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鬼姫の曼珠沙華 ─濡烏の章─  作者: 紫木 千
第二章『頭領争奪編』
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【第二章】人と妖を繋ぎし者

 二代目如月の両親は鬼神ではなく普通の鬼だったらしい。力も平均でさほど強くもない、だけど心優しく賢い鬼だった。如月の弟はそんな両親に似ず冷酷な鬼で、自分こそ特別なのだと信じて疑わない。自分に逆らう者は決して許さず、人の国で多くの命を奪った。両親は道を違えた弟を強く叱り、なんとか説得していたがそれを受け入れてくれるはずがない。

 弟は鬼神の頭領になりたがっていた。鬼神の武器に選ばれるにはいくつかの条件が必要となる。それは血縁であったり性格であったりと様々だが、睦月の武器に選ばれるには支配欲がいる。弟は特に頂点に立つことに拘っていたため望み通り二代目睦月として選ばれた。

 鬼神に選ばれた途端、弟の傲慢さはより目立つようになりついに両親の命が奪われることとなる。誰よりも我が子を思い、息子を正しき道へ導こうとしていたというのに。二代目睦月にとっては両親でさえも道具としか思えなかったのだろう。

 両親を殺した弟を憎む姉は、こうして二代目如月となり弟と対立している。支配欲の強い弟と平和を望む心優しき姉、妖たちがどちらの味方につくかは明確である。だからこそ弟は姉を殺さんとしているのだ。


 この鬼神の姉弟が戦をすればきっと──。


………………


 濡烏が帰宅する日、練清と練德の兄弟は珍しく屋敷で待機していた。毎日餓鬼のように遊び呆けている二人が母の傍で静かにしている様子は実に面白い。しかし、さすがは如月の子というべきか佇まいは立派で近くにいた女共がつい顔を赤くしてしまうほどに男前だ。

 母である如月は、練清の目的が濡烏で、練德はそんな兄に付き合ってあげているということを見抜いていた。この間練清にあなたたちはお似合いねと言ってみたところ完全に無視されてしまった。本当は嬉しいくせに笑ってやったが。

 濡烏が都の者たちに会釈しながら、牛車へと向かう。その姿を目で追っているとこちらに気づいた濡烏と目が合う。濡烏は嬉しそうに微笑んでくれる。美しいと心の中で癖のように呟いていると母の笑顔が視界に入った。


「文月様と仲良くなるなんて、やるじゃない練清」

「……」


 母の茶化すような言葉をかけられても練清の表情は崩れない。何か反応を示せば負けのような気がする。

 しかし母から文月様が娘になってくれると嬉しいのになあと言われた時は汗が止まらなかった。一体全体どういう意味で言ってきたのかは定かではないがあまり母を刺激するのはよしたほうが良いだろう、面白がるから。


「そういえば都中である噂が流れているみたいね」

「噂?」

「練清が濡烏に惚れているという噂」


 隣で弟の練德が我慢できずに吹き出した。弟よ、何が面白いと顔を顰めていると更に母は言葉を重ねてくる。


「文月様の髪、綺麗ね。烏の濡れ羽色ってよく言うけれどまさにその通り。そう思わない?」

「……炭を塗ってるようにしか見えん」

「母に嘘は通用しません、絶対に美しいと思ってるでしょう」


 隣にいる弟の小さな笑い声が絶えない。濡烏に心底惚れているのは間違いないが母にだけは隠し通したかった。

 濡烏はすぐそばまで歩み寄るとまず如月と会話を交わす。次に練清、練德に頭を下げた。鬼神の子とはいえ、鬼神ではない二人に礼儀を示す真面目な濡烏を練德は心の中で賞賛する。

 確かに兄と濡烏はお似合いだ。誰よりも前を歩み自分の意思を曲げない兄に付いていける女は濡烏ぐらいだろう。

 濡烏は練清と目を合わせると瞳を細めて柔らかく微笑む。この微笑を我がものに出来るのであれば、すぐさま頭領を倒してみせよう。練清のこの想いも頭領の支配欲と等しいもの、それほど濡烏を望んでいるのだ。


「さようなら、練清様」


 本当にさようならだ。この恋も叶うはずがない、蛍助と同じように突き放してしまえ。そうやって自分と関わろうとする者たちを遠ざけて守るしかない。

 しかし練清が、蛍助と同じように潔く身を引くような男ではないことを、濡烏はまだ知らない。


……………………


 草木張から帰宅した鈴紅は随分と体調が良くなっていて、出迎えた金音は心の底から安堵した。草木張は鈴紅を相当大切にしてくれたようで鈴紅の影に潜む邪気も取り払われている。未だ心に負った傷は治っていないが少しは救われたはずだ。


