橘根、持論を展開する
キャラクターの読み方「橘根=きつね」「後閑=こうもり」です。
橘根は部屋から道具をとってきた。
茶碗と野点用の茶筅。
「……後閑、この抹茶もらってもいいかな?」
「いい、まずい、いらない!」
きっぱりと言われる。
橘根は茶碗を秤に載せる。
茶道をやっている人なら、茶さじを使うところだが、橘根は習っていない。
ただ単に、後閑と同じ理由で飲んだ。それ以外にそこに行きつく理由もあったのだが、ひとまず暴露は保留。
おおよそ2グラム。
もっと多くていいと聞いたこともあるが、野点用で素人が点られる量じゃなくなってしまう。
軽量カップを手にするとお湯をポットから六十CC出した。
「あ、忘れた」
茶筅を浸し、それから、一度湯を盥に捨てる。
もう一回気を取り直して、六十CCお湯を出す。
それで、抹茶を点て始めた。
「ちょ、何! 橘根って『ちゃどう』していたの!」
「それわざと言ってる?」
「え? 『ちゃどう』でしょ?」
橘根は二十回くらいせっせと混ぜる。
野点用、小さいから意外とめんどい。器が合わないと結構しんどい。
とはいえ、通常の茶筅だって、器によっては同じかと橘根は想像した。
「さどう、と読むよ?」
「う、し、知っていたわよ」
「まあ、字を書くときに『ちゃどう』とはいうと思うけど」
橘根は点て終わったと判断し、飲んだ。
「あー、やっぱり苦いなぁ」
遠い目をしている。
有機農法の抹茶、一度通った道。
橘根も体によさそうと有機農法抹茶買った。
有機農法、いろいろよさそうだけど、農作物が頑張りすぎて毒素を大量に作るという話もあるそうだ。
自分で頑張らないと、虫が来る、ということで。
有機は良いが、やり方である、と橘根は考えている。たぶん、栽培方法によって非常においしい……いや、橘根や後閑好みの抹茶も取れるのかもしれないのだ。
エコ好きだから有機は推奨。
しかし、橘根も生き物、美味しいもの好き、苦いの駄目。
「でしょ? 捨てる」
「捨てなくていい。これはこれで使い道あるから」
橘根は後閑をなだめ、冷蔵庫にしまった。
器と茶筅をゆすぎ、冷蔵庫から【橘根、嗜好品】の缶を取り出す。
共同生活の線引き。この中のものを無断で使えば、けんか必須。窃盗となる。
「これなら後閑も飲めるでしょ」
「――というか、茶道しているの?」
橘根は答えるのを忘れていた。
「してない」
「なんで! 抹茶!」
「私は抹茶党に所属しているよ?」
「黄な粉党にも入っているよね」
「砂糖党」
後閑はため息をつく。
「まあなんでもいいから入れてよ。おいしければまた頼む」
橘根はくすくす笑う。
「ちなみにお茶は淹れる、抹茶は点てるというのよ?」
「なんで」
「……なんでだっけ」
「……橘根は意外と忘却率高い」
それがなかったら、きっと橘根は超一流の雑学博士であらゆるところで役に立っているに違いない。
後閑はそう考える。
しばらくするとふわっと穏やかな茶の香りが広がり、後閑はワクワクしてきたのが橘根からも分かった。
「どうぞ」
橘根がテーブルに置いた。
「回す?」
「なくてもいい」
「せっかくなので」
「といっても、ただの茶碗」
後閑が中を見ると「食べすぎ注意・腹八分目・少な目」という謎の線もある。たぶん、ご飯の量を調整するんだろうなと思いつつ。
「でも、お湯、適当に入れるとき役に立つよ。大体、少な目の線のところだから」
橘根は笑う。
後閑は「器は器だしいいよ」と飲む。
「あ、苦くない」
一口飲んで目をぱちぱちする。
「空気をまぜることで苦みが取れるとか聞いたこともあるけど、結局、抹茶もともとの素材による」
「じゃあ、これ高い?」
「十グラム、五百円だったかな」
「高いっ! なら、高ければ高いほど?」
「とは限らないんじゃないかな?」
「え?」
後閑は「どうして?」と目が語る。
橘根は適当に語る。カタログやお茶屋の店員に聞いた話もまぜつつ。
「パンフレット見ているとね、値段が高いと濃茶に合うものってこともあるの」
「濃茶?」
橘根もよくわかっていない。本で読んでいるだけなのだから。
「今飲んだのが薄茶」
