表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

第7話 姉と言うもの(2)

「お財布を…落としてしまいました……ああ、不幸です!やはり私は何処へ行こうと不幸なんです!」


姫野愛花は、財布を失くした哀しみに嘆いていた。失くしたのは駅で切符を買った後か、駅からここまでの道でか、ここに来てからか。


ここで遊んでいる間はロッカーへ荷物を預けていたので、手元にバッグがあった時間自体少ないけど、ともかく気づけば財布が無かったのだという。


「とりあえずは僕が立て替えたから何とかなったんだけどさー、額がちょっとね…」

「いくら入ってたの?」

「ぐすっ…私のお年玉…全部です…」

「うわぁ」


キツすぎる…何て言えばいいだろうか、うん、何と言えばいいだろう。


「はは…本物だなこりゃ」

「何が?」

「ドジっ子と言うか、不幸少女とでも言うのか。普通落とさねぇよ?大金入った財布なんてよ」

「不幸なのは…ぐすっ、生まれつきで…私が悪いんです、勝手に舞い上がって、持ってきたお金を勝手に落として…」

「ああ悪い、泣かないでおくれ愛花ちゃん」


…駅で落としたのなら、社会人が比較的多かったりするから、駅員へ届けられてたりするだろうけど、道中やこういう場所は拾ってもそのままネコババする人がわんさか居る。


最後にお金を使ったのはここから出るときで、その前は…


「僕が…愛花ちゃんを誘ったりなんかしたのが悪いのかな」

「違います!…竜崎さんはこんな私を仲間に入れてくれて、私、本当に嬉しくて…だから、何も悪くなんかありません」


竜崎までもがその顔を曇らせる。何だか遊びの雰囲気じゃ無くなってきて、悠里もバツが悪い顔をしていた。


他にも人が賑わうこの場所で、とある会話が聞こえてきたのは、ただの偶然だった。


「お前ら!今日は俺の奢りだ、ゲーセン行って遊びまくるぞ」

「何言ってんだよ健ちゃん、お前の金じゃねぇだろって」

「ぎゃはは!我が物顔で何言ってんだよこいつ」


確信は何も無かった。ただ単に、居心地が悪く、目を逸らしたかったのかもしれない。僕は声の方を見た。


「…?」


そいつらは、三人組で、明らかに僕らより幾つか年が上で、そのうちの一人は、左手に全然らしく無い、まるで女物のような財布を持っていて、それで…


「…ねぇ姫野さん、落とした財布ってさ、ピンクの長財布?」

「えっ…はい、そうです」

「そっか…うん、あの人達、あれをお前の金じゃ無い、って言ったよね」

「あの…陽本君?」

「おい、急にどうした勇」



高校生かな、もしかしたら大学生だったりするかな。まあ、足には自信があるし、外には人も多い。先に怯ませれば逃げ切れる、かな?


「勇?」

「えっとね、僕は今から君達の知らない人。何の関わりも無い。だから知り合いの振りはしないで、先に帰っててくれる?」


鳴姉がここにいたら最高だったんだけど、わざわざ呼びに行ってたら見失ってしまう。今しか無い。


「どういう事?ゆっ…むぐ?」

「お願いだから、他人の振りをして」

「おい勇」

「悠里も…」

「よくわかんねぇけど、何かすんなら手伝うぜ?」

「…大丈夫、相手の不意をつかなきゃだし」

「あっそ」

「じゃあ、行ってくるね」


事情を詳しく話す間はなかった。僕の単独行動と言う事にして、彼らが狙われないようにする。とりあえずこれで、その心配は無くせた。


僕は男達の後を追う。そして後ろから、ゆっくりと、奪うのは相手を怯ませてから、そうだ、ここに来てから一度だけお金を使った。


ロッカーを、コインロッカーを使用する時だ。財布はその時にどこかへ置き、そのまま置き忘れた。そして同じく遊びに来ていた彼らがそれを見つけた。ラッキー、これで遊ぼうぜ。道理は通っている。


