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【093不思議】密室にふたりぼっち

 実験道具や段ボールが乱雑に置かれた生物準備室に夕陽が差し込み、その物によって歪な影がいくつも作られている。

 その中には人の影も二つばかりあった。

 一つは引き戸に手を掛けて、顔を引きつらせているが。

「やっぱり開かない……」

 どれだけ勢いよく開けようと力を入れても、立て付けの悪い引き戸はピクリともしない。

 開けっ放しの扉を、一体誰が閉めたのか。

 犯人捜しよりも、この部屋からの脱出方法を考えるのが先だ。

「そっ、そうだ! 隣の生物実験室の扉は」

「あそこは鍵かかってる」

「じゃっ、じゃあ窓は」

「ここ三階だよ?」

「……あっ、携帯は!? それで誰かに先生にお願いしてもらって」

「私はすぐ終わると思って鞄と一緒に置いてきたけど、斎藤君持ってきてる?」

「………」

 何とか脱出経路を模索してみたが、西園によって全て一刀両断されてしまう。

 辿り着いた結論は、ここから出られないという最悪なものだった。

「誰かぁぁぁ! 助けてくださいぃぃぃ! 閉じ込められましたぁぁぁぁぁぁぁ!」

 為す術無く扉の向こうに叫び出した斎藤は、何とも惨めだった。

 追い詰められた人間とは、こうも醜いものなのか。

 それと引き換えに西園は至って冷静だった。

「さて、どうしようか……」

「そうだよ……。西園さんもちゃんとここから出る方法考え」


「これからどうやってここで生き抜いていこうか」


 最初、何を言っているのか解らなかった。

「……え?」

 何を言ったのかを理解した後、やっぱりよく解らなくてもう一度訊き返す。

 混乱する斎藤の隙を突くように、西園の不思議ワールドが暴走を始める。

「斎藤君、これはサバイバルだよ? いつ救助が来るか、もしかしたら一生救助なんて来ないかもしれない」

「いや今日中には来てくれると思うけど……」

「取り敢えず衣食住をどうにかしましょう。人間が生きていく上で必要なその三つの要素が整っているのなら、私達はまだ生きられる」

「西園さん!?」

 斎藤の声が届かない程、西園の心は野性に取り憑かれていた。

 西園は早速生きる為に必要なライフラインを探し出す。

 窓側に設置されていた水道台の蛇口に手を掛けて、水が通っている事を確認する。

「よし、水はあるね。良かった。これで一安心っと」

 第一関門を越え、ホッとした様に表情を緩めると、次に必要なものを探す。

「さて、後は……」

 西園は辺りを見渡して、とある棚に手を伸ばした。

 しゃがんで無断で棚の中身を漁る西園に、斎藤は冷や冷やしながら西園の奇行を眺めている。

 お目当てのものがあったのか、西園は笑顔でそれを取り出した。

「あった食糧! 茄子の種! これで食料が手に入ったよ!」

「いや育てるの!?」

 これには思わず斎藤も黙っていられず、口を挟んでしまう。

「どれだけ先見越してるの!? 茄子実る前に僕達助かるから! てかどうやって育てるの!? 土も支柱も何も無いよ!?」

 斎藤の訴えは西園の心にも響いたのか、西園は少し考えた様子で独り言を呟く。

「確かに。即戦力になる食料が欲しいわね。出来れば力の源になるタンパク質の豊富な食料……」

「いやそうじゃなくて」

 斎藤の心配はどうやら違う方向に捕えられたらしい。

 西園は再び食料を求めて、部屋の中を見回していく。

 すると、妙に目を奪われてしまった。

 小さな世界で悠々と生きている、鮮やかな程真っ赤なその生き物に――。

「……金魚食べましょ」

「金魚!?」

 思いがけない食料候補に、斎藤も黙っていられない。

「えっ、ちょっと待って! 金魚食べるの!?」

「斎藤君、今は非常事態なの。金魚には悪いけど、私達の命には代えられないでしょ?」

「そこまで追い詰められてないよ! そもそもどうやって食べるの!?」

「そうねぇ……。アルコールランプで炙りとか出来ないかしら?」

「どんな生物実験!?」

 ドダンッ!

