【099不思議】銀世界より
朝早い逢魔ヶ刻高校の一年B組。
先生がSHRに現れる気配はまだ無く、クラス中に欠伸の音が響いている。
「ハカセー!」
クラスメイトの男子一人が、そう言って博士に近寄ってきた。
無駄に作った笑顔を浮かべる友人の心情を、博士は簡単に察していた。
「宿題見せてー!」
「断る」
「何でだよ!」
依然諦める気配の無い男子に、博士は仕方なく理由を並べる。
「何でって、当然だろうが! 自分でやってこそ初めて意味のある宿題だろ! 人に見せてもらうなんて言語道断!」
「んな事言ったって忘れたんだから仕方ねぇだろ!」
「潔く開き直るな!」
「なぁ頼むよ! 英語今日一限目なんだから!」
必死に懇願する男子に、博士だけでなく周囲のクラスメイトも呆れていた。
しかし博士は一箇所何かが引っかかる。
「……ん? 英語?」
彼は確かに、先程英語と口にした。
「おぅ、何かあったろ? 教科書の英文を翻訳しろとかそういう宿題」
「………」
「もっ、もしかしてハカセ……」
どう見ても様子のおかしい博士に、男子は普段なら考えられない可能性が浮かんだ。
「宿題忘れた?」
「……いやっ」
「うわぁ! ハカセが宿題忘れた!」
博士の答えをみなまで聞く前に、男子はそう大声を張り上げた。
その結果、事実は教室中に伝染する。
「えっ、ハカセが!?」
「宿題忘れた!?」
「んなバカな! 勉強厨のハカセに限ってそんな訳!」
「バカ待て! そんな宿題があるなんて聞いてねぇぞ!」
「昨日の英語の授業の最後で先生が言ってたろ!?」
男子にそう言われ、博士は昨日の授業についての内容を検索する。
「……あっ、そういえば昨日の英語の授業、ほとんどが先生の無駄話で聞かなくてもいいって思って問題集にシフトチェンジしたんだった」
「ガリ勉すぎて宿題聞いてなかったって事!?」
そう言われれば博士の宿題忘れにも納得いくが、それでもやはり衝撃には変わらなかった。
「しかしハカセが宿題忘れるなんて……」
「いや忘れてはねぇから!」
「こりゃ雪でも降るんじゃねぇか!?」
「どんな理屈だよ!」
「いや今日天気予報で雪降るって言ってたけど」
「降んのかよ!」
「あっ!」
朝から声を張りながら会話をしていると、誰かがそう声を上げた。
声を上げたクラスメイトの視線を追うと、その先には窓。
澄んだ空気の空からは、深々と白い雪が逢魔ヶ刻高校に降り注いでいた。
「雪だぁ!」
●○●○●○●
放課後、中庭。
「「「雪だぁ!」」」
多々羅と乃良、そして千尋は中庭に降り積もった雪を見て、耐え切れずに飛び込んだ。
傍には残りのオカ研部員の姿もあり、盛り上がる三人を優しく見守っている。
「いやぁ、しかしまさかこんなに積もるとはねぇ」
「てか何で俺ら中庭にいるんですか?」
膝下ぐらいまで積もった雪を眺め、部員達はそんな言葉を口にする。
博士の何て事無い言葉には、雪に夢中になっていた多々羅が敏感に反応した。
「バカ野郎! そんなの雪が降ったからに決まってんだろ!」
「決まってるんですか」
博士への返答もそれくらいにして、多々羅達は遊びに興じる。
それぞれ手袋やマフラーを巻いており、雪で遊ぶ対策はバッチリとしてあるようだ。
それに比べ、博士は普通の防寒対策のみである。
「全く、今時雪でテンション上がる奴なんているんですね」
博士は堪らずに溜息を吐いた。
「えっ、テンション上がらない?」
そんな言葉が思わぬ方向から返ってきて、博士は目を向ける。
そこにはこちらに微笑みかける西園の姿。
「何だか雪を見ているといつもと違う世界に来た様な、そんな感じがしない?」
「いえ全く」
「そう? そう思えない方が不憫よ」
「はい?」
「じゃあ私も遊んでこよっと!」
