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【098不思議】アットホーム大脱出

 北から風がぴゅうっと吹いた。

 校舎を彷徨う生徒達はセーターを身に纏い始め、コンビニのホットコーナーが恋しくなった。

 つまりそれは、冬の到来の証拠である。

「さっむ」

 オカルト研究部員の乃良は、部室の中で一人そう呟いた。

 しかし隣の博士は同感ではない様子だ。

「別にまだそんな寒くねぇだろ」

「いいや寒い! 見ろ! 俺の猫耳センサーがピンと立ってんのがその証拠だ!」

「いつも立ってんだろ」

 猫耳を立てて力説する乃良だったが、生憎それは証拠として不十分だった。

 ただ顔色が悪そうなのは明白である。

 少し心配な気もしたが、閃いたとばかりに顔を明るくさせると、その心配は杞憂に終わった。

「そうだ! おしくらまんじゅうしよう!」

「はぁ?」

 突然の提案に博士は顔を歪ませる。

「何でだよ」

「寒くなったらおしくらまんじゅうすんのが古くからの伝統だろ! 体ぶつけまくって暖かくなろうぜ!」

「勝手にしろ。俺はやんねぇからな」

 そう突き飛ばすと、博士は途中だった問題集に目を戻した。

 乃良は挫けずに仲間集めを始める。

「タタラ! おしくらまんじゅうしようぜ!」

「おっ! 泣いたってしらねぇぞ!?」

「ちひろんも!」

「いやっ、流石に女子が男子と体を寄せ合うのはちょっと……」

「今更何言ってんの!?」

 急にしおらしくなった千尋に、乃良は失礼にも顔を顰める。

「別に今に始まった事じゃないでしょ!? 別にちひろんの事誰も気にしてないから一緒にやろ!」

「何て事言うんだ! 解った! 貴様押し潰して窒息死させてやる!」

 あっさりと口に乗せられた千尋は、そのまま臨戦態勢に入った。

 乃良達は早速押し合いを始める為の位置につく。

 三人の体の向く先、その中心には何故か勉学に励む博士の姿があった。

「よし! んじゃやるぞ!」

「何で俺囲ってんだよ!」

 乃良達は一斉に真ん中に向かって走り出す。

 勿論三人の体が密集する地点で博士も巻き込まれ、まるで洗濯機の中に入った様に揉みくちゃにされた。

「「「おしくらまんじゅう、押されて死ぬな!」」」

「殺す気じゃねぇか!」

 囲まれた博士はなかなか出られなかったが、何とか合間を縫って脱出を成功させる。

 気付けば息は上がっていた。

 博士は眉間に皺を寄せながら、全てを見ていた斎藤に愚痴を溢す。

「全く……、バカなんじゃないですかねあの人達……」

「ハハハッ……」

 同意も反論も出来ず、斎藤は空しく笑う。

 すると斎藤は思い出したように手を鳴らした。

「あっ、でも確かに寒くなってきたし、そろそろあれ出そうか」

「あれ?」

 肝心な部分の抜けた斎藤の言葉に、博士は首を傾げた。


●○●○●○●


 斎藤の言っていた『あれ』、それはこたつの事だった。

「「おー!」」

 畳スペースに設置されたこたつを目に、乃良と千尋は目を爛々と輝かせた。

 一方博士はまだ現実を受け止めようとしているようである。

「こたつなんてあったんですね……」

「うん、やっぱ冬は寒いからね」

「早く入りましょうよー!」

 一足先にこたつに身を埋めている乃良達に急かされ、他の部員達もこたつへと足を延ばしていく。

 たった一つのこたつに、八人が体を寄せ合った。

「あったかいぃ……」

 そのまま体でも溶けそうな勢いで、乃良が声を漏らした。

「やっぱこたつっていいですねぇ」

「幸せぇ」

「でもちょっと狭いですね」

「まぁ安いヤツだから、仕方ないよ」

 博士の言う通り、このこたつは正方形で、八人で使うには少し窮屈だった。

 現在北側に多々羅と千尋、東側に西園と百舌、南側に博士と花子、西側に斎藤と乃良が順番に座っている布陣である。

「じゃあ私は温かいお茶でも用意しようかな」

