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観音浄土をめざして~疑似体験ツアー【明鏡止水の気持ちになんて、なれやしないッ!】  作者: 尾妻 和宥


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17.救世にして、殯の船に乗り込む。そして出帆

 入り母屋型の屋根が特徴的な渡海船がすぐそばに見えた。

 小賦がジェットコースター乗り場で乗り込んだ不気味な船と同型でありながら、こちらの方が二人用として作られているせいか、いくぶん大きかった。

 帆はまるで千手観音菩薩の、扇さながらに広げられた無数の手を表現したかのようだ。

 しかしながら『南無阿弥陀仏』という黒い文字が書かれているのは異様すぎて、なじめない。


「おお、これぞ救世ぐぜの船。よくぞ智定坊とおなじものを再現してくださった。大工職人のみなさんには重ねて礼を言う」


 祐遍はめずらしく感激した口調で言った。


「グゼ?」


 小賦が眼を細めて言った。


「観音菩薩は、迷いの世界、つまり此岸しがんから悟りの世界、すなわち彼岸ひがんへ船を渡すという意味だ」


「よくわかんない。それより、なんでこの船って、四つの鳥居が取り付けられてるの?」


「それは葬墓習俗における忌垣いがきを模しておる。四つの鳥居は、もがりの『四門しもん』を表すという」


「出ました、モガリ」




 殯とは、一般に葬墓の民俗において、喪屋もやと呼ばれる墓上施設のことを指す。

 また四門というのも、密教曼荼羅でいう東西南北を意味し、それぞれ発心門ほっしんもん修行門しゅぎょうもん菩提門ぼだいもん涅槃門ねはんもんの呼称である。

 さらに船のふちを取り巻く卒塔婆の忌垣も、葬墓習俗に見られる『四十九院』であるとされている。

 このように補陀落をめざす渡海船の構造は、墓の形態をとっているということになる。すなわち船は入定室であり、船内に乗り込むことは入定するも同義ということになろう。


 川べりで祐遍は笠をとった。

 飫肥おびの城下町では別名、赤面法印と認知されているだけに、その顔を眼にしたところで、誰も驚かなかった。


 とたんに大勢の人々のざわめきがおさまり、読経を唱えていた僧侶たちの声もやんだ。

 祐遍は七人の僧侶をそばに呼び寄せた。


「いまから遺言を伝える。心して聞け。――私がこれから出かけ、浄土へ無事たどり着いたあかつきには、新山に白煙を立ててみせる。そこを我が墓とするがよい」


「しっかと聞きましたぞ。必ずや白煙をあげてください」


 と、重翁和尚が言った。あとの六人は祐遍の弟子たちらしい。七人みんなが涙をこぼしていた。

 祐遍は民衆に向きなおった。


「いよいよお別れです、みなさん。短いあいだでしたが、町で暮らした思い出は数多く、とてもひと言では言い表せません。これより私は観音浄土へまいります。ですが、私ひとりで向かうのではありません。この同行者どうぎょうしゃであるオブどのと、そしてみなさんの思いも道づれに旅立ちます。どうか、お元気で。いつの日か、ふたたび会えることを期待して……。これより出帆しゅっぱん!」


 祐遍はロッカーのMCみたいに言ってから、かたわらの小賦を見た。

 なにかひと言コメントせよ、とアイコンタクトをよこしてきた。

 仕方なしに小賦は覚悟を決め、


「みなさんのあったかい声援、ありがとう! やけにリアルでヴァーチャルな世界で、貴重な体験させてもらってます。そんなわけで、これから出かけます。その……補陀落渡海に。まあボチボチ行けたらいいなって思ってます。みなさんも健康に気をつけて。――そこの子、いつまでもフリチンで騒がない」


 と、適当なことをまくし立てた。

 群衆の一団がその口上を聞くと、おおッ!と、またもや大きなどよめきが起きた。素っ裸の少年が股間を隠して舌を出した。


 そこからたいへんだった。

 別れは哀憐を極めた。

 涙、涙、涙のお別れ。


 祐遍は手をあわせると背中を見せた。そばで待機していた大工職人に、これから船に乗り込むことを伝えた。

 職人たちは戸板を持ってきて、担架みたいに祐遍和尚を座らせた。

 二人の男たちでそれをさげ、川のなかの渡海船に運んだ。

 続いて小賦もおなじように運ばれた。おかげで足を濡らさずにすんだ。


 船首で祐遍と小賦は手をふって人々にこたえた。

 ふたたび重翁和尚たちによる鉦の連打と、読経がはじまった。

 五人の大工が渡海船に乗り込んできた。

 屋形の箱はまだ固定されておらず、男たちが持ちあげていったんどけた。

 祐遍はしゃがんで所定の位置に座った。そばで突っ立つ小賦に手招きした。


「オブどのも入られよ」


「おたがい閉所恐怖症じゃなくてよかったね。子供のころ、ドラえもんみたいに押入れで寝たことあるから、平気」と、言って入り、船首側に対し、背を向けた祐遍と相対する形で体育座りをした。「祐タンといっしょなら、ま、それほど怖くない。どうせヴァーチャル・リアリティーだし」


「そう申されれば助かる。ここで拒まれたら、どう説得しようかと心配した」


「よかったね」


「これより釘で封印される。日の光を拝むのも今日かぎりで終わりだ。覚悟したまえ」


「このまま進まないことには、現実世界に戻れないんだし。なるようにしかならない」


「前向きでよろしい」


 二人の会話を割る形で職人が声をかけてきた。


「食料と水甕みずがめを運んできました。窮屈になるでしょうが、お収めください」


 と言って、次々に品物が積み込まれた。


「それでは閉めます。お達者で」


 と、棟梁とうりょうらしき壮年の男が言うと、箱がゆっくり傾けられ、二人を覆ってしまった。

 そして暗闇――。

 ほどなくして棟梁の合図とともに、テンポよく釘を打ちつける音がいっせいに聞こえた。

 情け容赦ない叩き方だった。このぶんだと、ちょっとやそっとじゃ箱がはずれたりはしまい。

 闇のなかで、小賦は思わず祐遍の手をとった。

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