「ほっ」

「しかしよー、どこのバカ女が落としたのかねぇ?そのぉぉ!?んがっ!」


まずは相手の歩き始め、右足を上げた時の体重がかかった左足を思いっきり払った。男は面白いぐらい勢いよくひっくり返った。


いやさ、道理が通ってるよ?でも僕、落し物はちゃんと届けなきゃいけないと思うんだ。拾って喜ぶ輩の裏には必ず落として哀しむ人がいる。それを考えないのはダメだよ。


「ふはっ!お前何すっ転んでんだばがっ!?」


二人目、三人の真ん中に立ち左手に財布を持ってた通称健ちゃんが、転んだ男の方に体を向けた瞬間、僕はその股間をつま先で蹴り上げた。


すかさず手から落とした財布もキャッチ。


「なっ!?おい!クソ野郎、お前ぶっ殺されてぇのか!」


三人目、一番右に立っていた男は、完全にこちらを向いていて襲いかかってきそうな勢いだった。これじゃあ不意打ちはできない。


いや別に不意打ちじゃなくても一対一で勝てないわけじゃない。けど今はできない。なぜだって?


「よそ見してんじゃねぇっ!」


僕は直角に首を曲げ、下を向いた状態で立っていたからだ。ほら、顔を見られたら色々とさ、後々面倒だし。


早くしないと他の二人が起き上がってしまう。金的をした男は問題ないけど、足を払っただけの男は頭の痛みが治り次第立ち上がってきそうだ。


「おまわりさんっ!こっちです!こっち!」

「はぁ!?」


僕はそう叫び、男の方向に手招きをした。下を向いたまま。


男は意味がわからないと言う声を出し、体を後ろに向けた。僕の目には、男の足が反対を向いたのが確認できた。


「おい!何警察なんか呼んでんだよ!」

「とりゃ」

「いっ…だぁぁぁ!」


無防備な膝裏に金的同様のトーキックを一撃、男は膝から崩れ落ちた。


「おまっ…殺」

「じゃっ、さようなら!」

「待っ…」


やり過ぎたかな…?さっさと逃げよう。顔は見られなかった。


僕は踵を返して走り出した。走っている途中、悠里達に追いついた。


「あっ、勇…」

「他人の振りっ!」


そのまま追い越す。


もしかしたら後ろからあいつらの誰かが追いかけてきているかもしれない。顔を見られないようにするため振り返る事はできない。よってスピードを緩める事もできない。


それから体感時間で5分ほど走っただろうか。僕は本当の警察署をたまたま発見して、足を止める事ができた。


これで追ってこようと問題ない。安心して後ろを向くと、どうやらすでに誰も僕を追ってはいなかった。逃げ切る事ができたらしい。


一応しばらくこの辺りに来るのは止めておこうかな、と思いつつ、僕は寮へ帰る事にした。


「…ここ、どこ?」


僕は…警察署で道を聞く事にした。



寮へ帰ったのは、すでに3時に差し掛かるという時間だった。


昼食は食べていない。変に長居して奴らと鉢合わせした、なんて事だけは避けたかったから。


「ただいま」

「おっつ〜、早速だけどよ、事情説明頼めるか?」


悠里はゲームをして僕を待っていた。僕の部屋で。僕のゲーム機でゲームをして。


部屋の鍵は確かにかけていなかった。そう言う気安さを含めての寮だと思っていたから。決めた。今日から外出時に部屋の鍵は閉めていこう。


「…それはちゃんとするけどさ、とりあえず、ベッドからは降りてくれるかな」

「うぃ」


ーー事情説明中ーー


「…という事があって、巻き込むわけにもいかなかったし」

「んでそれが、愛花ちゃんの財布だと」

「そうなんじゃない。本人に直接見てもらわないと分からないけど」

「ちょっち貸してみ?」

「何?」


言われて少しだけ思ってしまった。これ、姫野さんのじゃなかったらどうしよう、と。


