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【096不思議】ノラ猫の手も借りたい

 オカルト研究部部室、椅子が傍に並んだ長机。

「君達は選ばれた」

 その誕生日席に佇んだ乃良は、まるでどこかの組織の総司令の様な面持ちだった。

「ハカセ、ちひろん、そして花子、君達にはこれからとある任務を決行してもらう。突然で戸惑っていると思うが、世界を救う為協力して欲しい。では早速任務の全容を」

「ちょっ、ちょっ、ちょっと待って!」

 神妙な顔つきで語り出す乃良に、一年を代表して千尋が声を上げた。

 博士と花子も乃良の滑稽な一人芝居に、つまらない視線を向ける。

「ちょっ、急にどうしたの乃良!?」

「私の事は司令と呼べ」

「司令!? ごめん私まだそのテンションまで上がってない!」

 いつもなら悪乗りする千尋だが、今回は正気の状態だ。

 そんな千尋の事もさて置き、乃良は自分の意志を無理矢理でも通していく。

「もう訊きたい事は無いか。それでは任務内容の続きを」

「何があったんだよ」

 そう声が聞こえて乃良は目を向ける。

 そこには特にいつもと変わらない冷静な視線を向けている博士の姿。

 眼鏡の奥に見える瞳は至って静かだった。

 こちらの作り上げた展開を前に折れない博士の質問に、乃良は緊張を解くように溜息を吐いた。

 そして今日起こった出来事を思い返していく。


●○●○●○●


「あぁー! 畜生!」

 授業と授業の間の休み時間、一年C組からはそんな呻き声が聞こえた。

 男子達が束の間の休憩に身を集めており、その中には机に頬杖を突いた乃良の姿も見える。

「授業中にスマホ触ってるお前が悪いんだよ」

「だって廊下から鬼塚(おにづか)が来るなんて思わないだろ!? 畜生! ライブイベント周回してたのに!」

 項垂れている男子生徒は先程の授業中、弄っていた携帯を教師に没収されてしまった。

 授業中に携帯を触るのは原則違反で、ゲームなど論外だ。

 それでも欲に負けて手を出してしまったのが、彼の失点だろう。

「絶対鬼塚許さねぇからな!」

「やめとけ、そんなの聞かれたら殺されるぞ」

 鬼塚とは逢魔ヶ刻高校の有名体育教師だ。

 正しく鬼の形相の顔に青色のジャージ姿、右手には何故かいつも竹刀が握られている。

 体育教師の中でも校則に厳しい鬼塚は、生徒達からすれば嫌な存在だった。

「そういえば鬼塚のあの話知ってるか?」

「ん? あの話って?」

「ほらぬいぐるみだよ!」

「あー」

 服のトレンドの様に素早く流れる会話劇に、乃良は耳を傾けているだけだった。

「ぬいぐるみ?」

「えっ、お前知らないの!?」

「鬼塚あんな顔してぬいぐるみ好きって話!」

「えっ、何それキモ!」

「いつも体育教官室の机に熊のぬいぐるみ飾ってあるって、有名な話だぞ!?」

「えーじゃあ今度訊いてみよっかな!」

「やめろ! お前細切れにされて焼却炉にぽいっだぞ!」

 噂にも似た話に生徒達はワイワイと盛り上がる。

 その会話にも飽きたのか、とうとう乃良が閉ざしていた口を開けた。

「お前らさぁ、何をそんなビビってんだよ」

 水を差すかのような言い方に、男子生徒達は一斉に乃良の方へ目を向ける。

「どんだけ怖そうったって、所詮人間だろ? そんなバカみたいに怖がる必要無ぇだろ」

 事情を知っている人からすれば苦笑いする話だが、生憎ここに事情を知っている人はいない。

 乃良の発言に貴重な休み時間が奪われていく。

 すると誰かが途端に口を開いた。

「じゃあお前鬼塚に訊いて来いよ」

「えっ?」

 その一言を皮切りに、今まで黙っていた生徒も一斉に声を上げていく。

「そうだよ! そんなに言うならお前言ってこいよ!」

「何を?」

「鬼塚にぬいぐるみの事だよ!」

「乃良怖くねぇんだろ!?」

「そうだ! ついでに頼んでぬいぐるみの写真撮ってもらおうぜ! 『すみません、写真撮らせてください!』って!」

「いいねそれ!」

「おら、やるだろ?」

 一同の座った目がこちらをじっと見つめてくる。

