3.問.好きな人と登校したらどうなるか?
アイルが出て5分後に俺も食パンを咥えながら家を出た。
まったく朝からとんでもない疲労感だ。こんな時は贅沢にコンビニでエナジードリンクでも買っていこう。ただ学校生活でエナジーを使う瞬間など皆無だがな。
5月後半はポカポカ陽気というよりは結構暑く、制服のブレザーが邪魔になる程だ。
目覚めの悪かった俺に太陽の眩しい光線銃が容赦なく突き刺さる。本日快晴、俺雨天。
そういえばアイルが異様にツンツンしだして仲が悪くなったのって中学2年の時からだっけか。そこからあいつがアイドルになり出して有名になっていった。
それまでは普通に仲が良かった気がする。
まあ今はそんなことより夜の対策を考えなければ。
──ドンっ!
「ご、ごめんなさい」
俺は余計なことを考え、前をよく見ていなかったら女の子にぶつかった。
こちらも謝ろうと顔を上げて彼女を見ると、その美しい容姿に思わず咥えていたパンが口からこぼれ落ち、地面に落下すると小さくバウンドした。
「あっ、いえ、ここちらこそ、す、すいません……」
「あれ? えっーと同じクラスの空渡、せんとくん!?」
どこのゆるキャラですか。俺ハゲてないしツノもないっすよ。
まあ苗字だけあってただけでも彼女はすごい方だ。だいたい存在自体覚えられてないからね俺。
「ごめんねせんとくん。私ちょっとボケっとしてて。へへっ」
「いや、俺もそうなんで」
やばい会話が始まってしまった。コミュ障的にはもうすでに名前の訂正は言い出せない。
俺は早々にせんとくんとして生きていく決意固めた。
美しいブロンド色のショートヘアーに真っ白な肌、気品があり整った顔立ちにアクセントの泣きぼくろが可愛さを引き立てている彼女の名は──水ノ下美織。
俺の通う東西高校の2大美少女の1人でもある。ちなみにもう1人は誠に遺憾たが日ノ上アイルだ。
水ノ下は俺がラブレターを書いた意中の人でもあり、派手でかわいいアイルとは対象的に彼女は清楚で美人。おまけにお胸は視線を無意識に吸い寄せるほど豊満な、わがままバデェーをお持ちである。
だがまあ好きとは言ってもこんな俺が何かアピールできるわけもなく、単に憧れってだけの思いの方が強いかもしれない。
無論遠くから眺めていただけで、まともに話したことなどほとんどない。
「あっ、私のせいでパンだめにしちゃったね……。コンビニあるからそこで買ってくるよ」
「あ、いやそんないいですよ。ピースマートの6枚切138円の特売品なんで……」
「ふふっ、せんとくん面白いね。じゃあお言葉に甘えて。今日って1限目国語の小テストあるよね。勉強やってきた?」
せんとくんは面白いらしいです。やったねせんとくん。
それにしても、もしやこれはこのまま一緒に登校するという形になってしまうのではないだろうか。
同じクラスだし、ここで別々に登校するのもきっと優しいと名高い彼女的には気がひけるのだろう。
朝の登校+パン+美少女とかギャルゲ的にはここから恋愛に発展するんだろうが、俺の場合はその可能性は限りなくゼロだろ。
ゼロなのかよっ!
「いや、特に何も……テストあるの聞いてなかったし」
「そうなんだ。でも放課の時とか勉強してたりするよね? 授業もちゃんと聞いてる感じだし、成績良さそう」
「まあ、そ、そこそこ」
水ノ下さんボッチがみんな頭いいとか思わないでください。
単に友達いなくて、やることなくて真面目キャラを作ってるだけです。はい。別に特別成績いいわけじゃありません。
それにしても初対面でも結構喋る子なんだな。
いや正確には初対面ではないが、ここまで話されると口下手な俺でも話せたりするもんだ。
こんな俺でも嫌な顔一つせずに話しかけてくれるなんてやっぱり彼女はいい子だ。そしてやっぱり憧れじゃなく、好きかもしれない!
「そっかあ! そういえば7月に臨海学校あるよね。すごく楽しみ」
「だ、だねぇ」
そうなの? 知らなかったんですけど。全然楽しみじゃない。
「私泳げないんだけど、せんとくんは泳げたりするの?」
「クロールと平泳ぎくらいは、まあ多少」
すいません。嘘をつきました。犬かきしかできません。
まあでもたまには見栄を張るのも大事だよねっ!
「運動神経いいんだねぇ! 羨ましいなぁ」
「ははっ、まあ」
その後もこんな調子で彼女との会話は続き校門前に到着した。
『誰だよあいつ、うぜぇ』、『美織さんが男と一緒に登校してるっ!』、『死ね』とブツブツといろんな声が聞こえた。
恐らく俺の人生でこの上ない注目を浴びた登校だろう。
それにしても美少女と登校すると死ねと言われるのか。世の中残酷物語である。
水ノ下と教室に入ると先ほどよりもみんなの露骨な視線が俺に集中する。その中の1人にツンツンアイドル兼俺の宿敵アイルさんもいらっしゃる。
学校の2大美少女の1人とクラスで存在すら曖昧な地味ぼっちの俺が一緒に話しながら入ってきたのだ、それも当たり前だろう。
「今日は本当にごめんね。じゃテスト頑張ろうね」
「あっ、はい」
水ノ下は微笑みながらそう言うと女の子の友達の輪に入って行った。
俺は自分の席である窓際の前から二番目の席に座ると、いつも通り無意味に教科書を開き、陸上部が走っている校庭をボケっと眺めた。