2.問.幼馴染のアイドルが朝やってきたら?
チュンチュンとどこかしらか鳥の鳴き声が聞こえる太陽がまだ登り始めた早朝。
俺、空渡星斗の朝はまず二度寝することから始まる。
わざわざ1時間前に目覚ましをセットして、起きてからまた寝るのだ。
あと1時間も寝れるという最高の幸福感を得るために俺は毎朝このようなことをしている。
ああ、幸せだ……。幸せすぎて自分が怖いくらいだ。
昨日のアイルとの出来事はきっと夢に違いない。
あいつが俺にギャルゲを教えてほしいだと?
そんな事あるわけ、ない! ないっ!
さっ、寝よう。
──ジャジャジャジャーン!
スマホから何年ぶりかのベートーヴェンの運命が流れた。
これは随分昔に設定したアイルの着信音。
俺は耳を塞ぐと布団を被り、着信音が鳴り止むのを待った。
こんな朝からなんの用なんだよ。
自分でこの曲設定しといてなんだが、普通になんか怖い、怖いよ……。
しばらくして着信が鳴り止むとホッとして布団から顔を出す。
「おいっ、なに無視してんだよ!」
「──な、ななななんでお前がいるんですぉ?」
変な語尾になってしまうほどに驚いた。
ベッドの上で仁王立ちしながら俺を見下げていたのが、居るはずのないアイルだったからだ。
見えそうで見えないスカートの中がどうでもいいと思えるくらいに俺の心は一気に恐怖に満ちていく。
アイルはにこっと笑うと甲高いぶりっ子声で、
「おはようこざいますぅ! 早い時間にすいません。星斗に朝呼び出されちゃって急いできました。えへっ! っておばさんに言ったらすんなり入れてくれたわ」
さすが猫かぶり。キャラの急変更手は馴れたものだ。
それにしても母さんめ、余計なことを。
親と妹を含め俺がアイルと仲が悪いことを知らない。
そしてこの女がとんだ猫被りだということもだ。
「それでなんの用だよ?」
「昨日の事、誰にも言うんじゃないわよ」
「言うわけないだろ。別にお前のことなんか興味ないんだし」
「どうだか。現役アイドルの恋愛事情を知ったのよ。そうやすやすと信じられると思う? 私の弱み握ってやっほー、やりーっとか思ってたんじゃない?」
「そ、そんなわけないだろ」
そんなわけあるだろ。こいつ結構勘が働くな。注意しなくては。
「とりあえず言ったらラブレターばら撒くから」
「言わねーから安心しろ。そんなこと言うためにわざわざこんな朝早くに来たのか?」
渋面を浮かべる俺に口をプクッと膨らましてアイルはそっぽを向いた。
美しい白銀のツインテールが大きくたゆたう。
「昨日言ったでしょ。ギャルゲ教えてって」
「男に受けるかわいいゲームのキャラを参考にしたいからギャルゲを教えろってやつか。そんなもん自分で買ってやればいいだろ」
「はぁ? そんなの恥ずかしいじゃん。わ·た·しがギャルゲ買えると思う? それに詳しいやつがいたほうがサクサク進むでしょ」
「サクサクねー。思うんだけど別にお前なら大体の男はオッケーくれるんじゃないの? ほら、見てくれだけはいいんだから」
「そんな簡単にオッケーくれる人なら苦労しないわよ。いいから黙って教えなさい」
あーめんどくさいがやらないと先に進めなさそうだ。
仕方なく俺はゲームを起動させるとアイルにコントローラを持たせた。
「で、どんなやつがいいの? 泣きゲー? イチャゲー? エロゲ?」
「え、エロいのは禁止! よく分からないけどかわいい子が出てくるやつ」
「あのな、ゲームに出てくる女の子なんて大体みんなかわいいだよ。そんな抽象的な要望で選べるか!」
