24.「その火傷の痕は、事故かなにか?」
小賦はぼんやり考えた。
なぜ裏野ドリームランドが小賦の前にだけ、砂漠のオアシスの幻影みたいに現れたのか。
なぜ千手観音のお告げとともに祐遍を遣わせたのか。
そもそも夢のなかの千手観音は、朝の通勤ラッシュ時の駅前で、道行く人々にチラシを配布していた。小賦とおなじく受け取った人だっていたはずだ。
なのに、なぜあたしだけ選ばれた……?
膝を抱え、顔下半分を腕にうずめた。
考えがまとまらない。
論理的思考はできず、音飛びするCDみたいにおなじところを堂々めぐりした。
◆◆◆◆◆
船内は井戸の底そのものだ。
底の水鏡に顔を映すと、波紋で誇張されたように祐遍が映る。
祐遍の両眼だけが異様に光っていた。
夜行性の動物のそれのように、おおげさに輝き、いまにもこちらに跳びかかってきそうだ。
狂気――そのとき、小賦はたしかに祐遍の狂気を見た。
まさか死を直前にして、理性を失っているのではないか。
と、同時にそれは小賦自身の狂える内面の虎でもあった。
とすれば、船内は井戸の底であり、すえた臭いを放つ巣穴でもある。
狂える手負いの虎とはなんの象徴か。
怒り――巣穴でひそみ、狂犬病で頭がおかしくなって狂気をこじらせ、たえず怒っているかのようだ。
◆◆◆◆◆
航海はなおも続いた。もうどれほどの夜をこえたかことか。
日中は穏やかな日差しが屋形をあたため、不完全とはいえ風をさえぎっているので、それほど苦痛ではない。
しかしながら、夜になれば一転した。
底冷えし――なにせ板子一枚下しか隔てていないのだ――、砂の城を土台からかき取るゲームのように、徐々に命をかすめ取っていった。
いくつもの夜をのりこえた。
くだらない、取るに足りない退屈な一日が、気のない様子で雑誌のページをめくるごとく、すぎていった。
昼間、うとうとしたせいで、昼夜逆転の身体となってしまい、なかなか寝付けないことがあった。
波に揺られてはしばらくのあいだ、まどろんだ。
が、姿勢が窮屈すぎるので、すぐに眼をさます。単調な時間をくり返した。
そんなとき、必ずと言っていいほど、闇の向こうの祐遍と眼が重なった。
渡海してはじめのころこそ、坐像みたいに結跏趺坐した恰好で堂々としていたが、ここ最近は祐遍も思いつめた表情で身体をくずし、膝を抱え、両腕に顔をうずめるスタイルが目立つようになった。
徳を積んだ祐遍をもってして、それほど苦行を強いられているのだ。
狭い船内で、二人は鏡に相対したような形で見つめあう。まるでテーマパークのミラーハウスのようだ。
祐遍はかたときも眠らなかった。
小賦と眼があっても、それを透過してはるか彼方を見つめているような、心ここにあらずのような眼つきをしていた。
祐遍もまた、命の炎が弱まりつつあるのか、ときおり読経するだけで、口を閉ざしがちになっていた。
「ねえ、祐タン。ひとつ聞いてもいい?」
小賦はまばたきもせず、ぼんやりした口調で言った。
祐遍は膝を抱いたまま、「遠慮なく」と言った。
「悪いとは思うんだ。けど、どうしても知りたくて」
「はっきり言いたまえ」
「いままで聞きそびれてきちゃったけど、あえて突っ込むね。――その火傷の痕は、事故かなにか? それとも誰かの嫌がらせで、熱い油でもひっかけられたとか。その顔、ひどいじゃない。はじめて見たとき、腰が抜けるかと思ったの。こんなこと聞いて、傷ついたらゴメンだけど」
「この赤面の由来か」
と、祐遍は自嘲的に笑うと、頬に触れた。




