9.祐遍の神勅
まるでチャンネルを替えたみたいに、いきなり場面が飛んだ。
いきなりだった。
意識が戻ったと思ったら、どこかの日本家屋のなかなのだ。
森閑と静まった畳敷きの寝室が眼の前に広がっていた。
障子戸から青白い月光が差し込み、清澄な空気が落ちている。こおろぎの声が外から聞こえてきた。
広い畳の間には立派なふとんが敷かれ、男が横たわっていた。
真横からのアングル。
さっきの顔の焼けただれた僧侶にちがいない。顔だけでなく、かみそりで剃りあげた月代までもが赤く、ひどいことになっていた。耳の形がつぶれて縮んでいた。
そんな見た目とは裏腹、祐遍はすやすやと寝息を立てていた。
かたや、小賦はふとんのそばに正座していた。
自身の恰好を見た。
なぜか白装束に着替えさせられていた。なんだ、この姿は。まるで四国八十八ヶ所をまわるお遍路さんみたいじゃないか……。
ふいに、祐遍の足もとの空間が夏場のアスファルトみたいに揺らいだ。
と思ったら、燦然と輝き出した。
楕円形の形をした空間から後光が放たれた。
まるでその空間がスクリーンになったかのように、屋外の景色が見えた。
大きな巌で囲まれた台地に波濤が砕けている光景。
どこかの島か?
いや、島ではない――広大な大陸だ。
信じられない。
岸辺にずらりと何人もの観音さまがならんでいたのだ。あでやかな衣装に身を包み、艶然とほほえんでいた。七色に後光を放っていた。なんと、神々しき眺めかな……。
そのうち中央の福顔の菩薩がうなずき、口を開いた。
「祐遍よ、聞くのです。補陀落めざして出立しなさい。いまこそ彼岸へ渡るときがきたのです」
清澄な声がこだました。耳に心地よい陶然とさせる声音だった。
いかめしい不動明王がかたわらにいた。牙をむき出しにし、野太い声でこう言った。
「祐遍、機は熟した。此岸はわしにまかせろ。おまえは彼岸へ行けい! そして仏となって民草を救済せよ!」
祐遍はそこで眼をあけ、半身を起こした。
赤い頭部は眼をそむけたくなるほど醜いのに、ちょっとした所作は上品だった。育ちのよさと人柄を感じさせた。
さほど驚いた様子もなく、足もとの楕円形の映像を、口を開けたまま見つめている。