「じゃ、もっと濃い?」
「うん、らしい」
「らしいぃ?」
疑いの眼で問われ、橘根が口をとがらせる。
「茶道していなし、飲んだことないし、本当に見たことがないから仕方がないでしょ」
後閑は先を促す、刺激しないように。
「濃い茶だと練る感じらしいよ」
「うー」
「らしい」の連発になるらしいというのは後閑も理解したようだ。
「薄茶だけに話を戻していい?」
「いい」
「でね、店員さんいわく、値段安いほうが苦みが増えるって」
「じゃ、グラム、ン万だと?」
「甘味もあって濃い可能性はあるんじゃない?」
橘根は本当に推測で語った。濃茶用の茶の話から・
「大体、店で売っているのは高くて二十グラムで二千円か四千円くらいよ?」
「うわ」
「店員じゃないからわからないけど、茶道の練習する人なら『量』がいる。そんなに高いの毎回変えない」
「あー」
後閑がうめく。
「それに、パンフレットによっては『何とか流好み』とか記載がある」
「あー、結局好み?」
「苦いのもね」
「えー」
後閑は非常に不満げな声をあげる。
しかし、抹茶のランクについては納得した様子だ。
「ならさ、橘根はどの程度の買ってるの? 茶道していないってことは自分用でしょ」
橘根は首をかしげる。脳内で計算しているだけだ。
「初めて買うお茶屋だと十グラム五百円を目安にする」
「高い」
「仕方がない、買って飲めないともっと高い買い物だよ?」
後閑は冷蔵庫を見つめる。
自分が買った抹茶を思い出している。
「そのあと、その茶屋で種類があれば、ちょっとずつ値段を落とす」
「やっぱり高いほうには動かない」
「懐との相談。興味はあるよ?」
橘根と後閑は笑う。
「じゃ、さ。橘根が飲む安いのはどのくらいの?」
「そのまま飲むようなら、十グラム……三百円かな、消費税抜き」
「うーん」
結構安くなってはいる。パンフレットを見れば、もっと安いのはある。
「開けたらすぐにやっぱり飲んだ方がいいし、本当なら、固まるから振ってからがいいそうだよ?」
「へええ」
「夏だと私、飲まなくなけど、水で点ててもいける」
「へええ、良いんだ?」
このとき、橘根はいうか悩み、ちょっと間があく。
「お茶屋さんが言うにはね」
橘根は口をへの字にした。
「ん? 何か含みがあるなあ」
後閑は「聞きたい」という。
「あと、手軽に抹茶をということで、振ると飲めるっていう道具を作ってもいるメーカーさんもあるの。お中元シーズンになるとあるよ、セット」
後閑が手のひらを上にして差し出す。
橘根は「えええ」と不満そうな声をあげた。
「茶葉の売り上げが落ちているから……人口減もあるし、ペットボトルで飲む人が増えたというのもあるし、いろいろ飲み物ある。だから、お茶屋さんはあれこれ考えるんだよ」
「企業努力」
後閑はうなずく。
「そう、企業努力。私はすごいいいことだと思うけど、作法中心の人は『そんなレベルさげるようなことするな、文化が消える』みたいなことを言ったそうよ」
「馬鹿じゃん」
後閑、バッサリと切り捨てるように言う。
橘根もそこまで言わなかったけど、店員さんに「え? そんなこと言う人いるんですか」とか言ってしまった。
店員さん、よほど腹に来ていたのかもしれないと橘根はは思った。あまり客相手に言いにくいことだ。
これ以外でも橘根、あちこちで実はポロリ発言を頂いている、茶屋だけでなく鞄屋などでも。
実は聞き上手というか、緩ませるのか?
「茶道以前に茶を飲む習慣を文化として、趣味として残したいと思っているのがお茶屋さんかなってわたしは思ったよ。生き残りたいわけ、当たり前よね」
橘根はまじめな顔で言う。
「そりゃさ、文化だから茶道の作法も重要だと思うよ、あたしだって。でもさ、お茶屋つぶれたら、抹茶買えないんだよね?」
後閑は当然のことじゃんとばっさりいう。
「水で点てて飲もうが、振って飲もうが、抹茶。それで興味を持って茶道やってみたーい、とかいう人も出てくるかもしれないよね、一日でやめるかもしれないけど!」
後閑、一回初めてやめたのか、と橘根は言葉を飲み込む。
そのくせ、泡だて器か……見学で終わったのだろうか?
