1.プロローグ
ミント・ヴァーグレイは昔から、中途半端だとよく言われた。剣技も魔法も、どちらも人並み以上にこなせるが、どちらかに突出しているわけではない。
オールラウンダーと言われれば聞こえはいいかもしれないが、ミントの評価は『中途半端で器用貧乏』、というものであった。
そう言われるようになった原因は、同じ村の出身である幼馴染二人にある。
一人はアリス・レンドリオン――炎の魔法を得意としたが、なにより突出すべきはその剣術。幼い頃からその才を開花し、彼女は村どころか領地において最強と呼ばれる程の実力者であった。今では、『炎の剣姫』と呼ばれている。
剣術において、私は彼女の足元にも及ばなかったことから、よく比較対象とされた。
もう一人の名はレーシャ・フレデリス――氷の魔法の使い手であり、その実力もまた、アリスと並んでいた。相性で言えば属性が不利のはずのアリスと互角に渡り合える魔導師であり、こちらもまた最強クラスの実力者である。
彼女とも当然比較され、私の魔法は彼女に比べればレベルの低いものであり、私の評価は当然のように低くなってしまった。
レベルの高い二人と比べられるとどうなるのか――悲しいことに、『どちらもできる』のではなく、『あいつには特徴がない』というそんな評価になってしまうのだ。
強すぎる幼馴染二人と比較されて、ミントは中途半端という烙印を押されてしまった。
正直、そんな二人と比較されて評価されてしまっては、ミントが不服を申し立てたところで仕方のないところだろう。――だが、別にミントはそんなことは気にしていなかった。
ミントにとって幼馴染が有名になっていくのは誇らしいことであり、彼女達の活躍を風の噂で聞くのはなによりも嬉しいことだったからだ。
ミントはミントで、堅実に自らの腕を磨き、十七歳になった頃にはBランクの冒険者となっていた。Aランクの冒険者である幼馴染二人には劣るものの、これでも十分な成長だと言える。
冒険者のランクにはSまで存在しているが――きっと、いずれ二人はその境地にまで辿り着くことができるだろう。
ミントはその二人と幼馴染で、友人関係にある。その事実だけで、十分であった。
「――正直驚きました。まさか、あなた達が捕まって、奴隷にさせられたなんて話を聞いた日には」
「……ごめん」
ここはミントが借りた宿屋の一室。ベッドの上で正座をするのは、幼馴染の一人であるアリスであった。少し赤みがかった髪に、ミントと同じく十八歳でありながら童顔である彼女は、ミントから見ても可愛らしい。
だが、そんなアリスの首には、奴隷の象徴である鉄の首輪が付けられてしまっている。
この首輪は魔道具と呼ばれる代物であり、『主人には絶対服従』という呪いにも似た効果が付与されてしまっている。
現在の主人はミントになっているが、特別――彼女に制限を掛けるようなことはしていなかった。
そしてもう一人もまた、アリスの隣に座っている。
銀色の髪に透き通るような白い肌。人形のように整った顔立ちをしているレーシャは、少し気まずそうにしながら視線を逸らしている。彼女にも、同じく奴隷の首輪が付けられていた。
実力のある若手冒険者二人が、奴隷になってしまったという事実はまだ、そこまで表では知られていない。
ミントは小さくため息を吐きながらも、淡々と事実を口にする。
「結果的には正攻法――つまり、あなた達二人を『買えた』からよかったものの、もう少し遅かったら助けるのは無理でしたよ。おかげで私の全財産はなくなってしまいましたが」
二人の消息が絶たれてから、ミントはすぐに調査に乗り出した。
消えた場所がある程度分かっていたから、二人の状況の把握にはそれほど時間はかからなかった。――彼女達はそれぞれ、大きな組織に手を出して、敗北してしまったというわけだ。
いくら実力のある二人と言えど、単独で全てを解決できるほどの力はまだない。
下手をすれば命を落としていたかもしれない――ある意味では、奴隷という形で助けられたのは、不幸中の幸いと言える。
ピッと手を挙げて、アリスが宣言する。
「お、お金のことなら働いて返すからっ!」
「わたしも」
それに合わせて、レーシャも手を挙げて言った。お金がなくなったのは事実だが、重要な点はそこではない。
「お金の問題ではないです。あなた達の活躍は知っていますし、私もあなた達の実力はよく分かっています――ですが、危険なことに手を出しすぎですよ」
ミントが注意すると、二人は少し気まずそうな表情をして、
「そ、それは分かってるけどさ……。でも、裏でなんの罪もない人を奴隷として売ろうとするような奴らだったんだよ? 放っておけるわけないじゃん!」
