26.大縄跳びは、どのタイミングで入っていいかわからない
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小賦が十一歳のときだ。
家庭科の調理実習の時間だった。
担当の八女先生がえこひいきをするのは有名だった。
この女教師は年齢をとうに五十を超えているというのに、プライベートでは自身の娘とともに、ジャニーズのアイドルグループの追いかけをしている人物で、やたらと気は若かった。
まさかその気の若さゆえに、小賦にいらぬ火の粉がふりかかろうとは……。
当時のクラスにいたのだ。
将来はアイドルで活躍か?と思わせるほどの目鼻立ちがととのい、スラリとしたスタイルの美少年、保坂が。
勉強から運動にいたるまで成績優秀で、人望もあつく、話芸に秀でたクラスの人気者だった。もっとも、保坂は完全無欠と思わせて、じつは極度のマザコンという致命的な欠点を抱えていたのだが。
八女先生はこの男子生徒に入れ込んでいた。
その日の家庭科実習においても保坂のグループにべったりで、和気藹々と指導するばかりで、ほかのグループは放ったらかしだった。
かたや小賦は、意地悪な女の子三人組がいるグループに混じっていた。
いつものことだった。小賦は任意に四人グループを作れと先生に言われたならば、なんとなくあぶれてしまうことが多かった。
なんとなく浮いた存在であり、なんとなくクラスのみんなとは合わせられず、その日も爪はじきにされ、しかたなしにこの三人組のメンバーに加わることになったのだ。
そんな小賦が大の苦手とした運動は大縄跳びだった。
どのタイミングで縄をくぐっていいかわからない。グルグル回転する縄を見つめていると、眼がまわってきて、しまいには気分が悪くなるのだった……。
調理実習のテーマは、エビフライと温野菜サラダ、オニオンスープを作ることだった。
「ちょっと手伝いなさいよ、オブ。トーテムポールみたいに突っ立ってんじゃないの」
と、長谷川 茉莉が手招きしてきた。
まだ十一歳なのに、底意地の悪い眼つきをしていた。すでに乳房が色っぽくふくらみ、下には黒いブラジャーをつけているうわさだ。
キャバクラ譲の母親をもつせいか、華やかさはあったが、早熟すぎて、場末のスナックママみたいにすれていた。
「段取りよくやんのよ。残り時間、あんましないんだしさ。たかがタルタルソース作るのに、深刻な顔してんじゃないの」
「ですよね。戦力不足は否めない」太った倉沢がおたまを持ったまま言った。クマのアップリケの入ったエプロン姿が似合わなかった。「揚げ物やらせてやろうよ、オブに。油はねるのイヤだし。この子を楯にしましょ」
「まったく、人間の楯にするには、『物体』がもってこいってわけね」と、沼田が言って、小賦の手首をつかんだ。色が黒くて活発だが、いまどきめずらしい子沢山の家庭の長女だった。小賦のような中流家庭で育ち、ぼんやりとした女の子が生理的に嫌いなのだろう。言葉の端々に、妬みが見えた。「ところであんた、陰でクラスの連中からなにって言われてるか知ってる? あんたのニックネーム」
「陰でって」
「オブジェのオブだってさ。……ぷぷッ。『物』だって。それでもって、飫肥のオブ。オビオブ」
「人をバオバブの木みたいにバカにして」
と、小賦はうつむいて言った。拳をかたくにぎりしめた。まさか、クラスのみんなにそんな陰口叩かれていたなんて……。
倉沢が口もとを隠して、
「自分の意思をもっていない『物』だなんて、悲しすぎる」
「みんなの顔色うかがって、流されるがまま生きてるから『物体』なのよ、わかる?」と、長谷川がそばにすり寄ってきて、耳もとで言った。「今日こそ挽回のチャンスじゃあない。あんた、ほかでグループ活動しても、ちっとも存在感ないでしょ。このグループ代表して、うまく揚げ物してみせなよ。店に出してもおかしくないようなエビフライ、バッチリ揚げたなら、みんなも認めてくれるかもしんないよ」
「ちゃんとキツネ色に、こんがりやるのよ。やりすぎても、足りなくてもダメ」
と、腕組みしたまま沼田が言った。
長谷川がエプロンの紐を結びなおしながら、
「ちゃんとタネぐらい、仕込んどいてあげるって。今日ばかりは補佐になってあげる。なもんで、あんた、エビフライ担当ね」
と言い、菜箸を押しつけてきた。
倉沢がサラダオイルを注いだフライ鍋をコンロにかけ、ガスを点火した。
「一八〇度にあがってからだよ。汝、ときがくるまで待つのじゃ!」
「キャハハハッ!」二人が同時に笑った。




