3.神勅
これは夢に決まってる。現実ではありえない。
小賦は眼をまるくした。
朝の通勤ラッシュ時の駅前、なぜだか金ぴか等身大の千手観音菩薩が道行く人に、チラシを配布しているのだ。
観音さまが、まさかのチラシ配りのアルバイト。にこやかな笑顔を浮かべて。
千手観音であるのは疑いようがない。
以前、テレビの公演で、中国人の芸術団が金ぴかの衣装を着て、EXILEのCHOO CHOO TRAINみたく、両手で表現しているのを観たことがあった。
かつて二世帯住宅で暮らしていた祖母が、草加せんべいを頬張りながら、
「まるで現代に千手観音が現れたみたいね」と言って、手をあわせていた。小賦は直後に、ネットで画像検索して調べたのだからまちがいない。
その祖母も一昨年、ポックリ逝った。
そんな千手観音が、無数の腕をつかってチラシを配っている。それぞれの腕は独立した生き物のように、ぐねぐねと動き、そつなく仕事をこなしている。
おおかたの人がチラシを拒否しているが――仏さまが配っているというのに、けしからん奴らだ、と小賦は思った――、受け取ってくれた人には、「ありがとうございますッ」と、観音さまは小首をかしげてお辞儀している。営業スマイルとは思えないほどの微笑とともに。
ボーッと突っ立っていると、そのうち、うしろから来たサラリーマンに背中をどやされた。
押し出される恰好で前に進んでしまい、千手観音の背後の、光背みたいな無数の腕のうちのひとつから――近くでよく見ると、けっこうグロテスクだった――淡いサーモンピンク色した紙切れを受け取った。
「な、な、な……なにこれ」小賦はチラシを見た。毛筆太文字のまるっこいフォントでこう書かれていた。「『三度甦る! 裏野ドリームランドへおいでよ!……いっしょに渡ろう、憧れの彼岸へ!』。……なんなの、これ?」
しかも独特なタッチの、いかにも古い時代の絵画まで描かれている。
いちばん眼を惹くのは、下の方に配置された赤い鳥居と、まわりを取り囲むお坊さん数人、それに浜辺に浮かべられた異様な形をした屋形船だった。これから船出する一場面を切り取った風景らしい。
とくに船は薄気味が悪かった。
いかにも日本絵画特有の稚拙な立体感ながら、なぜか屋形を取り囲むようにして四方に鳥居が取り付けられた船なのは、やけに具体的だった。
鳥居を建てた船なんて聞いたことがない。
しかも帆船らしく、白い帆が風をはらんだ図。帆には文字が書かれていた。
小賦は眼をこらした。一部、鳥居にかくれてしまっているが、『南無阿弥陀仏』と書かれてある。
なぜ念仏なのか?
『南無阿弥陀仏』とは、すなわち、『わたくしは阿弥陀仏に帰依いたします』という意味だ。
右下には、福智院本『那智参詣曼荼羅』より引用、とある。
なんのことやら、わけがわからない。




