5.日南市、裏野ドリームランドで検索してみた
自転車で日南高校の校門前まできた。十分弱、ペダルを漕いだだけで、タンクトップの背中は汗でしみをつくっていた。
校庭に人影はない。グラウンドのそこかしこでは、朝練にいそしむ運動部の姿が見えた。
「へいへい……。暑いのにご苦労さまです」
小賦は誰に言うことなく、ひとりごちた。
そういう小賦は書道部に所属しており、夏休みのあいだはほんの二日だけ顔を出せばいいことになっていた。
ささっと校門前を横切り、細い道を抜けた。
数件建ちならぶ住宅地を通り、山道に向けて自転車を進めた。
――そもそも裏野ドリームランドなるテーマパークなんて、ここいらにあったんだっけ?
入学してから四ヶ月経ったとはいえ、そんなうわさを聞いたことがなかった。
現に校舎からはアトラクションらしき構造物は見えない。なんだか狐につままれた感じがする……。
夢のなかのサーモンピンク色したチラシを思い出そうとした。
学校の裏山というより、グラウンドの真横に広がる南西の山中に位置していたはずだ。
たしか、すぐ西には岩崎稲荷神社を表す鳥居のマークがあったと思った。このへんは、仲のいい女の子たちとピクニックがてら歩いてお弁当を食べたことがあるので、土地勘はあった。
小賦はいったん自転車をとめ、ためしにスマホでネットにつないだ。
『日南市 裏野ドリームランド』と、検索してみた。
三件ヒットした。詳細を調べてみることにした。
以下、その概要。
『一九八七年、バブルに湧いた直後、日南市は目玉事業にしようと、総工費一七〇億円をかけて宿泊施設、温泉、レストランをそろえたテーマパークを建設した。
とくにジェットコースターは九州一円では最大を誇り、人気を博す。オープン当初はイベントやエンターテイメントが盛りだくさんで、スタッフの接客態度にも定評があった。
地元テレビは華々しくCMを流し、県内県外からもカップル、家族連れがつめかけた。全盛期には年間六〇万人近い入場者数を記録。おおいに日南市を盛りあげた。
しかしながら夢は長続きしない。バブル崩壊とともに、交通の便の悪さを露呈し、莫大な維持費が足かせとなり、一九九三年に経営破綻。
一九九六年に、福岡で資産家で知られている人物が地元日南市出身であったため、育った地元に恩返しになればと買収、翌年にリニューアルオープンした。
資産家は熱烈な高野山真言宗の信徒だった。そこで布教の一助にするべく、『仏教とユートピア』をモチーフに、テーマパークを一新したのだ。
ところが、あまりにも偏ったテーマ性、顧客のリピーター率の低さがたたり、わずか一年半で入場者が激減。
くわえて、あるアトラクションで幼児が死亡する事故があり、メンテナンスの不備、管理体制のずさんさまでもが浮き彫りとなり、九九年に入ってすぐ、閉園に追いこまれた。』
小賦はスマホの画面から眼を離し、パッツンした前髪のかかる額に手をかざして、小高い山を見た。
あんなたいして広くもない山中に、日南市が巨費を投じてテーマパークを建設しただって? ずいぶんと思いきったことをしたものだ。バブル期の推進力というものは、それほど力強く、見境ないぐらい無謀だったのだろう。
「仏教とユートピアのテーマパークって、どんだけマニアックなんだか。お世辞にもナイスセンスとは思えない。あんまし宗教色が強すぎるとドン引きしちゃうじゃん。乗り物に乗るたんびに説法聞かされるんじゃ、たまんないね」
小賦はさらに南下し、星倉地区の山に入った。
なるほど、広葉樹の樹冠にさえぎられ、見えなかったはずだ。
古びたジェットコースターのレールや大観覧車のみならず、なんとウェーブスインガー、ジャイアントハンマーまでのマシンが眼に飛び込んできた。……が、どれもがデザインがレトロすぎた。
テーマパークを取り囲む柵ごしに自転車を押して歩き、周囲を観察した。
どれもが赤茶色に錆びつき、ツタのような植物を絡ませている。およそ営業しているとは思えない。
小賦はふたたび、スマホの画面の先ほどの文面を見た。
一九九六年にリニューアルオープンするも、わずか一年半で落ち目となり、一九九九年に閉園になったはずだ。
眼をつむり、昨夜見た夢を思い起こそうとした。千手観音のチラシ配りから受け取った、サーモンピンク色のチラシの文面を。
いきなり、『三度甦る!』ではなかったか。
とすれば、三度目の正直で、なんらかの支援を受けて再開したのだ。
「待て待て……。しょせん夢は夢じゃない。あたしはなにを真に受けて、のこのこ来たんだか」と言い、ハンカチで火照る顔をぬぐった。「この寂れっぷりを見れば一目瞭然、とてもリニューアルされたとは思えない。もっとも、ガッコのそばにこんな跡地があっただなんて、初耳だけど。でもってオープン当時は、学業がおろそかになっちゃったんじゃないの? ま、規模でいったら、それほど大きくもないし、一回まわったら、飽きちゃうかも。だからリピーター客がつかず、廃れちゃったのかな」
しゃれたアーチのついたゲートをくぐり、無人の園内に足を踏み入れた。
時がとまったかのような空気。
パステルカラーの、ペンション風な宿泊施設の前にさしかかったときだった。
枯れた噴水がある憩いの場に、突如、つむじ風が発生したのだ。
体育祭のとき、グラウンドに湧いて出ては、設営されたテントを浮きあがらせる騒動にしたものだ。あの神出鬼没の渦巻きが、石畳に散らばった土埃や落ち葉を巻き込み、茶色の旋風となって小賦の方に迫ってきた。
「わ、わ、わ……。なにあれ。どういうことですか」
とっさに両腕で頭をカバーした。
?????
小さな竜巻はこちらに向かってこないのか、はたまた勢力を弱めたものか、なんの害もなさない。
小賦は恐る恐る前方を見た。