「わぁ! ありがとうございます!」

「あっ、僕も手伝うよ!」

 西園の手助けをしようと、いち早く斎藤が立ち上がろうとする。

 その時だった。

「……ん?」

 斎藤の足が何故かこたつから出てこなかった。

 どうしたのだろうと、もう一度強く足を出してみる。

「痛い痛い痛い痛い!」

「「「「「「「!?」」」」」」」

 千尋が急に悲鳴を上げ、一同はどうしたのかと視線を集めた。

「千尋ちゃんどうしたの?」

「いやっ、足が! ちょっと斎藤先輩でしょ! 何するんですか!」

「えっ!? 僕はただここから出ようと足を出そうとしただけなんだけど……」

 斎藤の供述に、一同の頭に嫌な考えが過る。

 一瞬だけ部室の中から音が消えた。

「アイタタタタタ!」

「「「「「「!?」」」」」」

 次に悲鳴を上げたのは多々羅で、また一同は肩を弾かせる。

「おい! 誰だ今足抜こうとしたの!」

 多々羅の鬼気迫る怒鳴り声に、そっと手を挙げたのは西園だった。

「はい」

「お前さっきの話聞いてなかったのかよ!」

 激しく怒る多々羅にも、西園は悪気も無いように口元を緩ませているばかりである。

「しかし、これでハッキリ解りましたね」

 博士がそっと呟いて、その事実を一同に報せる。

 それは全員が薄々感付いていた事だった。

 オカルト研究部を代表して、博士が眼鏡を光らせてその事実を口にする。

「このこたつの下……、恐らく俺達の足がぐちゃぐちゃになってて抜けられない状態です」

「カッコつけて言うな! これめちゃくちゃダサいぞ!?」

「まぁちっちゃいこたつだからねぇ……」

「どうするんですか!?」

 千尋がそうやって声を荒げるも、解決策なんて簡単には見出せない。

 すると突然多々羅が強行策を取る。

「こういう時は力技だ!」

「ちょっ、やめろって!」

「さぁ誰の足が引っかかる!? 叫べ! もがけ! 苦しめ!」

「ほんと最低だなこの人!」

 多々羅の歪んだ笑顔に、博士は先輩に躊躇なく暴言を吐く。

 しかし博士の暴言が鮮明に聞こえただけで、部室に悲鳴は轟かなかった。

「……あれ?」

 一向に叫び声が上がらずに、多々羅は力を止めぬまま声を漏らした。

「多々羅先輩引っかかってないですか?」

「いや確実に引っかかってるぞ。位置的に考えると……」

 多々羅は自分の足に神経を済ませて、その足の持ち主を考える。

 大体の予測がついて、多々羅はそちらに目を向けた。

 そこには必死で激痛を我慢している様子が見られる百舌の姿があった。

「お前かよ!」

 プルプルと体を震わせる百舌に、多々羅は声を荒げる。

「何で我慢してんだよ! こんな事で羞恥心とかいらないんだよ!」

 多々羅の暴論にも耳を貸さず、百舌は何事も無いように本を読んでいる。

 リアクションが望ましくない百舌に、多々羅も呆れて無理矢理足を引き抜くのをやめた。

「それでどうすんの!?」

 結局何も解決してない事に、千尋が声を上げる。

「このままじゃ私達、一生このまま暮らす事になりますよ!?」

「それはそれで楽しそうだね」

「ダメだよ西園さん!」

 千尋の突飛な想像に西園が同調してしまい、何とか斎藤がそれを止める。

 それでも千尋は本気で悩んでいるようで、その顔にはいつもみたいなふざけた色は見えない。

 何とか落ち着かせようと博士が口を開く。

「大丈夫だ。こういうのはパズルみたいに順番に抜けていったら何も問題は無い」

 博士はそう言うと、全体に向けて質問を投げる。

「このこたつに一番最後に入った人って誰ですか?」

「「「「「「「………」」」」」」」

 静寂。

 部室の中から一切の音が姿を消した。

 窓の外からも音は漏れず、冬独特の静けさが部室を覆っている様である。

 この静寂の答え、それは誰も解らないという事だった。

「何で誰も覚えてないんだよ!」

 静まり返った部室の中で、博士の机を叩く音が響き渡った。

