【095不思議】踊らされる大捜査線
今日は日曜日。
見上げれば鮮やかな晴天が、町を闊歩する老若男女の人々を優しく照らしている。
「「あっ」」
そんな町の中で、彼らは出逢った。
お互いに私服を身に纏った、博士と千尋である。
「ハカセじゃーん! 元気!?」
「一昨日も会っただろ」
「ハカセでも休日出歩いたりしてるんだね!」
「喧嘩売ってんのか」
博士の事だから、休日も勉強に夢中になっていると思ったのだろう。
いつも部室で相手するような陽気な千尋に、博士は面倒なものに遭遇したと顔を顰める。
博士の顔色に気付かず、千尋は質問を重ねた。
「何か用事あるの?」
「あぁ、マークシート用の鉛筆使い過ぎて小さくなったから新しいの買おうと思って」
「うわぁ……、相変わらずだね……」
外出とは珍しいと思ったが、その理由は実に博士らしかった。
千尋の歪んだ表情から目を離すと、博士は先程からツッコみたかった案件に目を向ける。
「それより……」
千尋の左手をぎゅっと握った、小さな少年。
「……弟?」
「そう! 仙って言うの! ほら仙、挨拶して!」
姉とは対照的で、どうも引っ込み思案な少年のようだ。
しかしその髪色、瞳、顔つき、どれをとっても千尋と血の繋がっている事は明白である。
「……石神仙です。よろしくお願いします」
「こいつはハカセ! 勉強しか興味の無いクソみたいな男だよ!」
「お前張り倒すぞ」
とんでもない紹介をされた博士は、弟を前に姉を脅迫する。
博士は彼女の暴言に目を瞑ると、千尋に話を振った。
「お前らもこれから用事?」
「うん! これから二人で今話題のパワースポット行くんだ!」
「お前も相変わらずだな」
「お姉ちゃん。早くパフェ食べたいよ」
「弟興味無さそうだぞ」
どこかずれた姉弟の会話に、博士は溜息を吐いた。
「あぁ、休日までお前と話してるとバカ伝染りそうだわ。んじゃ俺はこれで」
「ちょっと! それどういう意味!?」
「どうもこうもそのままの意」
いつも通りの言い争いが始まろうとしたその時、二人の口は揃って止まった。
二人の視線は等しく同じ一点を見つめていた。
その先にいたのは、二人と同じくオカ研部員である先輩の彼女。
彼女はこちらに気付かないまま、とある店の中へとそそくさと消えていった。
「……今のって」
「西園先輩、だよね?」
今見えたのが自分の虚像では無い事を、声に出して確認する。
どうやら幻では無いようだ。
「……そういえば西園先輩って」
「休日どんな事してんだろ?」
それ以上、二人が会話をする事は無かった。
沈黙の中でお互いの意見が一致している事を確信すると、二人はゆっくりと歩き出した。
「……行くか」
「仙! 一緒に行くよ!」
「お姉ちゃんパフェ」
「あとで食べさせてあげるから! ほら早く!」
こうして二人とその弟一人は、本日の予定を当初より大幅に変更した。
●○●○●○●
西園が入ったのは本屋だった。
文庫本や漫画など様々な本が目白押しの中、西園はとあるコーナーで品定めをしている様だ。
たくさんの本棚が功を奏し、三人は棚に潜んで西園を監視する。
振り回されっ放しの仙はとうとう姉に現状を尋ねる。
「……お姉ちゃん、あの人誰?」
「部活の先輩。綺麗ですごい良い人なんだよ」
「何で話しかけないの?」
「今はそういう時じゃないの!」
姉の意味の解らない回答に、堪らず仙は首を傾げた。
西園が立ち止まっている場所は、博士も御用達の参考書コーナーだった。
「参考書選んでるね」
「あんなんだけどあの人も受験生だからな」
「みんなすごいなぁ。私なんて絶対休日に勉強したくないのに」
「いやしろよ」
会話を挟みながらも、二人の視線は西園を捕えて離さない。
「……ん?」
長い事西園に目を向けていたせいか、博士はとある違和感に気付いた。
「どうしたの?」
「いやなんか……、あの人おかしくない?」
そう言われて千尋は更に注意深く西園を観察する。
それは参考書を一つ一つ手に取って目利きしている西園で、特に奇妙な点は見当たらなかった。
「……別におかしくないけど」
「いやおかしいだろ。さっきから手に取るだけで中身全然見ないし」
確かに言われてみれば、先程から西園は参考書を一度も開いていない。