次々に湧く疑問は飲み込んでいく。
「私が読むようなお茶の本だと、手軽に飲んでって感じ」
「というか、なんでお茶碗」
後閑がようやく聞きたいことを口にした。
橘根の目は遠くを見つめた。あの頃の思い出を見つめるように。
「最初はね、お茶屋さんで買った、抹茶入門セットだったの」
「ざ・企業努力の一端にからめとられた人」
後閑が手をたたいて笑った。
橘根は本当のことだし、それがあるからはじめられたということで何も言わない。むしろ感謝したい。
「それは茶さじ、野点用の茶筅、茶碗、抹茶がセットだったわけ」
「茶さじ使ってないね」
「面倒で。スプーンでいいやって」
橘根は目をそらした。
たぶん、抹茶を水で点てるや振る抹茶を否定した人でなくとも「ええっ!?」というかもしれない。味変るとかなんとかあるかもしれない……手軽に飲みたいのだ、橘根は。だから許してください。
「茶碗はこれじゃないよね」
「うん、割れた」
「……そっか、割れたんだ」
「鳥獣戯画ので結構好きだったんだけどね」
橘根はため息が出る。ヒビは結構前からあって、気づいたら、パーン真っ二つだったとのこと。
「金とか銀で継ぐのなかったっけ」
「私の性格上無理、一か月以上かかること」
橘根は多趣味。
しかし、待ち時間が長い作業は気が短くて実はできない。
なお、後閑は意外とせっかちに見えて、実はじっくり派でもある。
「で、なんで、茶碗……というか飯腕?」
これが本題。
「いいのがなかったの。ちょうどいい大きさだったから、野点用の茶筅に対して」
「……売ってなかったの、その、野点用の茶碗って」
後閑の指摘に、橘根はにこにこしている。
売っていたんだと理解した、後閑。
「買わなかった理由聞いていいかな?」
「マグカップでも点てられる」
真顔なのでやったことあるんだろうな、と後閑は考える。
「柄が、あと一息だったんだ、野点用茶碗」
「あと一息……我慢すれば」
「ポイントつかないし」
後閑は生暖かい視線を橘根に送っている。
ポイントカード……デパート等で買い物すると一定額点数がつき、お金代わりにできる代物。
購入金額に対して一パーセントから、千円以上で一定額がたまるところまで。
一定ポイントで一定額割り引くものもあれば、一ポイント一円でいつでも割り引くものまで。
つまり、橘根が見たのは「千円以上で何パーセントかつく」ところで、完全にデザインが気に入るわけではなく、ポイントもたまらないから却下となったらしい。
「それにね、別のデパートでね、いいのあったら買っちゃってもいいかなぁって思ったんだ」
「うん」
「なくてさ、普通のサイズしか」
「普通のサイズと野点って、違いは何?」
後閑が至極当然の質問をした。
「ぶっちゃけと丁寧な答えどっちがいい?」
「理解できれば」
「普通のは屋内で点てるから普通サイズ。野点は普通サイズより小さく、ピクニックでやる」
丁寧ではないが、雰囲気は伝わった。
「あー、外出でやるから小さいほうがいいんだ?」
「そういうこと。茶筅も安い」
橘根の出会いは野点用だったとはいえ、懐具合も絡む、庶民の楽しみ。
お茶屋さんに悪いが、本当に嗜好品。だから、お茶屋さんも頑張って販路拡大したいのだと理解する。頑張れと応援しつつ、横目で紅茶を買ったりする。
珈琲だってそうだけど、飲まなくても生きていける。
飲むと楽しいこともある、程度。
あ、健康にもいい……ことある。
「で、気に入らないなら、茶碗でもサイズはいいなって。でもさ、浅いタイプだと飛び散るからね……」
橘根が茶を点てるのに使っている茶碗は深いタイプだ。
「楽しめばいいってことで締めていいの?」
後閑が尋ねる。
「抹茶、楽しく飲もう!」
「すごい……それでいいんだ」
後閑はあきれつつも、ほっとした。
「でもなんで橘根始めたの?」
気になっていた点はこれもあったらしい。
「……松永久秀、調べていたら、なんとなく」
「はい?」
橘根はそれ以上何も語らなかった。後閑もそれ以上聞けなかった。




