19.「おえ、なにこれ。ジュウシマツの餌じゃないの?」
やがて夜がきた。
木板のすき間からは、いっさいの光が入り込まなくなった。
波はベタ凪に近く、ほぼ無風となってしまった。
おそらく帆も風をとらえることなく、船はその場にとどまっているだけだろう。どれほど沖へ流されたのだろうか……。
「今夜は栄えある初日だ。はやめに灯りをつけてやろう」
と、祐遍は言って、壷からくんだ菜種油を灯明皿に注いだ。なれた仕草で火打石と火打鎌を打ちつけ、灯心に火をつけた。
ぼんやりと船内が明るくなった。
祐遍の火傷を負った顔がすぐそこにあったが、眼は穏やかだった。
二人はすでに笠をぬいでいた。壁はすき間だらけなので、換気は充分のはずだ。
「オブどのが補陀落渡海について、どれほど理解しているか怪しいしな。今夜は補足の講義といこう」
「その前におなかすいちゃった。腹ごしらえさせてってば」
祐遍は自身の額をペシリと叩いた。
「私としたことが、気づかず申しわけない。それもそうだな」
かたわらの素焼きの甕に茶碗ごと突っ込み、ザラザラと音をさせながら、なにかをすくい取った。
大麦、小麦、稲穀、小豆、胡麻、黍、稗などを潰してブレンドしたものだった。ろくに加工すらしていない。
小賦は口に放り込んで噛んでみた。もうなんでもござれの心境だった。
ひと口食べてみて、すぐに顔をしかめた。
「……おえ、なにこれ。ジュウシマツの餌じゃないの?」
「遠からず死ぬのだ」と、残酷なひと言を放った。「食べたところで、ほんの数日生をつなげるだけだ。たいていの渡海上人は手をつけなかっただろう。食べることは、いまだ生に未練があるということ……」
「せっかくだから、あたしはいただいておきますよ。どうせ死ぬのは回避できなくても、飢え死にだけは願い下げ。いっそのこと、波の船ごと飲み込まれ、転覆する方がいい。それも眠ってる最中、ひと思いに」
「育ち盛りだからな。食べずにはいられないか」
「祐タンも食べれば? 死ぬにせよ、これからレクチャーしてくれるんでしょ。しゃべるのもおなかがすくもんよ」
「私はけっこうだ。オブどのだけが召しあがるがよい」
そう言った祐遍の身体はやせ細り、顔も日干しにされたヤモリみたいに骨と皮だけとなっていた。灯明の光と影のなかでは、やけにグロテスクなほど浮き彫りになった。
願成就寺の書院にて、重翁和尚と祐遍の会話を聞いた小賦だったが、補陀落渡海に関してはいまだ理解しかねる部分が多かった。
ただ、ざっくりと理解を示していた。
祐遍がふしぎな観音の夢のお告げをうけて以来、船に乗って観音浄土へ出かけ、そこに到達することで祐遍自身が仏の一員となり、永遠の命を約束されること。
もしくは民衆の苦しみ、悩み、罪を一身に背負ったまま往生することで解消、浄化させることができるのは、なんとなく飲み込めた。
とはいえ、観音さまの住まう世界など、どれだけ海原をつき進み、南方の彼方をめざしたところで、たどり着くことは物理的・現実的にはありえまい。しょせん頭のなかのファンタジーにすぎないではないか。確率論の観点から見ても、どこかの島にたどり着くのも奇蹟に等しい。黒潮に乗れば、伊豆七島の方角に流される可能性もあるだろうが……。
これが宗教というものだ。
宗教は眼には見えないものをあがめている。いくらお調子者で、夢見がちな小賦をもってさえ、むちゃくちゃな発想だと思ってしまう。
世相が乱れて閉塞感がたちこめてしまうと、なんとなく僧侶にそれを期待してしまう市民も市民だった。
あやまった死生観・宗教観が、まさか七〇〇から八〇〇年の長きにわたって続けられてきたなんて、悪習以外のなにものでもあるまい。
現代の価値観からすれば、信じられない考えだ。補陀落渡海はまちがいなく自殺幇助罪であり、現代で行われたぐらいなら、報道番組で槍玉にあげられるにちがいない、と小賦は思った。
ましてや日本独自の発想だと世界に知られたくらいなら、日本人はこうも野蛮なのかと糾弾されかねないだろう。カルト教団のレッテルを貼られてしまっても致し方ない。




