【097不思議】Happy Birthday
本日も全ての授業が終了し、オカルト研究部部室に部員達が集結していた。
部室からは高らかな笑い声が聞こえてくる。
「いやーご苦労ご苦労! 君達のおかげで無事写真を入手でき、あいつらにバカにされずにすんだよ!」
「なんか腹立つな」
笑い声の止む気配の無い乃良に、千尋が素直にそう呟いた。
乃良がこちらに見せてくるのは、スマホに保存された一枚の写真。
そこには昨日撮影された花子と体育教師の鬼塚、更に鬼塚の私物である熊のぬいぐるみのマリーゴールドとの記念写真が映し出されていた。
それを前にしても花子が表情を崩す様子は無い。
「ちょっと! その写真撮れたの私達のおかげなんだから! ちゃんと私達に感謝してよね! 特に花子ちゃん!」
「分かってるって! 本当にありがと!」
怒れる千尋に乃良がそう宥めるも、千尋はまだ納得がいっていないようだ。
「……あれ? ハカセは?」
そういえば一年が一人足りない事に気付いて、千尋は辺りを見回す。
「あぁ、ハカセなら今日先に帰るって」
「へぇ……、なんか用事?」
「いやなんか今日の課題で国立大学の難題が出たらしくて、悔しいから家で解くって」
「どんな用事だ!」
相変わらずな博士の調子に、千尋はそう声を上げた。
すると乃良はふとカレンダーを見た。
特にカレンダーに目を惹くようなものは無かったが、乃良はニヤリと口角を上げる。
「……じゃあ、お礼ついでに」
「?」
何の前触れも無く口にした乃良に、花子と千尋は首を傾げた。
「花子に良い事教えちゃおっかな」
●○●○●○●
翌日、朝。
目覚まし時計が本領を発揮する直前に、博士は彼の活動を停止させた。
昨日は遅くまで課題に身を挺していたが、睡眠は思いの外取れており、気持ちのいい朝だった。
制服に袖を通し、鞄を持って部屋を後にする。
階段を下りていくと、いつも通り朝食の良い香りがしてきた。
「あっ、博士。おはよ」
「おはよ」
母親の麻理香との挨拶も適当に済ませ、席に着こうとする。
「それと」
座ろうとしたタイミングで声をかけられ、博士は視線を麻理香へと移す。
「誕生日おめでと」
「…………あっ」
最初、何を言っているのかよく解らなかった。
段々と言葉の意味を噛み締めると、壁に吊るされたカレンダーを確認する。
十一月二十八日。
自分の誕生日を忘れる事は、別に今年から始まった事じゃなかった。
「今日の夕ご飯オムライスにするから、楽しみにしててね」
「……あぁ」
まだ少し現実離れした感覚の博士に、麻理香はふっと笑みを零す。
すると二階から慌ただしく階段を下りてくる音が聞こえてきた。
妹の理子の登場である。
「あぁ! 良かった間に合った! あっ、お兄ちゃん! 誕生日おめでと!」
「おぅ……、おはよ」
「プレゼント用意してあるけど、ちょっと今時間ないから取り敢えずこのレモン飴あげる!」
「……ありがと」
「さて、それじゃあ朝ご飯にしましょ」
麻理香の合図で朝食の箸を取り、白米を噛み締めながら博士の誕生日が始まった。
●○●○●○●
気付けば時間はあっという間に過ぎ、放課後。
部室の中では博士が不機嫌な顔をしていた。
「ハカセー!」
「「「「「「「ハッピーバースデー!」」」」」」」
祝いの声と共に飛ばされたクラッカーの糸くずが、博士の頭上に舞い落ちる。
それを払い除ける博士の顔は、とてもじゃないが本日の主役の顔とは思えなかった。
「……何で知ってるんですか?」
「昨日加藤君が教えてくれて」
「全くなんで直前に教えるかなー! もっと事前に教えてくれればバースデーケーキも用意できたのに!」
「いやーごめんごめん!」
「ハカセもハカセだよ! なんで教えてくれなかったの!」
「祝われるのあんまり得意じゃねぇんだよ」
博士は気分が乗らないまま部室を見渡す。
昨日の今日という事だけあって、飾り付けに花はないがそれでも大したパーティー仕様になっていた。
いつの間にか幹事になっていた千尋が、誕生会の進行を始める。
「さて、それでは早速ハカセへのプレゼントに移ります!」
「いいよ別に」
「じゃあ私から!」
主役の声に耳も傾けないで、千尋は鞄の中からプレゼントを取り出す。
中から現れたのは紺色のネクタイだった。
「はい! 誕生日おめでと!」
「俺は親父かなんかか」
物を受け取りながらも、博士は怪訝な目でそれを見つめる。
「ネクタイなんていつ使うんだよ! 学校の制服も専用のネクタイだし!」
「だって急に知ったから急いで家の中探して、そしたらお父さんが『もうこれ使わないから』って」