「誰か一人くらい覚えてろよ! 何ですか!? ここにいる人って全員記憶力猿なんですか!?」

「いやハカセ君だって覚えてないじゃん!」

 敬意など捨て去って暴言を吐き散らす博士に、すかさず斎藤が指摘を入れる。

 希望を失ったように思えた博士だったが、ふと思い出して隣へ首を回す。

「そうだ花子! お前幽体化してこたつから抜け」

 そこにはぐっすり夢の中に眠る花子の姿があった。

「起きろおらぁ!」

「やめんか!」

 花子を強制的に起こそうとする博士に、千尋が声を飛ばして防ぐ。

「花子ちゃん寝てるでしょ!?」

「知るか! 今ここ抜けんのにこいつの力が必要なんだよ! ていうかこたつで寝んな!」

「関係無い! 何があろうと花子ちゃんの寝顔は私が守る!」

 どれだけ言い聞かせても、千尋が折れる事は無さそうだ。

 博士は花子を起こす事を仕方なく諦めるも、もう打つ手は見つからなかった。

「じゃあどうすんだよ! もう出る手段ねぇぞ!?」

「いや、何とかこたつに入った順番を思い出せば……」

「こうなったら無理矢理でしょ!」

「痛い痛い痛い! おい誰だ今足引っ張ったの!」

 この部室に最早治安なんてものは存在しない。

 無法地帯と化したこのこたつから脱出するまで、結局それから二十分程かかった。


●○●○●○●


 二十分後。

「ふーっ!」

 ようやく最後の一人が脱出し、晴れて全員が自由の身を獲得した。

「抜けれたー!」

「やったー!」

「自由だー!」

 長かった脱出劇に頭はとうにおかしくなってしまい、それぞれが変な気分で舞い踊っている。

 花子もようやく目が覚め、まだ眠いのか畳スペースに座っている。

「しかし喉乾きましたね」

「ほんとだね。元々はお茶飲む為に出ようとしたのに」

 博士の呟きに斎藤が優しくその微笑みかけた。

 するとそこで、舞い上がっていた頭にも現実が押し寄せてくる。

「うぅっ、やっぱ寒」

 体はこたつに慣れてしまい、先程と変わっていない筈だが一層寒く感じる。

 どれだけ肌を擦っても、体温が一向に上がる気配は無い。

 気付けば部員達は再びこたつの中に体を埋めていた。

「……ん?」

 そう、部員達全員。

「「「「「「「「!?」」」」」」」」

 無自覚だった。

 無自覚のうちにこたつの中に足を入れてしまい、無自覚のうちにまた難関不落の要塞が出来上がってしまった。

「ちょっ、今最後に入ったの誰!?」

「解んない!」

「今ほとんど同時だったぞ!?」

「うわぁもうまた最初っからかよ!」

 あんなに苦しい思いまでしてまた体を委ねてしまうとは、こたつとは冬の淫魔の様だ。

 二度目のこたつからの脱出劇は、花子が再び深い眠りについてしまい、苦戦の上一時間程かかった。

冬になりました。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


現実でも上着が恋しくなる季節になる中、作中では今回からいよいよ十二月に突入しました。

冬になったらやろう!と、ずっと意気込んでいたネタがあります。

それが今回のこたつネタです。


どこか実家の様な安心感のあるイメージの部室には、やはりこたつは必須だろうと。

こたつのネタといえば鉄板な感じになりましたが、それでも個人的にこの和やかな雰囲気は好きです。


この話のモデルとなったのは、実は高校時代の部室だったりします。

狭苦しい部室にこたつなんてのはありませんでしたが、ストーブの前で集まって一枚の毛布に何人かの足が群がっていました。

誰かが動かした足が誰かの足にぶつかり、

「ねぇ今動いたの誰!?」

と叫ぶあたり、今回のオカ研メンバーと全く同じでちょっと懐かしく感じましたww


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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