29.「あたしはひとり傷をかばい、舐めて癒してきた」
小賦はすべてを吐き出すと、肩で息をしながら涙をぬぐった。
波のざわめきが聞こえた。
「気の毒なことをされたな。つらかったろう」
と、祐遍は声を落とした。
「あのあと、あたしは即入院した」
「そうか」
「それ以来、心に鍵をかけたんだよ。ピシャリと扉を閉ざした。言ってみれば、あたしのなかにも殯の箱があったんだ」
三人に傷害罪は適用されなかった。現行の刑法によると、『十四歳に満たない者の行為は罰しない』とある。長谷川らは小学校を卒業するまで涼しい顔をしてすごしたが、以前ほどの悪ふざけはなくなった。
教師たちが個別で追及したところ、長谷川たちは家庭科実習でのできごとをこう述懐した。
――「あまりにも浮かれていたんです。ふしぎと三人とも変だった。あきらかにおかしかった。まるでなにかに憑りつかれてたみたいに。まるでなにかに踊らされてたみたいに……。竹内さんにひどいことをした時点で、ハッと我に返ったんです。なんてことしてしまったんだと。ほんとうに反省してます」
その後、三人は中学にあがると、いっしょにつるまなくなった。その程度の関係だった。
教育委員会が八女教師を監督不行届として指弾した。その後、彼女は教職を退いている。
事件後、PTAを集め、校長らが事情を説明したが、事態がおさまるまでしばらくの月日を必要とした。
小賦自身ははままでクラスからは浮いた存在だったが、傷を負うと親身にしてくれる子たちがふえた。いままではなんだったのか……。
小賦は一年半近く学校へ通わずすごし、卒業してしまった。式も出なかった。
中学へあがると、そこから気分を一新し、登校するようになった。が、そこまでの道のりはけっして平坦ではなかった。
「あたしはひとり傷をかばい、舐めて癒してきた」
「えらいな」
「なのに、忘れようとねじ伏せてきたところに、祐タンが現れた。その顔を見るたび思い出してしまった。こんな言い方して悪いんだけどさ」
「私はかまわない」と、祐遍は沈んだ声で言い、うつむいた。「さしずめ私は、オブどのの心の投影か」
「まるでおおげさに映る鏡のよう」
「そうだな。船内は狭すぎる。世界が狭いと、畢竟、内向していくのだろう」
「この殯の船のなかで向かいあってるのは、ある意味、ふしぎなめぐり合わせだと思う」
「そうかもな」
「吐き出してすっきりした」
「少しは気がまぎれたか」
「どーいたしまして」
「それはよかった」
「でも、心の一部はまだ晴れていない」
「ならば、どうしてほしいのだ」
「抱きしめてほしいのだ」
「……来るがよい」
「なぐさめて」
小賦は祐遍の胸に飛び込んだ。




