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観音浄土をめざして~疑似体験ツアー【明鏡止水の気持ちになんて、なれやしないッ!】  作者: 尾妻 和宥


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24/40

24.「その火傷の痕は、事故かなにか?」

 小賦はぼんやり考えた。

 なぜ裏野ドリームランドが小賦の前にだけ、砂漠のオアシスの幻影みたいに現れたのか。

 なぜ千手観音のお告げとともに祐遍を遣わせたのか。

 そもそも夢のなかの千手観音は、朝の通勤ラッシュ時の駅前で、道行く人々にチラシを配布していた。小賦とおなじく受け取った人だっていたはずだ。


 なのに、なぜあたしだけ選ばれた……?

 膝を抱え、顔下半分を腕にうずめた。

 考えがまとまらない。

 論理的思考はできず、音飛びするCDみたいにおなじところを堂々めぐりした。


◆◆◆◆◆


 船内は井戸の底そのものだ。

 底の水鏡に顔を映すと、波紋で誇張されたように祐遍が映る。

 祐遍の両眼だけが異様に光っていた。

 夜行性の動物のそれのように、おおげさに輝き、いまにもこちらに跳びかかってきそうだ。


 狂気――そのとき、小賦はたしかに祐遍の狂気を見た。

 まさか死を直前にして、理性を失っているのではないか。

 と、同時にそれは小賦自身の狂える内面の虎でもあった。


 とすれば、船内は井戸の底であり、すえた臭いを放つ巣穴でもある。

 狂える手負いの虎とはなんの象徴か。

 怒り――巣穴でひそみ、狂犬病で頭がおかしくなって狂気をこじらせ、たえず怒っているかのようだ。


◆◆◆◆◆


 航海はなおも続いた。もうどれほどの夜をこえたかことか。

 日中は穏やかな日差しが屋形をあたため、不完全とはいえ風をさえぎっているので、それほど苦痛ではない。

 しかしながら、夜になれば一転した。

 底冷えし――なにせ板子一枚下しか隔てていないのだ――、砂の城を土台からかき取るゲームのように、徐々に命をかすめ取っていった。


 いくつもの夜をのりこえた。

 くだらない、取るに足りない退屈な一日が、気のない様子で雑誌のページをめくるごとく、すぎていった。

 昼間、うとうとしたせいで、昼夜逆転の身体となってしまい、なかなか寝付けないことがあった。

 波に揺られてはしばらくのあいだ、まどろんだ。

 が、姿勢が窮屈すぎるので、すぐに眼をさます。単調な時間をくり返した。


 そんなとき、必ずと言っていいほど、闇の向こうの祐遍と眼が重なった。

 渡海してはじめのころこそ、坐像みたいに結跏趺坐けっかふざした恰好で堂々としていたが、ここ最近は祐遍も思いつめた表情で身体をくずし、膝を抱え、両腕に顔をうずめるスタイルが目立つようになった。


 徳を積んだ祐遍をもってして、それほど苦行を強いられているのだ。

 狭い船内で、二人は鏡に相対したような形で見つめあう。まるでテーマパークのミラーハウスのようだ。


 祐遍はかたときも眠らなかった。

 小賦と眼があっても、それを透過してはるか彼方を見つめているような、心ここにあらずのような眼つきをしていた。

 祐遍もまた、命の炎が弱まりつつあるのか、ときおり読経するだけで、口を閉ざしがちになっていた。


「ねえ、祐タン。ひとつ聞いてもいい?」


 小賦はまばたきもせず、ぼんやりした口調で言った。

 

 祐遍は膝を抱いたまま、「遠慮なく」と言った。


「悪いとは思うんだ。けど、どうしても知りたくて」


「はっきり言いたまえ」


「いままで聞きそびれてきちゃったけど、あえて突っ込むね。――その火傷の痕は、事故かなにか? それとも誰かの嫌がらせで、熱い油でもひっかけられたとか。その顔、ひどいじゃない。はじめて見たとき、腰が抜けるかと思ったの。こんなこと聞いて、傷ついたらゴメンだけど」


「この赤面あかづらの由来か」


 と、祐遍は自嘲的に笑うと、頬に触れた。

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