「如月様は文月様のお歌を気に入ってくださったのですね」

「うん、嬉しかった」


 鈴紅は小さく笑って、金音の手を取りながら頷いた。


………………



 ………………、………………。

 ………………………………………、………………。



 ついに、鈴紅は頭領の正室に迎えられた。逃げ場を失ってしまったのだ。住む場所も変わり、周りの者たちも変わり、鈴紅の心は病む一方。唯一の救いは、ずっと傍に居てくれた金音だ。金音だけは鈴紅に付き従うことを許され、鈴紅の心を支え続けてくれる。


 文月様、行かないで。

 文月様、私たちはあなたのことが大好きです。


 屋敷を去る際に、周りの世話をしていた女中たちがそう言ってくれた。鈴紅をずっと慕ってくれていた彼女たちを手放してしまい、心が苦しい。ごめんねを繰り返し、袖を濡らしながらここまで足を運んだ。

 主が去った後、あの子達はどうやって生きていくのだろう。もう会えないかもしれない。そう思うと涙が止まらなかった。

 最愛の姉を死に追いやった憎き男の妻として生きるのは、我ながら無様な生涯だと思う。それしか大切なものを守る手段がないのだから、情けない。

 祝言を上げてから今まで子が産まれなかった鈴紅を、頭領は石女うまずめと罵った。肌を合わせたのは合意ではなく無理やりであったため、女としての心が徐々に蝕まれていくのは当然のこと。

 更に徹底的に痛めつけられた心を引きずりながら、鈴紅は殺しの仕事をこなしていたためよく体調を崩すようになった。


 ある日、頭領は鈴紅にこう言った。


「人の国と妖の国は何故隔てられているか分かるか。これらは共に生きることが出来ないからだ。妖の国だけを治めていてもつまらぬ、人の国も我が手に収めたい」

「人間たちを支配すると言うのですか」

「そうすれば分け隔てられたこの世をひとつに出来るであろう」


 その時、頭に浮かんだのは蛍助と八重の姿だった。二人に別れを告げられた日からどれ程の時が過ぎたのだろう。元気にしているだろうか、娘はどこまで成長したのだろうか。


「わたくしたちの祖先が、妖を人の国から除いた理由もわかる気がします」


 鈴紅は袖の中で拳を握りしめる。


「わたくしたちは、人を傷つけてしまう"物の怪"。人の邪念や影から生まれてきたわたくしたちが、常に人と関わるわけにはいかないのです」

「お前は人間たちを庇うのか、何の役にも立たない弱き生き物たちを」

「あなた様のお話を否定するつもりはありません。わたくしたちは人を支配するためにいるのではなく、影から見守るためにいるのではないかと思うのです」

「くだらんな」


 頭領は鈴紅の話を一蹴した。人間を庇護するような言葉を当たり前のように口にする妖なんて、鈴紅以外にいるだろうか。鈴紅は自らを人間の影に潜む物の怪と称し、人間を見守る存在であると言った。ありえない、そんなことがあってたまるものか。

 妖と人は繋がらない、共に生きることは出来ない。強引にひとつにして我が手中に収めればいいだけのこと。


「人と妖を繋ぎし者は、必ず現れますとも。それは私たちの知らない未来の話になるかもしれませんが」


 私と、蛍助と八重さんのように、きっと誰かが壁を壊してくれる。鈴紅はそう確信していた。その誰かはまだ分からない、もしかしたら生まれてくる我が子かもしれない、と。


「では、その未来を見てみたいものだな」

「…………」

「初代の睦月は初代の文月を殺すために気味の悪い男を作り出したらしいな。殺ししか頭にない男だ、常に笑っている不気味な男」

「その男が、未来にどう関わってくるのでしょうか」


 鈴紅が神妙な顔つきでそう尋ねると、頭領は唇の端を吊り上げる。何を企んでいるのだこの男は。


「我も、作ってみようと思うてな。そう、人も妖も、誰も勝つことの出来ない生き物を」


 鈴紅は顔を顰めて、首を振る。


「そんなもの作っても、その身を滅ぼすだけですよ」

「こやつさえ作り出せば、この世の全てを手に入れることが出来る。我に出来ないことなどあってはならないのだ」


 鈴紅の制止に一切耳を傾けず、興奮気味に話を続ける頭領。もしも本当にそんなものが作り出されれば、取り返しのつかないことになるだろう。誰も勝つことの出来ないものを、止める手段なんてない。

 結局最後まで鈴紅の忠告を聞くことは無かった。



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