問題ないよね?どっちみちあいつらが拾って自分達の物にしてたのは事実なんだし。


「中身を拝見〜っと。おお、確かに結構入ってるじゃねぇか」

「あっ!何してんだよ」

「まあまあ、本人確認は大事だぜ?えーっと、現金の他には何が……パタンッ」

「悠里?どうしたんだ」

「…俺は、何も見ていない。この財布は今すぐ本人に返すべきだ」

「なになに?何が入ってたの」

「人の財布は見せもんじゃねぇんだぞゴラァ!」


うわぁ、びっくりした。自分が見てるくせに何言ってるんだこいつ。


もしかしたら、何か見るべきではないものが入っていたのかも。僕には見せられない何かが。


「分かったよ、僕は元々見る気ないし」

「そうだ、わかればいいんだ。

…そういや、竜崎の奴が帰り次第電話してくれって言ってたぜ。他人の振りが終わるまでは大人しく待ってるからだってよ」

「やっぱり、竜崎も事情を知りたいって事かな」

「あー、半分くらいはそうなんじゃねぇの?」

「どうして半分だけ?」

「俺は人の事情には首を突っ込まねぇ。自分で考えな。じゃっ、俺は飯を食ってくっから、絶対に財布の中身は見るんじゃねぇぞ」


はて?よくわからないけど、ちょうどいい。姫野さんの財布を返すためにもう一度出てきてもらいたいし。


僕は竜崎へ電話をかける。彼女はすぐに電話に出た。


『もしもし勇!?どうしてさっきはあんな事言ったのさ。誰かから逃げてたの?ちゃんと説明してよ』

「もちろん説明はするよ、だからさ、もう一度外に出てきてもらっていいかな。姫野さんと一緒に」

『どうして外に?』

「実は…いや、来てからのお楽しみ」

『?、わかった。じゃあ朝に愛花ちゃんと会った所に行くね』


僕とした事が、少しイタズラ心が出てしまった。それにしても、お腹が減った。僕もご飯を食べてから呼び出せば良かったな。


持ち物はピンクの長財布だけ、けどこれ単体を持ち歩くのはなんだか恥ずかしいので、バッグの中に入れて持っていく事にする。


そしてバッグに入れる前に、


「やっぱり…止めろと言われたら、やりたくなっちゃうよね。ちょっとだけ、ちょっっとだけ見ても…」


だって仕方ないよ。悠里が、


なんだつまんねぇ、何も入ってねぇじゃん。


とでも言ったならば、僕も見ようとは思わなかった。けど、あんな反応をした財布の中身、見たいに決まってる。


「お金と、これは…カード、いや、写真?」


一枚の長方形の紙を財布から取り出した。


「ん?」


それは、江口悠里君が写った写真だった。具体的に言おう。昨日の入学式の江口悠里君の写真だった。さらに言えば、カメラ目線ではない。


(隠し撮り…だよね。苦手な奴の写真を敢えて財布にって、何かの試練?)


苦手で近づかれたら怖いものを、敢えて手元に置く事で恐怖を克服する訓練でもしてるのだろうか。


訳がわからない。でも、悠里が見るなと注意してきたのは、これが周りの人に知られるのは、姫野さんにとって恥ずかしい事だからだろう。


好きな奴でも嫌いな奴でも、異性の写真を財布に入れると言うのは、それもそれが周りにバレるのは想像するだけでも恥ずかしい。


伊達に女好きを名乗っているわけではないな、悠里も。


この事は姫野さんには話さないでおこうっと。彼女のプライバシーの為にも。


…そういや、小中で何度も悪い男に騙された、みたいな事を言ってたけど、それって少なくとも、一旦相手に()()()上での騙されって事で良いのかな?


…いやいや、嫌いな奴に惚れるわけも無いよね。無い無い。

評価、感想、ブックマーク登録


よろしくお願いします



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