西園はそんな言葉を残すと、雪に足を入れながら多々羅達のもとへ向かった。
「ここって精神年齢小学生しかいないんですかね」
「まっ、まぁでも確かに、子供の頃よりは雪にあんまり関心無くなったよね」
「別に子供の頃から好きじゃないですけど」
「でっ、でも雪ってロマンチックで! 幻想的って感じしない!?」
「雪のせいで交通機関に影響とか、人身事故もあるし、幻想的とか寧ろ不謹慎だと思うんですけど」
「………」
後輩のどうしても動かない見解に、堪らず斎藤は自分の意志を曲げた。
ふと博士は自分のすぐ横に目を向ける。
そこには腰を下ろして、積もった雪を眺めている花子の姿があった。
「ハカセ、雪だよ」
「あぁ」
「これって冷たいの?」
「そうだな。お前は冷たさとかは分かんねぇのか」
「うん」
花子は純粋無垢に真っ白な雪に、どこか見惚れている様だった。
その後、花子は視線を中庭の先に移す。
「……雪はああやって使うの?」
「よっしゃー! 雪だるま作ろうぜ!」
「いいねー! どっちの雪だるまが上手に作れるか勝負しようよ!」
「じゃあ私はかまくら作ろうかな」
「おい誰かシロップ持ってねぇか! 今からかき氷作るから!」
「別にそういう訳じゃないし、最後のに関しては俺もちょっと意味分かんねぇ」
楽しそうにはしゃぐ乃良達に、花子は目を奪われていた。
乃良がこちらの視線に気付いて、大きく手を振り出す。
「おーい! ハカセ達も一緒に遊ぼうぜ!」
「誰が遊ぶか!」
博士はそう台詞を吐き捨て、乃良からの勧誘を断る。
長く外にいるせいか防寒対策をしているのにも関わらず、末端が麻痺してきた。
博士は指先に白い息を吐き、生温かい熱を感じる。
このまま外に居ては体が凍ると、博士は一足先に部室に帰ろうとした。
その一瞬の隙である。
ドンッと、博士の横顔に衝撃が走る。
痛みに続いて冷たいという感覚が訪れ、自分からは見えないが耳元は真っ赤に染まっているだろう。
恐らく攻撃が行われたであろう方向へ目を向ける。
「なぁ、そんな事言わねぇで一緒に遊ぼうぜー? 楽しい楽しい戦争をよ」
雪玉を手の上で踊らせながら笑う乃良が見える。
それは堂々とした宣戦布告だった。
雪玉によってずれてしまった眼鏡を掛け直しながら、博士が向こう四人にがんを飛ばす。
「いいぜ、戦争だこの野郎」
「戦争って雪合戦の事?」
斎藤がそう注釈を入れるも、博士の真っ赤な耳にそれは届かない。
こうして中庭にて、オカ研部員達による戦争の火蓋が切って落とされた。
●○●○●○●
オカ研雪合戦、チーム分け。
多々羅チーム、多々羅・乃良・千尋・西園。
vs
斎藤チーム、斎藤・博士・花子・百舌。
●○●○●○●
ルールは至ってシンプル。
舞台は中庭全域、相手チームの雪玉が当たってしまったら、その時点でその人は失格、退場となる。
誰か一人でも最後まで残っていたチームが勝利である。
「……という事らしいです」
「ちゃんとルールとかあるんだね」
チームに分かれた中庭の影。
そこで斎藤チームは身を隠して、作戦会議をしていた。
「それにしても……、このチーム編成はちょっと無理があるんじゃない? 向こうには多々羅も加藤君もいるし……」
斎藤が弱気になる気持ちも重々解っていた。
敵チームには運動神経抜群の多々羅と乃良がいる。
文字通り人並み外れた身体能力の持ち主で、運動能力に乏しいメンツが揃ったこちらのチームと戦力が等しいとは到底思えない。
しかし博士は思ったより前向きだった。
「いいんですよ。俺はあいつら全員潰さないと気が済まない」
「ハカセ君、物騒だよ」
想像以上に好戦的な博士に、斎藤は苦笑いを浮かべる。
「でも……、じゃあ相手が攻めてきたところをカウンターで狙う?」
確かにこちらから攻めるには力不足な人員だ。