 その視線からの逃げ場は最早無く、乃良は椅子から一歩も足が動けないでいる。

 口から出せる言葉はたったの一つだけだった。

「あっ、当たり前だろ!? 明日写真見せるから待ってろよ!」

「おっ、言ったな!?」

「絶対だからな!?」

 男子達の笑い声は教室全体に響き渡り、その次には授業開始のチャイムが鳴り響いた。


●○●○●○●


 時は戻りオカルト研究部部室。

 先程まで自称司令だった乃良は、今じゃ体を最小に縮めてしまっている。

 話を全て聞き終えた博士はふと声を出した。

「……うん、行ってこいよ」

「無理だよ!」

 食い気味に怒鳴り上げた乃良は、堰を切った様に言葉を並べていく。

「相手が誰か解ってんのか!? 鬼塚だぞ!? 通称『鬼の鬼塚』!」

「鬼の鬼塚て」

「名前通り鬼の様な形相で、どんな小さい悪事も絶対許さない! もしそんな事訊いた暁には細切れにされて焼却炉にぽいっだ!」

「その噂流石に酷過ぎだろ」

 博士の指摘も聞こえず、乃良は文字通り頭を抱えて唸っている。

 どうやら大分追い詰められているようだ。

「なぁ頼む! 手伝ってくれよ!」

 涙すら薄ら見える乃良に、千尋は目を逸らしながら答える。

「んー、正直乃良の自業自得でしょ?」

「そうだ。お前が変な意地張らずに素直になってりゃ済んだ話だったんだ」

「そんなの出来る訳ないだろ!?」

「知るか。とにかく明日友達に謝れ」

「私もそれが良いと思うなー。体育教官室に忍び込んで写真撮るってのもちょっとあれだし……」

 躊躇する千尋の様子に、乃良がピンと思考を巡らせる。

「……ちひろん」

「?」

 どうしたのかと耳を傾けると、乃良は饒舌になって舌を侍らせた。

「友達の為に命を懸けて任務に挑むドラマって、カッコ良くない?」

 博士からすれば訳が解らなかった。

 こいつは一体何を急に言い出すのか。

 しかし更に訳の解らないものが、ここにはあった。

「カッコ良い!」

「だろ!?」

 簡単に釣り上がった千尋に、乃良は満面の笑みを輝かせる。

「ほら、そうと決まったら早速行こうぜ!」

「うん! 行こ行こ! 花子ちゃんも行こ!」

「ほらハカセ! 早く行くぞ!」

 急に上機嫌になった乃良は千尋と花子を連れて、そのまま部室の外へと出て行ってしまった。

 取り残された博士は別に残れば良いだけの話だったが、仕方なく重い腰を上げた。


●○●○●○●


 体育教官室。

 職員室とはまた別の部屋で、そこには体育の教師だけが身を住ませている。

 その前にオカ研部員一年が集結していた。

「よし、鬼塚先生は今ソフトボール部に行ってる筈だから、今のうちにさっきの算段で」

「御意!」

「武者か」

 そんな会話を挟みながら体育教官室の扉が開かれる。

 部屋の中には鬼塚以外の体育教師が二人程いた。

 体育教師とだけあって、その姿はどれも屈強そうである。

 先陣を切ったのは博士と千尋だった。

 博士と千尋は文言を言って部屋の中へ入っていくと、それぞれ各先生に向かって話しかけていく。

「先生こんにちは!」

「あら千尋ちゃん! どうしたの?」

「えーっと……、ちょっと世間話を」

「こんにちは」

「箒屋君、一体どうしたんだ?」

「ちょっと体育の授業の必要性について語らせていただこうと思いまして」

「はい!?」

 二人が先生の気を逸らしているうちに、もう一つの影が部屋の中へ入っていく。

 それは一匹の猫だった。

 人間の姿だったら流石に先生も気付いただろうが、地面を這う猫の姿には誰も気付かない。

 鬼塚の机の前まで来て、乃良はその姿を人に戻した。

 ――よし! さてと、問題のぬいぐるみは……。

 気付かれないようにそっと顔を出して、鬼塚の机を覗いた。

 ぬいぐるみはすぐに見つかった。

 そのぬいぐるみは隠れる気も無く、堂々とその机に身を構えていた。

 ――ぶふぉっ!

 溢れそうになる笑いを乃良は必死で堪える。

 ――えっ、ちょっ、マジか! これをあの鬼塚が!? 想像しただけで笑っちまうんだけど!