「えっ!?」

 二人の会話に割って入る様に、何かが動いた様な物音が耳に飛び込んできた。

 おかげで斎藤は腰を抜かしそうになっている。

「いっ、今の音って……?」

 今にも泣きだしそうな顔の斎藤に、西園は冷静に部屋を観察していた。

「……金魚が生命の危機を感じて暴れたんじゃない?」

「金魚が!?」

「ほら、なんか水面をピョーンって」

「今の音そんな音だった!? もっと荒々しい音だった気がするんだけど!」

「別に何だっていいじゃない。今はそんな事よりもっと大事な問題があるでしょ?」

 幼稚なサバイバル計画よりは大事な問題ではないだろうか。

 斎藤はそう思ったが、何も言えずに不安な目で西園を見つめる。

「んーこの季節夜とか冷え込むから毛布みたいなのがあれば良いんだけど……、あっ、これとかは?」

「それ多分ただのテーブルクロスだよ」

 言葉を返す斎藤の声もとてもひ弱なものになる。

 正直斎藤の心身はボロボロだった。

 ただでさえ密閉空間に閉じ込められただけで心がやつれているのに、西園の相手をする事で更に擦り減らされていった。

「さて、何とか生きていけると解ったところで……」

 そんな斎藤に、西園は知らん顔で話を進める。

「私達の文明をどうしよっか……」

「文明!?」

 随分と突飛な言葉を上げた西園に、斎藤の疲れも吹っ飛んだ。

「えっ、文明!? 何で文明が出てくるの!?」

「何でって、私達は閉じ込められてるんだよ? このままここに閉じ込められてたら、私達が文明を築くしかないじゃん」

「話が壮大すぎるよ!」

「題して生物準備室文明かな?」

「文明っぽさが全然ないよ!」

 斎藤が大声で返すも、西園のいつになく真面目な顔つきには届いていないようだ。

 西園は顎に右手を添えて考える。

「となると、子孫を繁栄させないと……」

「………」

 さっきまで実に乱暴だった斎藤の声が、ピタリとやむ。

 自分の声しか聞こえなくなったにも関わらず、西園は自分の世界を広げていく。

「私達だけで文明を作るんじゃ、いつか限界が来るわ。私達がいなくなった後にも引き継いでくれる子孫がいないと。じゃあやっぱり、茄子の食料は必要だね」

 西園の言葉も最早半分以上聞き取れなかった。

 何とも言えない表情に変わった斎藤に、西園が薄らと微笑んだ。

「丁度男と女、二人で良かったね」

「!」

 西園が近づいてくるのが分かる。

 しかし今この状態で西園に目を向ける事なんて出来なかった。

 自分が人に見せられない顔をしている事は、鏡を見るまでもなく解っていたのだから。

「だっ、ダメだよ!」

 手の届く範囲に近寄っていた西園を、斎藤が両手で止める。

 肩を掴まれた西園はそこで終着点を迎えた。

「西園さん! 悪ふざけがすぎるよ!? そっ、そういう事は! もっ、もっと、そういう関係の男の人と女の人がする事で……」

 そう語る斎藤の目を固く閉まっており、耳は真っ赤に染め上っている。

 そんな斎藤がどこか可愛く見えてしまった。

 西園はやれやれと息を吐いて、掴まれていた肩から斎藤の手をそっと放す。

「大丈夫、冗談だよ。私もこんなところでそんな事したくないもん」

 暴走モードの解除された西園に、斎藤は深い溜息を吐いた。

 その息に今まで何とか体を保っていた生気も一緒に出ていき、体が空っぽになってしまったように感じる。

 心拍も落ち着いたからか、徐々に考える力も戻ってきた。

 ――……どこからが冗談なんだ?

