18.「どうか仏さまのご慈悲がありますように」
船の外では、飫肥の人々みんなが涙していた。
合掌し口々に、祐遍和尚、もしくは愛称をこめて赤面法印と連呼した。
惜別の涙に送られて、ついに出帆した。
先行する二隻の曳航船が綱につないだ渡海船を引っ張っていく。
『南無阿弥陀仏』と書かれた帆が風を集め、ふくらんだ。
文献を紐解けば、歴代の渡海僧には、つき従う形で何人かの『同行人』がともに船出したと言われている。
同行人とは、渡海僧の徳に感銘をうたれ、結縁(仏道に帰依すること)を交わした、どこの寺社にも属さないプライベートな集団だった。
本来ならば曳航船には、この同行者が乗り込んだとされている。屋形船に閉じ込められるのは渡海僧ひとりだった。
諸説があるが、渡海僧といっしょに入水したのか、もしくは海に出てから渡海船と別れて帰還したかという点では、史料が少なく不明な部分がある。しかしながら大抵は、僧とともに入水したのであろう。
僧侶たちの読経にあわせて、人々が不器用に唱和していた。
鉦を鳴らせや、茶碗を叩けやら、女たちのラブコールまでが加わり、騒然たる大合唱であった。
重翁和尚は滂沱と涙をしたたらせ、声高らかに経文を口ずさんでいた。
酒谷川に並行して子供たちが追いかけた。これからなにが起きるのか、知らされていないのだろう。無邪気に先を競って船とならんで走り、歓声をあげた。
川をくだるにつれ、船足はしだいに速くなり、河口付近にさしかかると、誰も追ってこられなくなった。
「海に出ます!」と、二人が乗った船の外で声があがった。先を行く曳航船からだろう。
夕方になったにちがいない。
小賦たちをかぶせている箱は木板で雑に組み合わせているだけなので、すき間だらけだった。
それに木の節を、グリグリと指で押せばくり抜くことができた。それらの空隙から緋色の光が差し込み、船内は奇妙な格子状の縞模様となっていた。
板子一枚下で、波のうねりを感じた。
が、穏やかなそれだった。この程度ならなんてことはない。
小賦は外の様子をうかがった。
先行する二隻の船に引っ張られ、渡海船が白波を真っ二つに割っていた。
身体をひねり、船尾側の壁のすき間から岸を見た。
あれよと言う間に河口から遠ざかり、はじめは鮮明に見えていたのに、そのうち陸がぼやけていった。
しばらく沖へ引っ張られていくと、またぞろ声が聞こえた。
「祐遍上人、これより、綱を切りますぞ!」
船首に背中を向けていた祐遍が、それに答えるべく首だけひねり、
「お願いします!」と、叫んだ。
曳航船によって牽引されていた抵抗がとだえた。二隻の船は、同時に綱を草刈り鎌で引き切ったのだ。
渡海船の外では、曳航船が大きく旋回している最中だった。
そして岸へとって返すまえに、渡海船に寄り、
「ここでお別れです。どうか仏さまのご慈悲がありますように!」
と、叫んできた。
祐遍は、ひとこと礼を言っただけだった。
それきり、二隻の曳航船は帰っていった。
◆◆◆◆◆
波の音だけが聞こえた。
風をはらんだ帆がひらめく音がし、沖へゆっくり流されていくのが体感できる。
ここから先は帆だけしか推進力がない。漂流するがままとなる。
「さて、いよいよ、私たちだけと相なった。ともにまいろう、観音浄土へ。補陀落浄土へと言ってもかまわん。どちらでもよろしい」
「観音浄土クルーズの導入部にしては長すぎるんじゃないの。あたしはてっきり、船に乗ったエンターテインメントの部分からはじまると思ってたのに」
「渡海を決意する直前のできごとも知ってほしかったのだ。そのときの喜び、狼狽、焦り、苦悩、恐怖などを。感興を呼び起こさせることも大事ではないか。――なに、これからは当アトラクションの真骨頂。それらしくまいろう」
はじめて間近で見る祐遍は、寝室や経石を書いていたときとくらべ、げっそりとやつれて見えた。ただごとじゃない痩せ方だった。とても炭水化物ダイエットによる成果ではない。




