11.初体験
「まあ、調査って言ってもこうなりますよね……」
小さく身体を震わせながらミントはできるだけ下を見ないようにしながら言う。
今、三人がいるのは――王都全体を見渡せるのではないか、というくらいの高さがある『時計台』の上。
ここは観光地としても知られるが、細く長いこの時計台は、高所を苦手とする人にとっては地獄だろう。
ミントは高いところはやや苦手で、身体を縮こませている。
アリスはというと、あと少し身を乗り出せば落ちてしまうのではないか、というくらいに前のめりに。
レーシャの方は、静かに遠くを眺めていた。
全ての依頼を止めた状態で、今は仕事の依頼ですらない『冒険者行方不明』の件を調査している――間違いなく、ミント達にとってはマイナスにしかならないことだ。
けれど、二人に気持ちを尊重することにした。その結果が、こうして高所で身を震わせることになってしまったのだが。
「ま、あたし達が調査してた時もこういう原始的な方法でやってたよ」
「うん、高いところがあるなら、それが一番楽」
「楽って言ったって……そんな都合よくいきますか……?」
ミントは怯えながらも、視線を少し遠くの方へと向ける。視力には多少自信のあるミントは、目を細めながら、遠くの路地裏を確認する。
「……あれ?」
ミントはそこで、とある『動き』を目撃した。
「なんかあった?」
「いや、その……さっきの会議の時、ちょっと怖い冒険者が、いたんですよ」
「怖い冒険者? それって、ミントを怖がらせたってこと……?」
背中の方から少しだけ冷気を感じて、ミントは身震いする。
「こ、怖がらせたっていうか、私が勝手に怖がったっていうか……とにかく、その冒険者っぽい人が見えて」
「どのあたり? 一人?」
「いえ、何人か連れているように見えました。それに、何か『袋』のようなものを持っていたような……?」
「ふぅん……? 匂うわね?」
「え、匂いって……?」
「うん、なんか匂う」
「え、え……? 私がですか……!?」
「そういうことじゃないわよ。そいつ、冒険者が行方不明になってるって話聞いた時、どんな顔してた?」
「どんな顔って……」
ミントはその時の『ざわつき』を思い出す。紛れもなく多くの者が動揺していた中で――一番冷静に見えたのは、大男の冒険者であった。
むしろ、少し苛立っていた様子すら見えた。
「なんか、怒っていたような気はしました……」
「さすがミント、よく見てるじゃない。あたし、あんたのそういうところ好きよ。レーシャ、あんたはどう思う?」
「……灰色。でも、さっきの動きだけなら、確かめて見てもいいと思う」
「え、確かめるって……?」
「簡単よ――あたしに捕まりなさい」
アリスがそう言うと、レーシャがアリスの背中に抱き着いた。
ミントはというと、抱き着く前にアリスとレーシャがそれぞれ服を掴んでくる。
「ま、まさか……!?」
「そうそう。こういうのってさ――奇襲が一番、手っ取り早いのよね!」
アリスの宣言と共に、彼女は時計台から跳んだ。
「――うそおおおおおおおっ!?」
さすがのミントも大声で叫ぶ。
下を歩く人々の視線が一斉に注がれ――同時に大きな爆発音が周囲に響き渡った。時計台の壁をアリスが思い切り蹴り上げて、爆炎を巻き起こす。
ミントは人生で初めて、空を飛んだ。