 食料や文明について語っている西園が真剣そのものに見えて、斎藤は疑惑の目を向ける。

「ごめんね。斎藤君からかうのが楽しくってさ」

 どれだけ観察しても、どこからが冗談なのかは謎のままになりそうだ。

「ハカセ君とか千尋ちゃんも面白いんだけど、やっぱり斎藤君が一番だね」

 西園の謝罪に反省の色は全く見えない。

 きっとこれからも同じように斎藤は振り回されるのだろう。

 そんな解りやすい未来を予想して、斎藤は憂鬱になるどころか笑いが込み上げてきた。

「アハハッ」

 突然笑い出した斎藤に、西園が首を傾げる。

「あぁごめん」

 西園から不思議な目を向けられている事に気付いて、斎藤がそう謝った。

 笑った理由に関しては、斎藤もよく解らなかった。


「西園さんが楽しいなら、僕も楽しいよ」


 ただそれだけは確かだった。

 西園が楽しそうに笑う姿を見て、疲れとか迷いとか全部どこかへ行ってしまった。

 きっと楽しいとは、そういう事なのだろう。

 斎藤の言葉に西園は少し呆気に取られて我を忘れている。

「……ほんとにごめんね」

「? いや良いって」

 重ねて伝えられた謝罪に違和感を覚えながら、斎藤は言葉を返す。

 西園はというと斎藤を通り過ぎて、後ろの扉の方へと歩いていった。

「あっ、それにしてもどうしよう! このままじゃ閉じ込められたままだった! 先生は帰ってきてくれると思うけど……、あっ! 窓開けて大きな声で助け求めれば」

 ガラガラッ、

「えっ?」

 何かが開いた音がして、斎藤は振り返る。


 そこには西園と、全開に開かれた引き戸が目に飛び込んできた。


「このドアはね、ちょっと上に押し上げながら開けるのがコツなんだよ」

 こちらに目を向けてそっと微笑んだ西園は、そのまま生物準備室を後にした。

 状況が呑み込めず、一人で教室に残る斎藤。

 じわじわと現実が体を蝕んでいき、気付いた時には今日一番の唸り声を上げていた。

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 急いで生物準備室を飛び出し、先を歩く西園に追いつく。

「ねぇ! どっ、どういう事!?」

「ん? どういう事ってどういう事?」

「あのドアの開け方知ってたの!? じゃあ何で最初から開けなかったの!?」

「えー何でだろー」

 斎藤の必死に尋ねてくる質問に、西園は全て曖昧に答えた。

 その表情は随分と楽しそうである。


 二人が無事脱出に成功し、誰もいなくなった生物準備室。

 人ひとりいない筈のその部屋で、自由を手に入れたというように段ボールが暴れ出した。

「あぁ! 足つった!」

「お前本当静かにしろよな! バレるかと思ったじゃねぇか!」

 段ボールの中から出てきたのは博士と千尋。

 博士の叱りも聞こえない程、千尋は右足の激痛に悶絶している。

「ていうかあの人、俺らからかうの面白いとか言ってたよな? 本当どうかしてる」

 当の本人がいない事を良い事に、博士は愚痴を溢す。

「……しっかし、やっぱ怖ぇよあの先輩」

 先輩達が出て行った引き戸に目を向けて、博士はそう呟いた。

 視線を落とすと、そこには女子が書いたであろう丸みを帯びた文字がひたすら並んだ数枚の紙が持たれていた。


「ほとんど台本通りに進んでいきやがるんだから」


 きっとこの紙の正体を、あの気弱な部長が気付く事は生涯無いだろう。

……どういうこと?ww

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


以上、斎藤と西園が生物実験室に閉じ込められちゃう回、完結になりました。

が! 最後全然意味解んないですよねww

大丈夫です、解んなくて大丈夫ですww

まぁ取り敢えず二人何とか脱出できて良かったねー、ぐらいに思ってくれれば十分ですww


ラブコメでは定番の密室パターンなのですが、果たしてこの二人がその状況に陥ったらどうなるだろうと。

断言できるのは、昼ドラの様な展開はないという事。

自然に展開を妄想したら、案外簡単に西園のサバイバル計画が出てきたんだと思います。

そっからはどうやって生物準備室で生き抜くかを追求しただけですww

ラブコメのテンプレパターンの中で良い具合に暴走できて、個人的には満足な密室回でした。


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!


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