「しかもお下がりかよ! 余計いらないわ!」
まさかの千尋の父親からの譲り物に、博士は声を荒げる。
次にプレゼントをと名乗りを上げたのは多々羅だった。
「全く、千尋は解ってねぇな」
多々羅はプレゼントを鞄の中から探しながら、そのプレゼントの口上を述べていく。
「こういうプレゼントってのは相手がどんなものが欲しいかってのを考えるのが重要なんだ。ハカセといえば勉強。つまり、勉強にまつわるプレゼントを上げるのが良いってもんだろ」
もっともらしい事を言った後、多々羅はそのプレゼントを取り出した。
それは小学校の時に見た事のあるような漢字ドリルだった。
「ほい」
「舐めてんのか!」
こちらを軽蔑しているとしか思えないプレゼントに、博士は頭に血を上らせた。
「何が勉強にまつわるプレゼントだ! こんなのとっくの昔に終わらせたわ!」
「おいハカセ、こいつをバカにしちゃいけねぇ。これにはこの世界を生きていく為に必要な漢字、常識が詰まっている。こいつには俺も世話になった」
「これもお前のお下がりじゃねぇか!」
結局はただの使い回しで、それが更に博士の頭をなじる形になった。
「んじゃ、次俺なー!」
そう言ったのは乃良で、乃良は自分の鞄を漁り出す。
部員達は長くからの友人である乃良の選んだプレゼントを待望する中、博士だけはその答えを既に知っていた。
乃良の掌から出てきたのは何かの小さな部品だった。
「はい」
「もういいよガンプラは!」
見ただけで全てを把握した博士は、他の部員達を置いていって大声を叫ぶ。
「毎年毎年ガンプラの部品渡しやがって! これもうただの嫌がらせだろ! しかも一パーツずつって!」
「毎年渡していって、最終的には立派なガンダムが完成するんだよ!」
「ディアゴスティーニか!」
「来年も楽しみにしとけよ!」
「これいつになったら完成するんだ!?」
――これ完成するまでずっと一緒にいるって事だよね?
さも当たり前の様に話す二人に、千尋は一人疑問を抱えた。
文句を言いながらも一応全て受け取った博士は、まだ感情が整えられないようだ。
「もう帰る!」
立ち上がって部室を出ようとする博士に、部員達は総出で止める。
「はぁ!?」
「主役が何言ってんだよ!」
「五月蠅ぇ! 昨日の課題まだ終わってねぇんだよ!」
「こっちが祝ってんだから、大人しく祝われてなさいよ!」
「祝い方横暴すぎだろ!」
部室のドアへ向かっていく博士の足は本気で、誰も止められそうにない。
気付けばドアの前に立っていて、後は引くだけだ。
「待って!」
突如声が聞こえてきて、博士は振り返る。
そこにはこちらをじっと見つめる花子が見えた。
突然の声に他の部員も驚いたらしく、一同が花子に目を向けている。
「……私も一緒に帰る」
花子はいつも通り、変わる事無い無表情だった。
「……いやお前家ここだろ」
「ハカセと一緒に帰る」
「どんな我が儘だよ」
博士が正論で返してみるも、花子の心はまるで大木の様に動く気配は無い。
「ハカセん家の辺りまで着いたら、俺が花子迎えに行くよ」
花子のアシストをする様に乃良がそう言葉を吐く。
こうなったら断る理由が見つからない。
博士は諦めたと言わんばかりに大きな溜息を吐いた。
「……行くぞ」
ドアを開けて出て行った博士を、花子が小さな歩幅で一生懸命付いていった。
●○●○●○●
早めに部室を出たのにも関わらず、外はすっかり夕焼け色だ。
今日は誕生日だというのに、映る世界は特段変わった様子は無い。
強いて言うならば、今日の帰り道には何故か花子が隣にいるという事だろうか。
「………」
花子の顔色を窺っても、何を考えているか解らない。
まぁ黙って帰る分には良いだろうと、博士は無駄な思考をやめにした。
「……ハカセ」
そう声が聞こえて、いつの間にか半歩後ろにいた花子に振り返る。
花子は鞄の中を漁ると、小さな手でそれを掴んで博士の前に持ってきた。
それはどこにでも売っているような鉛筆だった。
「……誕生日、おめでと」
「……あぁ」
差し出されたプレゼントを、博士は動揺しながらも受け取る。
何かあるとは思っていたが、プレゼントを差し出されるとは予想していなかった。
しかも数日前欲しがっていたものを。
「……何で?」
「……千尋が、ハカセが欲しいって言ってたって」
「……そう」
――まぁ、もう自分で買ったんだけどな……。
そんな言葉を花子に言うような事はなく、博士は心の奥にそれを仕舞っておく。
花子の視線は何故か下を泳いでいた。