 それはあまりにも愛らしく、首には蝶ネクタイが付けられている。

 油断すると今にも吹きそうだが、何とか耐えて携帯を用意する。

 ――危ねぇ、さっさと済ませて帰るぞぉ……。

 カメラを起動して、いざシャッターを切ろうとしたその瞬間である。

 ガラガラッと扉が開かれる音がした。

「「「!」」」

 その音に乃良だけでなく、囮役をしていた二人の目も開く。

 開いた扉から登場したのは何を隠そう鬼塚だった。

「只今戻りました」

 鬼塚はそう言うと、スタスタと自分の席へと歩いていく。

 無論、その最中に乃良の存在に気付いた。

「ん? 何やってるんだ加藤」

 扉の音がした瞬間に体勢を直していた乃良は、何とか言葉を取り繕っていく。

「いっ、いやぁ、ちょっとあいつのスマホ返してやってくんないかなぁって……」

「授業中にスマホを使うなど言語道断だ。許す訳無いだろ」

「ですよねぇ……」

 こうなってしまってはもう動けない。

 大分追い込まれた乃良は、とうとう奥の手を使う事にした。

 ――頼むぜ花子!

 鬼塚にバレないように指を鳴らし、我が軍隊の最終兵器に合図をする。

 すると今までいなかった筈の場所からスッと花子が現れた。

 部屋の中の先生達は、花子の元々の影の薄さもあってか、それぞれの生徒に夢中で花子の存在に気付いていない。

 花子は乃良に聞かされていた作戦に従って、鬼塚の机の前に立った。

 花子に与えられた任務は、緊急事態に陥った時、乃良に代わって写真を撮る事。

 視界に熊のぬいぐるみを捕え、後はシャッターを切るのみ。

 しかし花子は一向に携帯を取らなかった。

 花子はぬいぐるみに目を奪われており、気付けば両手で抱えていた。

「……可愛い」

「「!」」

 ふとそんな声が聞こえて、乃良と鬼塚は振り返る。

 頭の中で崩壊する作戦の音が聞こえる。

「零野……、いつからそこにいたんだ……?」

「………」

 やらかした自覚があるのか、花子は口を動かさないままぬいぐるみを抱いている。

 そんな花子を鬼塚はじっと見ていた。

「……それ、可愛いか?」

「!?」

 突然の話の流れに、乃良は強い衝撃を覚える。

「……うん」

「……そうか」

「……名前あるの?」

「……マリーゴールドだ」

 ――名前あるんだ!?

 花子と鬼塚がぬいぐるみについて語り合う場面を誰が予想しただろうか。

 乃良の混乱も置いて、二人はぬいぐるみ談を続けていた。

 不意に鬼塚が言葉を漏らす。

「……写真撮るか?」

「!?」

 思わず耳を疑った。

 今回の最終目的が思わぬ形で標的の口から零れたのだから。

「……うん」

「解った」

 花子の頷きを見ると、鬼塚は携帯を取ってカメラの中に花子とマリーゴールドを入れる。

「……先生も」

「「!?」」

 一体どれだけ衝撃を与えれば気が済むのだろうか。

 花子の提案に鬼塚も目を見開く。

「俺もか?」

「……うん」

 鬼塚は一瞬躊躇したが、携帯を仕舞うと視線を乃良の方へ向けた。

「悪い加藤、ちょっと写真撮ってくれないか?」

「えっ? あっはい!」

 乃良は急いで携帯を取り出し、カメラに二人の姿を入れる。

 花子も鬼塚もその表情はカメラを前とは思えないくらいの無愛想で、何ならマリーゴールドが一番良い表情をしている。

「行きますよー、ハイチーズ!」

 カシャッとシャッター音が部屋に流れる。

 教師と生徒とぬいぐるみという何とも不思議な3ショットがカメラファイルに入り、乃良の任務は紆余曲折あって達成された。

なんとか任務遂行しました。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今回は「乃良がみんなに何かを頼る話を書く」という謎のテーマから考えていきました。

サブタイトルとか全然考えてなかったんですけど、このサブタイトルを思いついた時は我ながら感動したものですww


そんなこんなで体育教師のぬいぐるみを撮影するという、謎の任務が完成しました。

鬼塚という教師キャラも生まれた訳ですが、割と気に入っています

僕もぬいぐるみとか好きで集めてたりしたので、話が合いそうですww

サブタイトルだったり、任務内容だったり、鬼塚のキャラだったり、色々な側面から見て大満足な一話になりました。


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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