
「いえ、私は本当に何もしていませんよ。あの二人がすごいだけですし……それに、私はあの二人と友人関係です。言うこと聞いてくれるのだって、そういう間柄だからであって――」
「友人関係だろうと、君がしっかり二人をまとめ上げられるのなら、それで何ら問題はない。今回は助かった――これからも頼むよ」
ミントの言葉を遮って、ガレリアが労いの言葉をかけてくれる。
正直、褒められるのは悪い気分はしなかった。
けれど、やっぱり今回の仕事で活躍してくれたのは、アリスとレーシャの二人だ。
受け取った報酬で、少しくらい豪華な食事でも誘って行くのはいいだろう。
「さて、追加の仕事依頼はそちらにまとめておいた。後ほど目を通しておいてくれ」
ガレリアの差す先にはテーブルの上に置かれた大量の書面――おそらくは、『風の炎氷双牙』に課された新しい依頼なのだろう。
まだまだ、自由の身になるのは先のようだ。
「こんなにですか……?」
「不満か?」
「い、いえ、そんなことはないですっ! 精一杯がんばりますっ!」
「いい返事だ。さ、帰って休むといい」
ガレリアにそう言われ、ミントは部屋を後にする。
すぐに、大きくため息を吐いてその場に腰を下ろした。
「私、やっぱりギルドマスターなんて、向いてないですよ……」
ガレリアに対して、ろくに交渉も出来ないままに仕事を受けるだけ――これではとても優秀なギルドマスターとは言えないだろう。
けれど、ミントはつい先日まで一介の冒険者として活動していただけの、十七歳の少女なのだ。書類の仕事など、覚えることだけでも手一杯であった。
「はあ、でも――弱気になってばかりじゃ、ダメですよね。二人と一緒に頑張らないと……!」
――すぐにこうして、立ち直れるところはミントのいいところであった。
気合を入れなおして、ミントは帰路につく。お金を切り詰めるために、安い宿を一部屋借りて、今日から三人で生活を始めたばかりだ。
途中のお店で食材をいくつか買い、今日は少しだけ豪勢な夕食を楽しもう、と宿の部屋へと戻った。
「ただいま戻りました!」
「あ、おかえり、ミント! どうだった?」
「二人の活躍もあって、支部長から褒められましたよ」
「幸先いいスタートだね」
「そうね! ま、あたし達にかかえれば、あれくらいは楽勝よ。レーシャと討伐数が同数だったのは、ちょっと残念だけど」
「次に大量討伐の仕事があったら、また勝負しよう」
「当たり前よ。決着つけるんだから」
「二人とも、競争感覚で仕事はしないでくださいよ」
そうは言いつつも、二人がそれでモチベーションを保てるのなら、競い合いながら仕事をするのもいいかもしれない――ミントはそう考えていた。
実際、途中からかなり白熱したものになって、討伐の速度が上がっていたのは間違いない。
「さ、今日はちょっと豪華な食材を買ってきたので、厨房を借りて夕食を――」
「はいはい、その前にミントはここに座って」
何故かアリスに肩を掴まれて、ベッドに座らせられるミント。
思わず、その場で首を傾げる。
「? 何かあるんですか?」
「何かって、もう忘れちゃったの?」
「忘れた……? 何かありましたっけ」
確認するようにレーシャの方を見ると、レーシャは頷いて言う。
「仕事前に話した」
「仕事前……?」
「『負けた方が勝った方の言うこと聞く』――あたし達の話、聞いてたでしょ」
「ああ、その話ですか。それなら今回は同数ですから、無効ということでいいのでは?」
「何言ってんのよ! あたしとレーシャは同数だけど、あんたは七体で最下位でしょ?」
「え、どうして私が参加してることに……!?」
「わたし達は三人で組んでるんだから、当たり前」
アリスだけでなく、レーシャまでそんなことを言い始める。
ちょっと待ってほしい――こんなレベルの違う二人と討伐数で勝負するなんて、勝てるはずのない戦いだ。
そこで、ミントはようやく気付く。
「あ……初めから、このために二人で『仕組んだ』んですか……!?」
「んー? いや、別にそんなつもりはないけど。ミントが参加を明確に拒否しなかったからさ……」
「そ、それは、あなた達二人が勝手に争っていると思ったから……!」
「じゃあ、今回は仕方ないからミントの負けってことで」
「仕方なくないですよね……!?」
「もう罰ゲームの準備はしてあるから!」
「罰ゲームって言っているじゃないですか!」
完全に、ミントで遊ぶつもりなのが丸わかりであった。
アリスが取り出したのは、少し露出度が高く見える――白と黒を基調としたメイド服。明らかに、普通の洋服店では取り扱ってないような代物だ。
「ど、どうしてそんなものを……? ――というか、どこで手に入れたんですか!?」
「細かいことは気にしないでさぁ。罰ゲームの内容なんだけど、これ着てちょっとご奉仕してもらおうかなって」
「え、私がこれを着るんですか……!? そ、そんなの恥ずかしくて無理ですっ!」
「大丈夫。誰も見てないから」
レーシャの言葉は全くフォローになっていないが、気付けば彼女はミントを羽交い絞めにするような格好になっていた。
「ふっふっふっ、逃がさないわよ……? せっかく三人で同じ部屋なんだもん。久しぶりに――楽しまないとね?」
「うん、楽しまないと」
「ちょ、ちょっと待って――私は全然楽しくないんですけどーっ!」
この後、メイド服を無理やり着させられたミントは、二人にご奉仕することになった。――立場が逆な気がするのは、気のせいだろうか。
ご奉仕(意味深)。
こんな感じで続けていけたらなぁって思っております。