27.「予防接種の注射でもあるんだ」
小賦はこの面子が大の苦手だった。三人とも気の強い女の子たちで、他人を思いやる優しさがみじんもない。
が、否応もなかった。家庭科実習は全員参加なのだ。
やるしかなかった。
油をあたためているあいだ、小賦は菜箸を手にし、前かがみのままスタンバイした。
腰に手をあてた長谷川が、
「サーブ打ち返すテニス選手じゃあるまいし」と、言った。「ま、いいわ。オブジェらしく、タネができるまで、そうしていたら」
「まるで案山子みたいだわね」
倉沢が八重歯を見せてせせら笑った。
沼田は面倒そうに洗い物をし、倉沢が顔をしかめてエビの殻をむき、背ワタをとった。
エビのしっぽを嫌そうにつまんだ長谷川は、卵と小麦粉の生地にくぐらせ、パン粉をつけた。
そのうち長谷川は眠そうな眼で、ちらりと調理室の向こうの班を見た。
八女先生は保坂たちのグループにご執心だ。ほかの子たちなど眼中にない。
教師失格だった。楽しそうな笑い声が向こうから聞こえた。
対岸はまるで楽園のようだ。
「その前に」長谷川が小賦の耳もとでささやいた。「その前に、あんたには、焼きゴテ押しとかないといけないのよね」
小賦は凍りついた。
「は。焼きゴテ?」
「このグループでの実習がはずれたら、あんたはまたひとりっきりになる。でもなにかとあんたはハブられて、仕方なしに私たちに拾われるじゃない? こっちだって、頭数そろえないといけないんだしね。あんただって、ひとりきりであぶれてるよりかマシでしょ」
「そ。持ちつ持たれつの関係」と、倉田。おたまを象使いの鞭のように、掌でポンポン叩きながら、「いっそのこと、ウチらのメンバーに加わえてやろうっての。三人より四人の方がいい。昔の人がこう言ったそうじゃ。――『人間は二人集まれば対立が生まれ、三人集まれば派閥が生まれる』ってね。派閥が生まれるにしたって、二・二で平等じゃん。ウチ、なかなかのインテリでしょ」
沼田があっけらかんと笑った。
「なるほど、割りきれる数の方がいいと。ダブルスも組めるしね」
「ただし」と、長谷川がカールした髪を指に巻きつけながら言った。「ただし、それなりの『印』を受けるべきだと思うのよ。契約のサインみたいな」
「なんで、そうなるの」
小賦は声を荒げた。が、声は消え入りそうだ。
「同時に、これはオブ、あんたが、私たちに逆らえないようにするための、予防接種の注射でもあるんだ」
「いいって、あたしは。仲間に入れてくれなくったって。なんで注射なんかしなきゃいけないの」
「あちゃ」長谷川がバツの悪い顔をした。「注射って言ったのがマズかったか」
しびれを切らせた沼田が両腕を広げ、
「なんとなく気に食わないからだよ。ドン臭いあんたも含めて、クラスのみんな、なにもかもが。順風満帆を絵に描いたような保坂や、その取り巻き連中、黄色い声を出す女子――それにあの八女のやつ。五十を超えたいい年こいたオバサンが、孫みたいな子に入れ込んじゃってさ。その代表で、あんたが選ばれたってわけ。あんたがこのクラスの象徴みたいなもんなんだ。むかつくオブジェクト――邪魔なだけの障害物。それがあんたであり、つまりはクラスそのものさ」
「禅問答みたいなこと言われても。こっちはそんなつもりじゃないし」
小賦の語尾はますます消え入りそうだ。
眼を逆三角形にして凄む三人。理不尽な要求を突っぱねるには小学五年生の小賦はあまりにも幼く、やり返す勇気と舌鋒をそなえていなかった。
「それにつけても八女のやつ」と、長谷川が調理室の向こうをにらみながら、「なんなの、あれ。ぜったい目にもの言わせてやる。こっちには生け贄の山羊がいるんだ。教師失格め。教育委員会にやっつけられたらいいんだ」
「『印』を」と、倉沢がつき出た腹を反らせて宣告した。エプロンに刺繍されたクマは残酷なまでにかわいい。しかし子熊みたいな体型の倉沢自身は、魔女裁判にかける人のように無慈悲だった。「契約の『印』をうけるのよ、オブ。だいじょうぶ、すぐすむから」
「だから」長谷川が鼻にかかった色っぽい声で、「大声出しちゃダメ。この契約の『印』は八女の目を盗んで、こっそり行わなければならない。悲鳴なんかあげてみな。あとで、もっとひどい仕打ちが待ってるから」
「歯を食いしばって耐えんだよ」と、沼田。




