春―進級式
春になり、わたしはゴドウィン女学園の二年生になった。
進級式。講堂のステージにかかげられた十字架を背に、学園長サーシャ・ゴドウィンがお祝いの言葉を述べている。
桜の壁面飾りのかわいらしさに目を奪われつつ、わたしは、初めてここを訪れたときのことを思い出していた――。
十年前、副学園長だった母は、当たり前のように一人娘を学園付属の幼稚舎に入れようとした。反対したのは父だった。
小学校卒業までは公立でのびのび育てたい――ふだん意見しない彼が、めずらしく強く主張したらしい。
おかげで公立学校に通えることになったわけだが、もちろん楽しいことばかりじゃなかった。
ハーフの見た目で、からかわれるのはしょっちゅうだったし、イジメられたこともある。けれども、本音をぶつけ合えば、ケンカ相手なり親友にもなれた。六年間の学校生活でわたしは経験し、学び、強くなれたと思う。
小学三年生のとき、父に連れられてゴドウィンの学園祭を訪れた。
美しい校舎の聖なる少女たちは、わたしに決してあからさまな視線を向けたり、指さしたりなどしなかった。そんなことは「はしたない」と教育され、その年頃であれば当然持つ好奇心や興味を抑え込んでいたのだ。
わたしは怖くなった。
うまくは説明できないが、不自然な気がしたからだ。本音を晒さない彼女たちと上手くやっていけるか、不安になってしまった。
ステージの母の話に耳をかたむける級友たちを眺める。
今なら――あの頃の自分に、「大丈夫」と声をかけたい。
聖なる少女たちは、必ずしも信心深いわけでなく、日常生活にも不満を持つ、普通の女の子なんだよ、と。
「新しい先生を紹介します」
学園長の言葉に、後ろにひかえていた若い男性が一歩前に出る。
「定年により退職される、用務員の幌草さんの後任として入られる、幌草創さんです。創さんは幌草さんの息子さんで……」
キツネ似のお兄さんがステージにいた。
今日はきりっとネクタイを締めたスーツ姿で、なかなかのイケメンぶりだ。「挨拶をお願いします」とマイクを譲られ、ロボットのような動きで進む。
「は、はじめまして。父の後を継いで、ゴドウィン女学園の用務員になりました、幌草創と申します」
用務員――。
思い返せば納得がいく。だって、やたらと施設に詳しかったもの。
わたしと〈かごめ〉の謎解きをしたとき、彼は、退職されるお父さんの仕事を引き継ぐため学園に通っていたという。用務員室でお父さんと二人きりになるのが気まずくて、校舎内の人気のない場所を探して休憩していたらしい。わたしと出逢ったのも、そういうタイミングだったのだ。
「す、好きな食べ物は和菓子全般とシジミの味噌汁です。どうぞよろしくお願いします」
こんなビミョウな自己紹介、聞いたことがない。
もちろん笑いの波が巻き起こることもなく、素っけない拍手だけが送られた。
わたしは、ひそかに、ほくそ笑む。どう思うだろうか、お兄さんは――?
あの後、わたしが〈奇跡研究会〉に入ったと知ったら。
花籠さんは計算高かった。会員不足で潰れそうになっていた研究会に、わたしを引き込むことで存続させようとしたのだ。
そして、わたしは嫌でたまらなかった学園長の娘という特権を使い、新しい用務員さんを“副顧問”にしてもらうようママにお願いしたのである。
「わあっ!」
ステージから下りようとしたところで、幌草さんが階段を踏み外し転んだ。さすがに皆ざわめく。
心配して走り寄ってきた生徒会役員に、「大丈夫です大丈夫です」と断り、尻をさすりながら退場した。か、かっこ悪い……。
すぐ隣のクラスメイトが必死に笑いをこらえているのに気づき、わたしもつられて吹きだした。