第二話 サクの苦労
あせかき姫の本当の名前は、ナキ姫といいました。
ナキ姫は、人と会うと大量の汗を流が流れるという発作を起こしましたが、ただ一人、生まれたときから兄弟のように育てられた近衛兵の青年サクのそばにいるときだけその発作が収まりました。
***
「深夜の発生にもかかわらず迅速な対応、さすがは弱冠十七にして准将へ昇進し近衛兵団に抜擢された男だけのことはある」
評議の間の豪華な長机。
その一番端にある一段高い場所にあるこれまた豪華な椅子に座る国王が、抑揚の大きなゆっくりとした口調でそう言った。
「勿体ないお言葉であります」
長机の反対側で、サクが膝をつき頭を下げる。
ここは、毎朝国の要職が集い政治や外交、経済や軍事に関することなど、様々な議題についての報告や協議が行われる評議会の場。
ナキ姫の発作を止めた後、ナキ姫が再び眠りに落ちた明け方までナキ姫のそばにいたサクは、休息もそこそこに、国王の命により評議会に召喚されていた。
サクと国王の間には、大臣や軍幹部の将校、行政を行う文官などこの国の中核を担う要人たちが二十名ほど席についている。
各面々のサクへと注がれる視線は様々だった。
機体の目を向ける者、警戒を隠そうとしない者、品定めをする者、面白くなさそうにする者。
好意とそうでないものが入り混じった視線にさらされたサクは、居心地の悪い気分になった。
「ザミア歩兵団長は鼻が高かろう。
貴君の息子を我が娘と共に育てたことは正解だったようだ」
国王がサクから見て右側の列の中ほどに座る屈強な男に向かって言った。
この男は、先祖代々この王家に仕える八つの大貴族の一つ、クラウト家の現当主でありサクの父親に当たる人物である。
ザミアは、言葉を発せず座ったまま恭しく一礼した。
国王はそれを見てもう一度サクへと目を向けた。
「これからも、我が娘のことよろしく頼むぞ」
「はっ」
国王の言葉にもう一度大きく頭を下がると、評議の間を後にした。
これから行われる評議会への参加資格は、サクにはない。
部屋を出てもう一度一礼して扉を閉めると、サクは全身から力が抜けるのを感じた。
「評議会は終わったのか」
力を抜いていたところへ、背中から声がかけられたことでサクの体は飛び上がる。
「ははは、最年少で将校になった男も、気を抜いていれば怯えた猫のようだな」
「これは、ハツ王子」
振り返った先に人の好さそうな笑顔を見つけ、サクは慌てて膝をつく。
そこにいたのは、王位継承権第一位のハツ王子。ナキ姫の兄にあたる人物だった。
「そうかしこまるな。私は、お前の働きをねぎらいに来たのだ。
今朝も妹を救ってくれたようだな」
「それでしたら、もっと普通に労ってください。
こう毎度驚かされたのでは、俺の心臓も持ちません」
「これは訓練だ。
いずれ私の右腕となりこの国を支えていくであろうお前が、実はビビりだとあっては周辺諸国に示しが付かないからな。
今のうちに矯正しておかなければと思ってな」
そう言って笑うハツ王子は、サクのことを高く買っており、事あるごとに声をかけていた。
サクも、人望が厚く部下想いである四歳年上のハツ王子のことを慕ってはいた。だが、
「俺のことを評価していただけるのは嬉しいのですが、俺にはナキ姫様のそばにいるという重要な任があります。
国の中核を担うようになるなど……」
サクにとって、ナキ姫への忠誠に勝るものはないのだ。
ハツ王子もその事も先刻承知の上である。
「その忠義の志も、私がお前を欲しいと思う理由の一つなのだけれどな」
ハツ王子は、頭を下げたサクのあごを持ち上げるとその瞳をじっと覗き込みながら言った。
後から見れば、ハツ王子がサクの唇を奪っているように勘違いしてしまいそうな構図だ。
ハツ王子が中性的で美しい顔立ちをしていることもあり、違和感は少ない。
ハツ王子は品定めするようにサクの瞳を見つめると、急に小さく笑って反転した。
「私の恋敵はなかなかに強敵のようだ」
冗談めかした声でそういうと、王宮の広い廊下をゆっくりと歩き出した。
サクはその背中にもう一度深く頭を下げ立ち上がると、ハツ王子とは反対側に向かって歩き出した。
昨夜からの一件で体は既に休みを求めているが、今はまだ一日が始まったばかり。サクの長い一日はこれからが本番となる。
サクは自分自身に気合を入れ直すために、二、三度肩を大きく回した。
次回投稿予定→10/6




