【094不思議】おかけん昔話
逢魔ヶ刻高校オカルト研究部部室の扉が、ガラガラと音を立てて開かれた。
「失礼す」
「「三ニョキ!」」
しかし扉の音とその声は、中から聞こえてきた張りのある大声によって遮られてしまった。
部室の訪問者に誰も気付かぬまま、部員達は構わず盛り上がる。
「おいまたかよ! お前どんだけ被るんだよ!」
「被せてんのはハカセだろ!? 俺は自分のやりたい時にやってんだよ!」
「もう二人ともいい加減にして! どんだけ仲良いのよアンタら!」
「仲良くねぇよ!」
「仲は良いだろうが!」
子供みたいな話をする部員達に、訪問者は少し困った様に静観していた。
一年生達の喧騒を苦笑いで眺めていた斎藤が、ようやく訪問者の存在に気付く。
「あれ?」
それは一同、いやこの学校に通う高校生全員が知っている人物だった。
「校長先生!」
何を隠そう逢魔ヶ刻高校の頂点、校長先生である。
「やぁ」
「えっ、校長!?」
「ほんとだ! 校長がいる!」
「何でこんなとこに!?」
「なんか校長レアモンスターみたいな扱いになってるぞ」
想像以上の反応を見せる生徒達に、校長は戸惑いながら部室に来た顛末を報せる。
「いやぁ今日は少し時間に余裕があってね。こうやって色んな部活動を回って様子を見てるんだ」
「そうでしたか。ご苦労様です」
「校長! タケノコニョッキしましょ!」
「楽しいですよ!」
「アハハ。いや、私はそろそろ失礼するよ」
乃良達の熱烈な勧誘に、校長は苦笑を残して部屋を後にしようとした。
斎藤もタケノコニョッキには誘わなかったものの、もう少し部室に残らないかと声をかける。
「えっ、もう少しゆっくりしてきませんか?」
「お茶出しますよ」
「いやっ、いいんだ。それより……」
校長は少しだけ顔色を悪くすると、神妙な顔で斎藤に尋ねる。
「そのぅ……、タタラはいないのか?」
「多々羅? 多々羅なら今日は日直で、もうすぐ来るとは思いますけど」
「そうか。じゃあ、あいつが来る前にここを出ないと」
「いやぁ久し振りだなぁ校長!」
その声と同時に首を這った腕に、校長は息を止める。
顔を真っ青に染まり、呼吸の方法を忘れたかの様に息苦しそうだった。
校長はその声を、嫌と言う程知っていた。
高校時代の汚点、そして数えきれないトラウマの根源だ。
「もうちょっとゆっくりしてけよ、なぁ?」
上機嫌に背後で笑う多々羅の笑い声が、校長からしてみれば悪魔の高笑いにしか聞こえなかった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
この時学校中にその叫び声が聞こえたが、声の主が学校のトップだとは誰も気付かなかった。
●○●○●○●
「紹介しよう! この学校の校長、靖国だ!」
「知ってます」
結局校長は多々羅の魔の手から逃げられず、未だオカルト研究部部室の中にいた。
多々羅の隣に身を小さくさせて座っており、一種の拘束の様にすら見える。
その二人を囲むように観客席が作られ、部員達はなかなか見られないツーショットを目に焼き付けていた。
「校長ってこの学校のオカ研OB、言うなら僕らの直々の先輩なんですよね?」
「うん、そうなるね」
斎藤の質問にも、校長は顔を引きつらせて答える。
改めて部室を見回すと、可笑しくも思い出に浸る部分があった。
「私がいたのはもう四十年も前になるけど、何も変わってないよ。部室に溢れた玩具達も、窓から漏れる土の匂いも」
少し感傷に浸っていると、校長は顔を俯かせて影に染まる。
「この男も……」
「お前は大分変ったなー!」
『この男』の正体が解っていないのか、多々羅は大きく口を開ける。
「しわも増えたし、髪も白くなったし、今じゃすっかりただのお爺さんだ!」
「当たり前だろ! もう四十年経ったんだ! これが普通なんだよ!」
多々羅の暴論に、校長が年齢も忘れて声を荒げる。
校長と生徒という関係の筈なのに、その光景はまるで同級生の微笑ましい喧嘩の様に見えた。
「仲良かったんですね」
「あぁ! 仲良かったぞ!」
「良かった訳あるか! 私は仲が良いなんて一度も思った事無いぞ!」
斎藤の言葉に同意した多々羅を見て、校長が異議を唱える。
それに多々羅も異議を唱え、議論の攻防が始まった。
「あ? 仲良かっただろ? よく一緒に遊んだじゃねぇか!」
「お前に勝手に振り回されてただけだろ!」
「一緒に水切りもしたじゃねぇか!」
「水切りぃ?」
多々羅が吐き出したその単語に、校長は顔を歪める。
「……あぁ、よく覚えてるよ」
その目は多々羅を睨みつけたまま、四十年前の情景を思い出していく。
まだ自分が教師ではなく生徒という立場で過ごしていた、少年時代のあの頃を。
