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観音浄土をめざして~疑似体験ツアー【明鏡止水の気持ちになんて、なれやしないッ!】  作者: 尾妻 和宥


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26.大縄跳びは、どのタイミングで入っていいかわからない

◆◆◆◆◆


 小賦が十一歳のときだ。

 家庭科の調理実習の時間だった。

 担当の八女やめ先生がえこひいきをするのは有名だった。

 この女教師は年齢をとうに五十を超えているというのに、プライベートでは自身の娘とともに、ジャニーズのアイドルグループの追いかけをしている人物で、やたらと気は若かった。

 まさかその気の若さゆえに、小賦にいらぬ火の粉がふりかかろうとは……。


 当時のクラスにいたのだ。

 将来はアイドルで活躍か?と思わせるほどの目鼻立ちがととのい、スラリとしたスタイルの美少年、保坂ほさかが。

 勉強から運動にいたるまで成績優秀で、人望もあつく、話芸に秀でたクラスの人気者だった。もっとも、保坂は完全無欠と思わせて、じつは極度のマザコンという致命的な欠点を抱えていたのだが。


 八女先生はこの男子生徒に入れ込んでいた。

 その日の家庭科実習においても保坂のグループにべったりで、和気藹々(わきあいあい)と指導するばかりで、ほかのグループは放ったらかしだった。


 かたや小賦は、意地悪な女の子三人組がいるグループに混じっていた。

 いつものことだった。小賦は任意に四人グループを作れと先生に言われたならば、なんとなくあぶれてしまうことが多かった。


 なんとなく浮いた存在であり、なんとなくクラスのみんなとは合わせられず、その日も爪はじきにされ、しかたなしにこの三人組のメンバーに加わることになったのだ。

 そんな小賦が大の苦手とした運動は大縄跳びだった。

 どのタイミングで縄をくぐっていいかわからない。グルグル回転する縄を見つめていると、眼がまわってきて、しまいには気分が悪くなるのだった……。

 調理実習のテーマは、エビフライと温野菜サラダ、オニオンスープを作ることだった。


「ちょっと手伝いなさいよ、オブ。トーテムポールみたいに突っ立ってんじゃないの」


 と、長谷川はせがわ 茉莉まりが手招きしてきた。

 まだ十一歳なのに、底意地の悪い眼つきをしていた。すでに乳房が色っぽくふくらみ、下には黒いブラジャーをつけているうわさだ。

 キャバクラ譲の母親をもつせいか、華やかさはあったが、早熟すぎて、場末のスナックママみたいにすれていた。


「段取りよくやんのよ。残り時間、あんましないんだしさ。たかがタルタルソース作るのに、深刻な顔してんじゃないの」


「ですよね。戦力不足は否めない」太った倉沢くらさわがおたまを持ったまま言った。クマのアップリケの入ったエプロン姿が似合わなかった。「揚げ物やらせてやろうよ、オブに。油はねるのイヤだし。この子を楯にしましょ」


「まったく、人間の楯にするには、『物体』がもってこいってわけね」と、沼田ぬまたが言って、小賦の手首をつかんだ。色が黒くて活発だが、いまどきめずらしい子沢山の家庭の長女だった。小賦のような中流家庭で育ち、ぼんやりとした女の子が生理的に嫌いなのだろう。言葉の端々に、妬みが見えた。「ところであんた、陰でクラスの連中からなにって言われてるか知ってる? あんたのニックネーム」


「陰でって」


「オブジェのオブだってさ。……ぷぷッ。『物』だって。それでもって、飫肥のオブ。オビオブ」


「人をバオバブの木みたいにバカにして」


 と、小賦はうつむいて言った。こぶしをかたくにぎりしめた。まさか、クラスのみんなにそんな陰口叩かれていたなんて……。

 倉沢が口もとを隠して、


「自分の意思をもっていない『物』だなんて、悲しすぎる」


「みんなの顔色うかがって、流されるがまま生きてるから『物体』なのよ、わかる?」と、長谷川がそばにすり寄ってきて、耳もとで言った。「今日こそ挽回のチャンスじゃあない。あんた、ほかでグループ活動しても、ちっとも存在感ないでしょ。このグループ代表して、うまく揚げ物してみせなよ。店に出してもおかしくないようなエビフライ、バッチリ揚げたなら、みんなも認めてくれるかもしんないよ」


「ちゃんとキツネ色に、こんがりやるのよ。やりすぎても、足りなくてもダメ」


 と、腕組みしたまま沼田が言った。

 長谷川がエプロンの紐を結びなおしながら、


「ちゃんとタネぐらい、仕込んどいてあげるって。今日ばかりは補佐になってあげる。なもんで、あんた、エビフライ担当ね」


 と言い、菜箸を押しつけてきた。

 倉沢がサラダオイルを注いだフライ鍋をコンロにかけ、ガスを点火した。


「一八〇度にあがってからだよ。なんじ、ときがくるまで待つのじゃ!」


「キャハハハッ!」二人が同時に笑った。

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