参考書など滅多に変わらない千尋には特に違和感など無いだろうが、参考書コーナー常連の博士からしてみれば、奇妙以外の何でもないのだろう。
「……あの人、何か言ってるなぁ」
参考書を手に取っては、彼女の口が動いている。
流石にこの距離からは聞こえないし、読唇術も持ち合わせていなかった。
「これ以上近付いたらバレるだろうなぁ……」
「……そうだ!」
名案が浮かんだのか、千尋はハッと閃いて目線を変える。
「仙! ちょっとあの人のとこまで行って、何言ってるか聞いてきてくれない?」
「えー」
確かに顔の割れていない仙ならば、近付く事も難なく容易だろう。
しかし仙は乗り気ではなく、そっぽを向いている。
「お願い! ちゃんとパフェ食べさせてあげるから!」
「………」
頬を膨らませていた仙だったが、しょうがなく西園の方へと歩き出した。
西園の近くまで行って、独り言を聞いただけで戻ってくる。
その挙動自体は不審以外の何でも無かったが、子供の奇怪な行動として片付けられたのか、西園が何か感付く事は無かった。
戻ってきた仙に、千尋が頭を優しく撫でる。
「ありがと! それで、何て言ってた?」
本題を前に興奮が抑え切れていない千尋だったが、仙は聞いた通りの言葉を吐く。
「何かよく解んないけど……、『六百九十グラム』って言ってたよ」
――重さ測ってんの!?
独り言の正体が発覚し、二人は雷でも打たれた様な衝撃を食らった。
真意は解らないが、どうやら彼女は参考書を一つ一つ手に取り、その重量を肌で感じながら推理していたらしい。
果たしてどんなトリッキーな趣味だろうか。
すると目の前にいた西園は参考書コーナーから席を外し、鼻歌でも歌いながら本屋を後にした。
「……何も買わずに帰ったし」
結局解らない事だらけだったが、取り敢えず博士は本屋での鉛筆の購入を諦めた。
●○●○●○●
引き続き西園の後を追っていると、どうも陳腐な店へと辿り着いた。
「……相撲グッズショップ?」
看板に書かれた単語をそのまま読んでみても、イマイチピンとは来ない。
取り敢えず入ってみると、そこにはたくさんの相撲に関するグッズが取り揃えられていた。
「こんなお店あったんだ」
「そういやあの人、相撲とか好きだったな」
随分と前の記憶を引っ張り出して、博士はどこか納得する。
右も左も解らないような店内に少し迷子になりながらも、一行は先に入店した西園を探した。
すると西園はすぐに見つかった。
それもその筈。
「キャー! 旭秀鵬! カッコ良い! やっぱイケメン! うわっ! 阿武咲! 日本人力士も頑張ってほしいよね!」
店に響くような大声で一人黄色い歓声を上げているのだから。
周囲の客達も驚きの目を向けており、傍から見ているこちらの顔が赤くなってしまう。
それでも周囲の目などお構いなしで、西園の一人語りは続く。
「あれ、羅王!? 豪傑山もいるじゃん! 序二段なのにすごい! 私応援してるので、これからも頑張ってください!」
「お姉ちゃん、あれ何て言ってるの?」
「んー……、解んない」
弟の純粋な疑問にも答えられず、千尋は解答を挫折する。
西園は大量の相撲グッズを両手に抱えると、それをレジへと運び出した。
「すみません! これください!」
「うわっ、西園先輩何か買ってる」
「本屋じゃ何も買わなかったのに……」
レジに置かれた相撲グッズの山に、従業員もどこか仰天しているようだった。
しかしそんな店員にも気にしていられないくらい、西園は幸せそうに満面の笑みを浮かべていた。
●○●○●○●
「お待たせしましたー」
そう言われて運ばれてきたのは、小さなグラスに乗せられた苺のパフェ。
お待たせと言わんばかりに登場したそのパフェに、仙は少年独特の透き通った目をキラキラに輝かせた。
「うわぁ!」
その輝いた目は千尋のそれと瓜二つである。
「さぁ、お食べ」
「うん! いただきます!」
仙はそう言うと、早速苺のソースのかけられた生クリームを掬って口に入れる。
さすれば口いっぱいに極上の甘さが広がった。
「美味しい! ありがとうお姉ちゃん!」
「いいのいいの」
千尋は仙からの感謝の言葉にそう返すと、パフェを貪る弟を優しく見守る。
「……さて、と」
仙から視線を逸らすと、千尋は問題の尾行対象者に目を向ける。
「どう?」
「特に変わらず」
客が疎らに入っているファミレスに、西園は一人で料理を待っていた。