●○●○●○●
四十年前、逢魔ヶ刻高校の中庭。
「靖国ー!」
放課後、身長が低く坊主姿だった現校長――靖国が中庭で時間を潰していた。
前触れもなく呼ばれた名前に、靖国は振り返る。
そこにはダサいジャージを纏っていた多々羅が、こちらに向かって駆け寄っていた。
嫌な思い出しかない人影に、靖国は顔を顰める。
「何だよタタラ」
「水切りしようぜ!」
「はぁ?」
唐突な水切りの誘いに、靖国は間髪入れずにそう声を漏らす。
「だぁかぁらぁ! 水切りしようぜって!」
「いや何で? 大体水切りなんてどこでするんだよ」
「あそこの池」
「危ないだろ!」
水切りをするにはいささかスペースが足りないように思えたが、多々羅はあまり気にしていないようだ。
「んじゃ、俺から行くぜぇ!」
「いや、僕はやらないからな?」
靖国の声は届いているのかいないのか、多々羅は水切りの石探しに挑む。
丁度平ぺったい良い石を見つけたようで、池の目の前であるピッチャーマウンドに立った。
投手さながら足元の状態を確認して、石の握り方も確かめる。
最後に呼吸を整えて、満を持して大きく横に振りかぶった。
見事なサイドスローで放たれた石は水面を走っていき、その姿は忍者そのものだった。
そのまま止まる勢いを知らない石は対岸まであっという間に着き、その勢いのまま校舎の窓ガラスをぐちゃぐちゃに砕き割った。
「「!」」
息吐く暇も無いくらいの現実に、二人は瞬間何が起こったか解らなかった。
ただやってはいけない事をやってしまったのは確かである。
「……靖国」
背中越しのままそう語りかけた多々羅は、茫然とした靖国へと振り返った。
「俺の事バレちゃいけないから、後よろしくな!」
「ちょっ、ちょっと!」
その振り返った顔に反省の色など欠片も見えなかった。
多々羅は煙を撒いてそのまま逃げ出し、中庭には靖国と割られたガラスだけが残った。
結局ガラスの音でやって来た教師達は一斉に靖国を責め、生涯の歴史に残る冤罪を背負う事になった。
●○●○●○●
「あの後先生達に一時間説教されて、帰り道ずっと泣いてたんだからな!?」
四十年前の悲劇を思い出して、校長はそう多々羅に罵声を浴びせた。
しかし当の本人はあまりピンと来ていないようだ。
「そうだっけ?」
「そしてこいつは何も覚えてないんだよ! 本当腹が立つ!」
「しかも聞いた感じじゃ校長水切りやってねぇしな」
二人のやり取りを散々見ながら、博士はどこか既視感を覚えていた。
千尋は言い合う二人から目を逸らして、乃良の方へ視線を向ける。
「校長先生がオカ研部員だったって事は、乃良とも接点あるの?」
「いや、俺がこの学校に来たのは校長が卒業した大分後だからな。俺は校長の高校時代の話は何にも知らねぇよ」
乃良の回答に、そういえばと千尋は納得する。
「あぁでも、こいつは知ってる筈だぜ」
乃良はそう言って、心ここにあらずという顔の花子に目を向けた。
花子はこちらの話に気付いていないのか、じっと多々羅と校長のやり取りを見つめている。
「花子ちゃん、校長先生の事知ってる?」
「………」
千尋の声を聞いて、花子はじっと校長を観察する。
顔、体、服、声、全てに神経を研ぎ澄ませ、校長の正体について考えていく。
「……知らない」
「おい!」
生徒達の会話を聞いていたようで、花子の回答に校長が反応する。
「知らない事は無いだろ! 私はお前の事をよく知っているぞ!」
校長の声からは数々の怨念が感じ取れた。
「忘れもしないぞ。花子、お前から受けたあの恨み……」
「この人七不思議に恨みありすぎじゃね?」
博士の小さな呟きも届かないくらいに、校長は頭に血を上らせていた。
そしてまた、あの頃へと記憶を辿っていく。
●○●○●○●
それは靖国がオカ研に入部した直後の頃だった。
トイレの花子さんとの初対面である。
「こいつがトイレの花子だ。ちょっと変わってるけどよろしくな!」
「よろしくお願いします……」
まだ入学もしたばかりのピカピカの一年生で、右も左も解らない新参者である。
焦点も合っていない靖国を、花子はただひたすらに見つめていた。
「ほら靖国、挨拶しろ」
「あっ、えぇっと……」
花子を紹介した多々羅に急かされ、靖国は急いで自己紹介を口走る。
「靖国です。苗字は、そのぅ……」
緊張からか、自己紹介すら真面に出来ない。
少年時代の靖国は、どうやら極度の上がり症だったらしい。
そんな靖国を応援しているのか、逆に追い詰めているのか、花子は靖国から目を逸らさなかった。
現時点での彼の情報は『靖国』という名前だけ。
花子は焦る靖国に、そっと名前を呼んだ。
「……や……に」
――ヤニ!?