「アリスの言う通り。だから二人で行動した」
そう反論した。もちろん、彼女達の言うことには同意できる。
けれど、そこでも別の問題があった。
「それなのに、一度分かれて行動した時に、それぞれ敵と戦って捕まった――ってことか」
「だって、レーシャが捕まったって聞いたから」
「わたしは、アリスが捕まったって聞いた」
「あたしがそんなすぐに捕まるわけないでしょ!」
「それはわたしの台詞だから」
――言い争いを始める二人。
つまり、この二人はお互いに別行動をしている時に、お互いが『捕まった』という嘘の情報を流布されて動揺してしまった、ということだろう。
喧嘩するほど仲がいいとも言うが、心配するが故に信頼関係が崩れてしまうという本末転倒な結果であった。
「はい、争わないでくださいっ! 二人とも悪いですっ!」
ミントがそう言うと、気まずそうな表情でしゅんとする二人。
助けられた、という面が大きいのだろう――二人とも、首輪の効果がなくともミントの言うことにはすぐに従った。もっとも、これは昔から『そういう仲』であったとも言えるが。
「一先ず、今後のことですが――」
「! これ外してくれるの?」
「話の途中で割り込まないでください。もちろん外したい気持ちはありますが、奴隷の首輪自体が魔道具なんです。そう簡単に外せる代物ではないそうで、しばらくはそのままになってしまいます」
「ええ……? そうなんだ……」
「まあ、あまり違和感はない」
レーシャがそう言って、自らの首輪に触れる。
それ自体に重さがあるわけではなく、むしろ装着した者にはあまり負担を掛けないように作られているようだった。
「……そこで、二人に話しておかなければならないことがあります」
「話って、まだ何かあるの? あ、もしかしてあたし達と一緒に仕事する気になった?」
「ミントなら歓迎」
「……不本意ながら、そういうことになりますね」
「え、本当!? ――って、ミントはなんだか嬉しそうじゃないね……?」
もちろん、二人と一緒に仕事をしたくないわけではない。
けれど、ミントは一応、別のギルドに所属していた。冒険者協会にギルドとして登録し、一つの冒険者の集まりとして認知される。
協会に呼び出されて、諸々説明をしたミントにくだされたのは――現ギルドからの除名と、新規ギルドの創設の提案であった。
早い話、『問題児二人をお前が管理しろ』と押し付けられた形である。
実力的に劣るミントでは、能力の優れた二人を管理することなんて到底できない、と断ったのだが、二人を買い取った時の資金についての保証や、ギルドとしての優遇措置など、諸々の提案を受けて渋々受ける羽目になってしまったのだ。
ミントはつまり、若くしてギルドマスターという立場になってしまったのである。
これはこれで、ある意味快挙ではあった。
「……そういうわけで、私はギルドマスターになったので、しばらくは二人を管理することになりました。三人で一つのチームというわけですね」
「……へ? 管理ってどういうこと?」
「言葉のままの意味です。冒険者協会からも連絡がありまして、最近あなた達二人の独断専行が目立つから、丁度いい機会だとのことでした。私が巻き込まれる形になるとは思っていませんでしたが……」
「それって、あんたがあたし達のご主人様とかそういう感じになるってこと?」
「……ミントがご主人様?」
美少女二人からそう言われて、ミントは妙な気持ちになる――が、こほんと咳払いをして首を横に振る。
「ご主人様とかそういうのではないです。――というか、私だって幼馴染なんですから、二人をそんな扱いするはずないじゃないですかっ」
「あたしは別に、そういうのでもいいけど……」
「へ?」
「わたしも、ミントならいいよ……?」
「ええっ!?」
上目遣いに言われて、困惑するミント。ご主人様と呼ばれる姿をまた想像して、すぐに否定する。
何を想像してるのか――と強く首を横に振って、鋭い視線を二人に向ける。
「違いますーっ! とにかく! 二人はしばらく私の管理下になりました! 私の言うことは絶対ですからね!」
「はーい」
「はい」
――こうして、ミントは奴隷となった幼馴染二人の主となった。
首輪をつけた『炎の剣姫』と『氷の魔女』を連れたその姿によって、『影の女帝』などという大層な呼び名で呼ばれることになることを、このときのミントは想像もしていなかった。
短編見返してたら、これ連載にするの悪くないなって思ったんで書き始めることにしました。
短編の時よりここの内容は増量しております。
余裕のある時に更新するのでよければ見てください(タイトルはめっちゃ長くなりましたが)