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あせかき姫の物語  作者: 双葉 了
3/7

第三話 塔の中の幸せ


 あせかき姫ことナキ姫は、発作のせいでサク以外の他人と会うことが出来ません。

 そのため、王家の人間でありながら従者や召使に身の回りの雑用や世話を見てもらうことが出来ません。

 なので、身の回りの世話は、唯一ナキ姫のそばにいても発作が発生しないサクが訓練やその他の業務の間を縫って行っていました。



***


 コンコン

 召使長の指揮の下、早急に作り直された扉をサクがノックした。

 ナキ姫の部屋だけがある小さな塔は、ナキ姫の発作を考慮した特殊なつくりとなっていて、ナキ姫の発作で壊れることが想定される扉などは塔の外から修繕ができるようになっている。


「サクでございます。昼食をお持ちいたしました」


 この塔を訪れるのはサクしかいないのだが、サクは必ず名乗るようにしている。

 扉の音で、人が動く気配と布の擦れる音がする。


「入ってきていいわよ」


 ナキ姫の許しを待ってサクが扉を開ける。


「うわっ」


 扉を開け、一歩部屋の中に入ったサクは、部屋の中に目を向けるなり声を上げて驚いた。昼食の乗った盆を落としそうになったが、何とかこらえる。

 そして、慌てて部屋から目を背けるように体を翻した。


「お着替え中ならそう言ってください」


「あら、そう伝えればサクは部屋に入ってきてくれないじゃない」


 後ろ向きで抗議の声を上げるサクに対して、ベットの上で寝間着を脱ぎ下着姿のナキ姫が平然と答える。

 サクとしては、不可抗力で目に入ったナキ姫の身体が瞼に焼き付き余裕がない。

 日頃、この小さの塔にこもりきりのナキ姫の肌は、日に焼けることがないので不自然なほどに白い。

 しかし、その肌の白さに病的な印象はなく、むしろ端正な顔立ちと相まって神秘的な雰囲気すら漂わせている。


「昔は同じ湯につかった仲ではないの。下着くらいで大げさね」


「いつの話をしているのですか。まだお互いに三つの頃のことではないですか」


「あら、私は今でも同じ湯につかりたいと思っているのですよ」


 悪戯っ子のようなナキ姫の笑い声を背中に聞きながら、サクは着替えが終わるのを待った。

 布が擦れる音はまだ止まらない。


「大体、私はこの部屋にいるときは、裸でいたいのよ。

 服を着ているのだって、サクの為なのだからね」


「またそのようなことを。

 ナキ姫様も妙齢の女性なのですから、そのあたりの節度は守っていただかないと」


「だからこうして着替えているんでしょ?」


 ナキ姫は当たり前のことを、さも大変なことをしているかのように大げさな口調で言った。

 サクは、溜息が口を突いて出てきそうなのをぐっとこらえる。

 しばらくして、背後から聞こえていた着替えの物音が止んだのでサクが尋ねる。


「もういいですか」


「ええいいわよ」


 ナキ姫の言葉を信じて振り返ったサクは、またしても間抜けな叫び声をあげることになった。


「な、なんでまだ下着のままなんですか!着替えはどうしました!」


「ちゃんと着替えたわ、新しい下着に」


 サクの抗議もどこ吹く風といった様子でナキ姫が笑う。

 確かに、目の端に捉えた下着の色は違っていたような気がする。しかし、無意識のうちに布以外に目が行ってしまうので、そんなこと言われないと気が付かない。

 というか、下着を着替えていたということは……。サクはそれ以上考えるのを辞めた。

 戸惑うサクを尻目に、ナキ姫は楽しそうに笑う。


「やっぱり、サクと話しているのは楽しいわね」


 笑っているその声の奥にかすかな寂しさを聞き取ったが、サクはそれには気が付かないふりをした。

 それが、どうしようもないことをサクは知っていたからだ。


「そうやって、あなた方兄妹はいつも俺をオモチャにする」


 代わりに発したのは、少し冗談めかした抗議の声。


「あら、ハツ兄さまにまたいじめられたの?可哀そうなサク」


 ナキ姫も、サクにつられて冗談めかした声になる。もう、声の奥の寂しさは聞き取れない。


「ナキ姫様も、たった今俺で遊んでいるじゃないですか」


「あら、私のはご褒美なのよ?」


「ご褒美?」


「ええ、昨夜はサクに迷惑をかけてしまったからそのご褒美」


 ナキ姫は、それがさも当然のように言った。

 下着姿で出迎えることをご褒美だというナキ姫に、サクは軽い頭痛を感じたが、それを指摘するより先に訂正しなければならないことがあった。


「ナキ姫様、昨夜の件は新入りの召使が誤ってこの部屋に入ったのがそもそもの原因。ナキ姫様が、気に為されるようなことはありません。

 まして、ナキ姫様の近衛兵である俺にとって昨夜の行動は当たり前の行為。当たり前の行為にわざわざ褒美を頂くほど、サクはがめつくありませんよ」


 それは、サクにとって偽らざる本心だった。

 サクにとって、最優先にすべきは自分自身ではなくナキ姫のことだ。

 その自覚があるので、今朝の評議会のようにナキ姫の元へ駆けつけた行為を褒められるのは気まずいのだ。

 しかし、ナキ姫は退かなかった。


「サクならそう言うと思っていました。

 けれど、私が感謝を伝えたいから伝えているだけなのです」


 こう返されては、サクに反論の余地は残されていなかった。

 サクの気持ちではなく、ナキ姫の気持ちを基準に語られたのではその好意を無下にはできない。


「では、お気持ちだけは素直に受け取ります。

 しかし、服は来てください。でなければ、俺はナキ姫様の方を向くことが出来ません。

 折角の昼食も冷めてします」


 サクが頼むと、ナキ姫は意外なほどにあっさりと新しい寝間着に着替えた。

 ナキ姫も、ずっとサクの背中と話しているつもりはなかったようだった。

 ようやく落ち着いて振り返ったサクにの瞳に、ナキ姫の笑顔が映った。












次回投稿予定→10/7

本当は水金土の週三日投稿なんですが、今週は三連休なので明日も投稿します。

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