思いもよらない名前で呼ばれ、固まっていた靖国の体は更に硬直した。
「アハハハハハハッ! 花子、ヤニ……、ヤニは……アハハハハハハッ!」
多々羅の下卑た高笑いが聞こえてくる。
それが更に靖国に追い打ちをかけて、靖国の涙腺は気を緩めたら大量に涙が出てきそうな程危険な状態にあった。
●○●○●○●
「アハハハハハッ! あったなそんな事!」
「笑うな!」
隣で思い出して腹を抱えている多々羅に、校長がそう檄を飛ばす。
「その日の帰り道、花子に言われた事が胸に残ってずっと泣いてたんだからな!?」
「校長泣きすぎだろ」
博士の中の校長のプロフィールに泣き虫が追加された。
先程からずっと怒りっ放しの校長に、何とか千尋が花子のフォローを入れる。
「まっ、まぁ、花子ちゃんに悪気は無いんだし」
「悪気が無かったら何しても許されるのか!?」
「そうじゃないですけど、もう何十年も前の事なんだし、水に流しましょうよ」
千尋の言葉が効いたのか、校長の口が少し塞がる。
「……そうは言っても」
ふと校長は花子の方へ目を向けた。
花子も校長に目を向けていたのでバッタリ視線が遭遇し、口から言葉が漏れ出す。
「……ヤニ」
「ほらぁ! こいつに百パーセント悪気が無いとは思えないんだよ!」
「校長落ち着いて!」
変わらない無表情だったが、その感情は傍からでも読み取れた。
「こんな人がうちの学校の校長だったのか……」
校長の知られざる一面が次々と暴かれ、博士は校長に蔑みの目すら送っている。
過去のストレスが蓄積されていき、校長は声を荒げた。
「全く、ここは最悪の部活動だったよ!」
「あぁ!? 何言い出すんだ!」
多々羅の喧嘩上等と言った目にも、校長は特売で喧嘩を売りつける。
「思った事を言ったまでだよ! 音楽室の幽霊は私に延々とピアノを聞かせてくるし、プールの人魚には捌かれかけたし、もう悪い思い出しかない!」
「楽しい事だってあっただろうが!」
「そんなの一つも記憶にない!」
「じゃあ無理矢理にでも思い出させてやるよ!」
「バカ! 今の立ち位置を忘れていないか!? 君は生徒であり私は教師、しかも校長だ! 生徒が校長に手を上げて良い訳」
「知るか! 生徒校長以前に友達だろうが!」
こうして生徒と校長による喧嘩は更にデッドヒートしていった。
喧嘩は熱が入れば入る程幼稚に見えて、今じゃ小学生にも満たない子供の様に見える。
そんな二人を止めようかと悩む斎藤も視界に入れながら、博士と乃良が何気なく口を開く。
「……俺達もあんな感じになるのかな」
「……いや、俺らはもうちょっと真面にいこうぜ」
「……そうだな」
目の前の二人を反面教師にして、博士と乃良はそう遠くはないであろう未来を少しだけ見た。
四十年前のオカ研の話でした。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
今回メインキャストとしてはほぼ初登場となった校長先生!
元々多々羅や花子がどうやって入学したのかを逆算してオカ研OBという設定が生まれたのですが、いつかはその設定を深堀りできたらいいなと思っていました。
それが本日繋がったという感じです。
今回書いていて思ったのですが、多々羅と校長ってほとんど多々羅と斎藤ですねww
多々羅に振り回される高校生は代々受け継がれているようですww
それを冷めた目で眺めていたハカセと乃良ですが、二人の将来はどうなるんでしょうね。
恐らく小説では書かれない完結したあとの世界を想像するのは僕にとっても楽しい事なので、皆さんも是非想像してみてください!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