博士達も少し離れた席に腰かけ、西園を監視し続けている。
すると西園のもとにウェイトレスが現れ、注文の品を提供した。
そこには仙の食べているパフェの二倍の大きさを誇った特大パフェが姿を現した。
「……あれ、一人で食べるのかな?」
「そりゃそうだろ。……しかし休日一人でパフェ食いに行ってるってなぁ」
西園はその大きなパフェを一口食べ、落ちそうになる頬を何とか持ち上げている。
何とも不思議な休日を謳歌する西園に、二人は目を離せなかった。
「お姉ちゃんも食べる?」
「えっ。いいの?」
「うん!」
「じゃあ一口もらおっかな。ありがと」
「ハカセさんは?」
「俺? いや俺はいいよ」
「ハカセ君は甘いのそんなに得意じゃないもんね」
「そうなんですよって」
「「うわぁ!」」
あまりに自然に乱入してきた突然の声に、二人は最初全く違和感に気付かなかった。
そう言えば一瞬の隙に二人とも目を逸らしてしまっていた。
その隙にここまで距離を詰められるとは想像もつかなかったが。
「あっ、千尋ちゃんの弟君。こっちのパフェも食べる?」
「えっ、いいの!? ありがとう!」
そう言って仙は、いつの間にか対岸の席に座っていた西園のパフェにスプーンを伸ばす。
子供の無邪気な姿に微笑む西園に、相対する二人は顔を引きつらせた。
●○●○●○●
気付けば今日の休日も、すっかり夕焼け色に染まっていた。
帰り道、上機嫌になって先を歩く仙を置いて、三人をゆっくりと歩いていく。
「……いつから気付いてたんですか」
「えー? 本屋さんに入るちょっと前からかな?」
――最初からじゃねぇか!
心の中でそう叫んだが、ここで声を荒げるのもバカらしいと必死で堪える。
やはりこの先輩に隠し事は無駄らしい。
少し前を歩いていた西園は、ふとハッとしてこちらに振り返る。
「あっ、一応言うけど普段あんな事しないからね? 本屋に行って本の重さなんて測ったりしないし、相撲ショップであんな大声上げたりしないから」
その言葉に二人は虚を突かれた様な顔をする。
それでは今日の休日全てが、演技みたいではないか。
「……何でそんな事したんすか」
「えっ? だって二人が面白かったから」
――この先輩ぃ!
腸が煮えくり返るような衝動を抑えながら、博士は一歩を踏みしめる。
すると千尋は真っ先に浮かんだ質問を素直に尋ねた。
「じゃあ、普段はどんな休日過ごしてるんですか?」
そもそも尾行のきっかけは、その疑問からの行動だ。
バレた上に今日見てきたもの全てが嘘だとすれば、もう面と向かって訊くしかない。
しかし西園の口は微笑むだけだった。
「……内緒」
「えー!?」
「アハハ。まぁ、今は普通に受験勉強かな」
千尋の悔しそうな呻き声を聞いて、更に西園の表情はご満悦になる。
すると西園は仙を追いかけて、声をかけた。
――……あれは否定しなかったな。
仙と手を繋ぐ西園の背中を見ながら、いつもよりも慌ただしかった日曜日に深く息を吐いた。
西園を尾行してたつもりの話です。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
この話も大まかな内容は随分と前に考えていました。
休日に誰かを尾行する話は面白そうだなと、誰が良いかと考えたら簡単に西園が思い浮かびました。
大分前に考えたので、相撲マニアの一面も久々に出てきましたww
店内で奇声を上げる事はしていないと思いますが、店自体はよく顔出しているみたいですよ。
勢いで決めてしまった設定ではありますが、決めた以上はこの設定も大切にしていきたいです。
それと今回は千尋の弟、仙の初登場でしたね。
このキャラもいつ登場させようかと考えていた時に、丁度休日書きたい話があったと合流した感じです。
今後出てくるかは解りませんが、僕はこういうキャラ結構好きです。
と、内容はある程度固まっていた今回ですが、苦労したのはサブタイトルです。
これは本当に悩みました。
結局はパロディネタで落ち着きましたが、その間にも試行錯誤ありました。
そのうちしれっとサブタイトル変わってたら、そっとしといてくださいww
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