だとしたら雪玉による射撃を耐え、こちらに攻めてきたところを狙うのが一番効率の良い戦法だろう。
「それも一つの手だと思います」
博士もその作戦には賛成のようだ。
「……けど」
博士はそう言葉を漏らすと、提案ではなく明確な命令のように口にした。
「こっちから攻めます」
●○●○●○●
一方、多々羅チーム。
「向こうのチーム、どうやって攻めてくると思う?」
こちらも雪の影に隠れて作戦会議を進めていた。
「メンツ的に向こうから攻めてくるって事はねぇだろ。差し詰め俺達の攻撃を待ってのカウンター狙い……ってとこかな?」
「じゃあこっちも攻めるのやめる?」
「それじゃ本末転倒だろ。カウンターにだけ気を付けて攻めていけば」
「ちょっと待って!」
会議の途中で西園が声を荒げ、一同肩を弾かせる。
西園は驚きの表情で目を見開いており、三人も西園の見つめる視線の先に目を向けた。
そこにはこちらに向けて猪突猛進してくる斎藤の姿があった。
「ちょっ! 止めて! 誰か止めて!」
「「「「………」」」」
足を雪に取られながらも止まらないスピードで走ってくる斎藤。
その姿に一同は呆然としていた。
「……何あれ?」
「解んない」
「どうする?」
「まぁ取り敢えず……」
多々羅チームは短い言葉でそんな会話をすると、一斉に斎藤に向かって雪玉を投げつけた。
「ぼへぇ!」
雪玉は斎藤の顔や体にヒットしたにも関わらず、雪玉の攻撃は収まらない。
しかし斎藤が立ち止まる事は無かった。
「……ん?」
ふと乃良が、こちらに向かって突進する斎藤の違和感に気付いた。
「あっ! マジか! 後ろ!」
「えっ?」
乃良に言われて、多々羅も斎藤の背後に目を向ける。
するとそこには斎藤を盾にして、虎視眈々とこちらを狙う博士が近付いてきていた。
博士は間髪入れずに相手チームに雪玉を投げる。
その玉は特段優れたスピードでは無かったが、未だ奇策に囚われている乃良の体にぶつけるには十分だった。
「痛っ!」
乃良が思わず閉じてしまった目を開けた時には、もう博士の姿は無かった。
「……へへっ、やられちまった」
雪の中に姿をくらました博士に、乃良は自然と口元を歪ませていた。
●○●○●○●
「よし! 乃良をやっつけた!」
斎藤チームの秘密アジトの様になった雪の影で、博士は小さくガッツポーズをした。
「こっちも一人減ったけど、向こうの人外の一角を倒せたのはでかい。この調子で、相手チーム全員やっつけていきましょう!」
「うん」
チームを鼓舞する博士に、花子が小さく頷く。
今の博士には相手チームを倒す事しか頭に無いようだ。
「見てろよ……。全員ボコボコにして、俺に喧嘩売った事後悔させてやる!」
参謀・博士の才能が開花した瞬間である。
「……僕、先輩なんだけどなぁ……」
チームの中で最年長でありリーダーの筈の斎藤は、雪の布団に寝転がり、顔には涙が流れていた。
戦況は三対三。
オカ研部員による雪合戦の行方は、まだ誰も読めない。
いざ尋常に、雪合戦!
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
物語も冬に入った事ですし、何か冬に関する話で二話編成の回を書きたいなと思いまして。
何がいいだろうと考えて自然と思い浮かんだのが、雪合戦でした。
冬らしさもあって動きもあって、一石二鳥という事で早速書き始めた訳です。
しかしよくよく考えたらまだ十二月の上旬。
雪が積もる季節は、もうちょっと後ですよね……。
……まぁいっか! そういう年もある!ww
という事で、雪合戦の行く末は次回に続きます。
そして次回はいよいよ……。
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