それは照れという感情から来ているものなのだろうか。
「……ありがと」
博士は言い淀みながらもそう伝えた。
「……うん」
花子はそう返しただけで、その後はしばらく静かな時間が流れた。
「……あのさ」
突然声をかけられて、花子はバッと顔を上げる。
そこには言葉を選びながら、必死で会話をしようとする博士の姿が見えた。
「お前は誕生日とか……、解んないよな」
訊いてはみたけど、解りきっている答えだった。
花子は記憶喪失の幽霊。
自分の誕生日どころか、この間まで誕生日という言葉の意味すら知っていたかどうかも解らない。
「……うん」
案の定来た答えは小さな頷きだった。
「……お前の命日も、……解んねぇな」
もう何十年も昔の話だ。
自分の死んだ日付を花子がいちいち覚えているとは到底思えない。
二人の間に再び静寂の時間が訪れた。
「……じゃあさ」
「!」
自分の中で率直に生まれた案を、博士は自分の口で示した。
「お前の誕生日、今日にしない?」
言葉の意味は花子からすれば難しくてよく解らなかった。
それは博士にも伝わったらしく、何とかして花子に事の内容を噛み砕いて伝える。
「いやだから、誕生日が無いって結構不憫だろ? お前が幽霊って知らない奴から訊かれても困るし。生前の誕生日も命日も解んないんだったら、じゃあ別に今日で良いんじゃねぇかって。まぁ俺と誕生日被るけど。ほら、誕生日が誕生した日って事で。……ん? なんかおかしくね?」
自分の中でも混乱しているのか、博士は自分の発言に首を傾げる。
それでも花子に伝えたかった事は伝わったらしい。
「……うん、そうする」
花子は自己暗示の様に呟いた。
「私の……、誕生日」
その表情はほんの薄らだが口元が緩んでいるように見えた。
「ちょっと待ってろよ」
「?」
博士はそう言うと、鞄の中を漁り始めた。
「えーっと、何か無かったっけな」
教科書やノートばかりの鞄を探索する博士に、花子はどういう訳かと見つめている。
「あっ、これでいいや」
何か見つけたらしくて、博士はそれを握って花子に差し出した。
これといった特徴の無い、レモン味の飴である。
「誕生日おめでと」
ぶっきらぼうに告げた博士に、花子は静かに受け取る。
たった一粒の飴だったが、その一粒からは異様な重さを感じるようだった。
「……ありがと」
無表情で呟いた花子に、博士は何かおかしくて笑ってしまった。
その笑顔にまた、花子は目を奪われてしまった。
「……さて、そろそろ乃良迎えに来ると思うから、お前はここら辺で待ってろ」
いつの間にか過ぎていた時間を時計で確認すると、博士は止まっていた足を動かす。
「じゃ、また明日」
そう言って博士は花子に背中を向けた。
博士が振り返る事は無かったが、花子はその背中をいつまでも見続けていた。
ふと貰った飴に視線を落とす。
袋をビリッと破り、中から顔を出した夕色に染まった飴玉を自分の口の中に入れる。
レモン味の筈だったが、何だか甘く感じた。
冬の寒さがすぐそこまで来ている。
博士は十六歳を、花子は新たな誕生日を迎え、十一月二十八日は音も無く幕を下ろしていった。
二人とも、誕生日おめでと!
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
この作品を書き始める前に作った全体の予定表の、十一月の後半の部分に『ハカセ誕生日』と書いてあります。
それぐらい前から構想だけは考えていた話です。
といっても決まっていたのは時期と冒頭だけで、それ以外は書く時に当たって考えました。
乃良が花子ちゃんに誕生日を教えるという事は決めていたので、そこから逆算で生まれたのが前回の話だったりします。
こうしてほぼ見切り発車で始まった十一月二十八日ですが、まさか花子ちゃんの誕生日にもなるとは思っていませんでした。
作中でも述べている通り、記憶喪失の花子ちゃんには誕生日も命日も解りません。
そんな花子ちゃんに誕生日を与えるシーンは、僕が考えたというよりはハカセが勝手にやった感じです。
少しくさい気もしますが、僕じゃなくてハカセが勝手にやった事なんで僕は知りませんww
ハカセと花子ちゃんの誕生日が出た訳ですが、他のキャラの誕生日を出す気も、決める気もありません。
乃良に至っては誕生日四日ある計算になりますしww
人の誕生日を祝うのは、今回で最後ですかね。
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