「うっさいな。よく分からないから聞いてるの! じゃあ、仕方ないからあんたのオススメでいいわよ」
なにその店長のオススメみたいな言い方。しかも上から目線がムカつくぜ。
エロい展開がなく、比較初心者にも分かりやすいやつか……。
「んじゃ、このアニメ作品のやつから選んだほうが無難じゃないか」
「へぇー、いっぱいあるのね」
「そういや今思ったんだけどアイドルって恋愛禁止じゃないのか?」
「なにをバカなこと言ってるの。普通に禁止に決まってるでしょ」
おい、今この人さらっと矛盾したこと言いやがったぞ。
禁止なのに恋愛しようとして大丈夫なのかよ。
訝しがる俺を見てアイルは首を傾げた。
「アイドルなんて、みんな裏ではイチャコラ、イチャコラ恋愛してるんだからね」
おうっ。いきなりの爆弾発言。まああくまでこいつ個人の意見だから聞かなかったことにしておこう。
アイルは並べられたゲームから一枚手に取るとパッケージの裏を見始めた。
「それは『ホンコイ』ってやつで女の子はかなりかわいいぞ」
「そうなんだ。じゃあこれにする」
ブーンとハード機が起動音を上げるとゲームがスタートした。
☆
──あんた調子に乗ってんじゃないわよ! ぶち殺すわよ!
「なにこいつマジぶち殺す。人に向ってそんな汚い言葉使うなんてサイテーね」
ツンデレキャラの攻略から始めたアイルはゲームと会話を始めていた。
それにしてもお前のその言葉、そっくりそのまま返してやりたい。
「俺、そろそろ学校行く準備しなきゃいけないんだけど」
「あーはいはい。じゃあまた夜に来るからよろしくねー」
「お前正気か! 俺の安息は……」
「安息? そんなもの下水に流して今頃太平洋よ」
「なら俺は太平洋まで取りに行ってくる!」
「なーにバカなこと言ってんの? あんた、犬かきしかできないくせに」
ちくしょう。安息を取り戻せるなら犬かきでも十分だ。
俺はアイルに舌打ちすると逃げるように自分の部屋から出た。
冗談じゃねえ。また夜に来るだと……。
こっちはお前が来ることなんて1ミリも望んじゃいないんだ。
あのラブレターさえ取り返せれば……。くそっ。
朝から不機嫌モード全快の俺は一階に降りるとリビングの扉を思いっきり開けた。
「兄、朝からうっさいぞぉ」
ぼーっとした虚ろな瞳。寝癖まみれのボサボサの髪で、パンをちょびちょびとハムスターのように食べているこいつは俺の妹──空渡月花、中学1年生。
ふわふわした雰囲気が特徴のちょっと心配になる妹だ。
「妹よ、せめて下履いてから飯食べろよ。パンツに上だけパジャマとかお兄ちゃん心配になっちゃうよ」
「大丈夫だよぉ。今日はうさぎさんのパンツだからぁ」
「どんな理屈だよ。残念なことにうさぎさんにそんな力はない。そういや月花はアイルに会わなかったのか?」
「おぉ、アイルにはさっき会ったよぉ。強く抱きしめられたぁ」
あいつめ。妹を毒牙にかけようとしやがって。
アイルは月花のことを昔から気に入ってかわいがっている。
気に入られようと頑張っているみたいだが、もっとも月花本人はどうとも思っていない。
「お兄ちゃん先に行くから早く準備していくんだぞ」
「はぁーい、わかったぁ」
俺は準備を済ませるとアイルの様子を見に再び自分の部屋に戻った。
「俺もう行くけど」
「あーそ。じゃあ私が先に行くわ。一緒にいるの見られたら軽く死ねるし」
なら軽く迅速に死にやがれ。
俺としてもこいつと絶対一緒に登校などしたくない。
「じゃ、早く行けよ」
俺が冷たくそう言うとアイルはすれ違いざま刃物のように鋭い目つきで俺を睨んだ。
こいつ怖すぎ!




