おばあちゃんと火鉢
※フィクションです。
小さい頃の僕はおばあちゃんが大好きだった。お盆と正月の「おばあちゃんの家に行く日」が楽しみで仕方がなかったくらい。
母ちゃんが「寒いから寝る」と言うのを「行くけん、行くけん」と叩き起こして車に押し込む、年始恒例の行事である。
ある正月、おばあちゃんが庭に火鉢を出してくれた。炭が真っ赤に燃えており、見るからに熱そうだった。
「熱いから触っちゃいけんよ」と母ちゃんも口酸っぱく言っていた。
で、触った。めっちゃくちゃ熱くて「ああああぁぁぁーー!!」と叫んだ。
「何してんの!」と母ちゃんがすごい剣幕で飛んできた。右手が包帯でぐるぐる巻き、全治一週間である。
なぜ触ったかはよく覚えてない。多分”熱いから”だったと思う。
それから正月に遊びに行くと、毎回火鉢が出されるようになった。
僕が火鉢に触り、ときに腕を突っ込んで「ああああぁぁぁーー!!」と叫ぶのが、お決まりの風景になった。
きっとこれが僕の役目なのだろうと、子供ながら使命感に燃えていた。
実際は火鉢に火が入ってなかったのだが、まるで熱いかのごとく叫んだ。
当時の僕はリアリティ重視の仕事人だったのだろう。
おばあちゃんが「今年もいい年になりそうだねぇ」と言って、にこやかに見つめていたのを今も覚えている。
最初含めて三年分、きちんと役目を全うしましたとも。
四年目は、やる前におばあちゃんが亡くなってしまった。
訃報が届いたのは、夏が始まったばかりの頃だ。
火鉢はなかったけど、それでも「ああああぁぁぁーー!!」と涙ながらに叫んだ。
火鉢は思い出としてもらった。
後で聞くと、母ちゃんが「ばあちゃんは煙になるから、火鉢炊けばずっと一緒やけん。うちで炊こうな」と言った時に、ピタリと泣きやんだらしい。
こういう時の母親の力って、やっぱり凄いんだなぁ。
あれから僕は大人になり、今は妻と息子の三人で暮らしている。
引っ越す時に火鉢も一緒に持ってきた。息子の遊び道具として活躍している。
息子は炭の代わりに自分の頭を突っ込むようで、たまに抜けなくなって困っているのを見かける。
「ああああぁぁぁーー!!」と叫んでいるのを、懐かしさを噛みしめつつ助けてやるのが、今の僕の役目である。
ああ、そろそろ除夜の鐘が鳴るな。来年もいい年でありますように。