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13.美声に酔いしれる娘たち

 正座してその様子を見ていた小賦が、ちょっと眼をそらした。

 ふたたび祐遍和尚を見ようと前方を向いた。

 と思ったら、またしても場面が切り替わっていた。

 お次は、どこか寺のお堂のなかだった。

 日南市今町の春日山願成就寺の金堂内である。いくら地元とはいえ、両親とも熱心な信者でもなかったし、いまだかつて寺のなかに入ったことがなかったので知る由もない。


 本尊である波切不動明王座像の前で、祐遍がこちらに背中を向けて勤行ごんぎょうに励んでいた。

 蝉時雨せみしぐれが、祐遍の読経に負けじと堂内を満たしている。

 それにしても祐遍の唇から発せられる美声よ。

 小賦は、憤怒の形相をして牙を露出させた不動明王座像と、祐遍の赤くただれた坊主頭を見つめた。

 背筋がしゃんとし、緑色の袈裟姿けさすがたが凛々しい。


 熱のこもった読経である。

 声は低音ながら滑舌がいいため聞き取りやすい。しかも驚くほど音域が広い。高音を出すと、声質そのものがしっかりしているので、ぶざまに裏返ったりはしない。

 祐遍による般若心経は惹きこまれるほど音楽的で、ビブラートがかかる部分は癒しの効果さえあった。これで歌をうたったら、さぞかし人気が出るにちがいない。


 と、そのときであった。

 右側の格子のついた窓辺に気配があった。

 向こうは藪だ。がさがさ音を立てている。


 小賦はそちらを見た。

 三人の娘たちが格子に手をかけて立っていた。

 どの顔も熱っぽく染まり、うっとりした様子で、祐遍の般若心経に聞き入っている。

 小賦は直感がはたらいた。祐遍のファンだと。なるほど、わからないでもない。


 そのうち、一人の娘が懐から白いものを取り出すのが見えた。

 格子窓から手を突き出し、お堂のなかに投げ込んだ。

 白い紙片をひねったものだ。お金でも包んだものだろうか?

 祐遍はおつとめに一心不乱となっている。それともあえて無視しているのだろうか、気づいた様子はない。

 他の二人の女もおひねりを投げ入れた。

 そして口々に、「あとで読んでくださいまし」と、小声で言った。


 どうやらラブレターらしい。

 小賦はあきれてものも言えない。祐遍和尚はあんなルックスだが、そうとう女性にモテるようだ。

 この場面を見せつけられているのは、どういうメカニズムかわからない。

 この時代は現在よりはるか過去にさかのぼった昔の再現映像らしい。祐遍の袈裟姿からは推察できないが、娘たちの恰好が時代錯誤なほど古臭すぎた。


 ザ・着物だった。江戸時代ぐらいの設定なのだろうか。

 いずれにせよ、観音浄土クルーズに乗りこむ際、さんざん念を押されたヴァーチャル・リアリティーによる映像なのだろう。

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