【092不思議】underplot
授業を終え、部活やら下校やらで閑散とした校舎の廊下。
不規則に床を鳴らす靴の音が聞こえてくる。
「いやー、日直でもないのに手伝ってもらって悪いねー」
白髪白衣という白に染められた老人の教師が、後ろから聞こえる足音に振り向いた。
「いえ、どうせ暇ですから」
後ろにいたのはそう答えた斎藤と、隣を歩く西園。
二人の腕には大量に積まれたノートが抱えられている。
この状況から察するに、どうやら先生にノートの運搬を頼まれたのだろう。
「いやいや、君達受験生だろ? それにまだ部活にも顔を出してるみたいじゃないか。後輩想いでいいねぇ。今日も部室に寄るんだろ?」
「……どうせ暇ですから」
「君達の部活は一体何をしとるんだ?」
後ろめたい気持ちがあるのか、斎藤は先生から目を逸らしていた。
代わって口を開いたのは西園である。
「そんな事より、先生腰の容態は大丈夫なんですか?」
「お?」
生徒からの心配の声に、先生は嬉しそうに顔の皺を更に増やした。
「おー大丈夫だ! 私はまだまだ元気だよ! 君達には心配も迷惑もかけてすまないねぇ」
「いえいえ、無理はなさらないでくださいね」
先生のやる気に満ちた活力を、西園は笑顔でそう宥めた。
「しっかし、君達のように素晴らしいカップルがいると、私も嬉しいねぇ」
「「!」」
突然先生の口から放たれた言葉に、二人は一瞬動く足を止めた。
あまりの衝撃に口をパクパク動かしていただけだった斎藤が、落ち着かないまま訂正を入れる。
「ちっ、違いますよ! ぼっ、僕達はっ、カップルとか、そんなんじゃなくてっ、たっ、ただのお友達で!」
「ん? 違うのかい? 何だい。随分仲が良いみたいだから、てっきりそういうものなんだと」
何とか誤解は解けたようで、斎藤は両手が塞がったままで深呼吸する。
そんな斎藤の慌てた挙動を、西園は静かに眺めていた。
先生の衝撃発言に一瞬心を乱してしまったが、気付けば目的地に辿り着いていたようだ。
「おー、着いたぞ」
斎藤は下がっていた視線を上に上げる。
教室に掲げられた名前は『生物準備室』。
先生の担当教科である生物の実験や授業の準備をする教室ではあるが、簡単に言ってしまえばこの先生の私室である。
先生は慣れた手付きで教室の引き戸を開ける。
中は少し埃が舞っており、変に呼吸をすると気管支がやられてしまいそうだ。
顕微鏡や人体模型など生物らしい教材も置かれている。
あまり見慣れない教室に目を配りながら、二人は重かったノートの山を机に置く。
「それじゃあ、そのノートをそっちの棚に並べてくれんか? 私は職員室で別の仕事をしてるから」
「はい、大丈夫です」
「何か解らない事があったら、遠慮なく聞きに来なさい」
皺が横に広がったその笑顔は、見ている人を簡単に安らかにする。
そのまま先生はこちらに背を向けて、引き戸に手を掛けた。
「……あっ、そうそう」
言い忘れていた事があったのか、先生は扉の直前でこちらに目を向ける。
「この扉、少し調子が悪くてねぇ。閉めると立て付けが悪くてなかなか開かないんだ。開けるのにはコツがいるから、くれぐれも中から閉めないように」
「はい」
先生の注意に、斎藤は素直にそう答えた。
それと引き換えに西園は純粋に疑問に思ったところがあったのか、先生に質問をした。
「扉直さないんですか?」
「直すさ。ただ最近壊れちゃったから」
「誰かが壊したんですか? 全く、最近の高校生は乱暴で嫌になっちゃいますね」
「君も最近の高校生じゃないか」とは斎藤も思ったが、実際問題斎藤もたまに同じ事を思うので、それは胸の中に仕舞っておく。
西園としてはただの世間話のつもりだったのだが、先生は随分と罰の悪そうな顔をした。
「……そのぅ、君らのとこのもう一人の受験生だ」
「多々羅!?」
まさかの犯人に斎藤は堪らず声を荒げた。
これは仕事が終わった後に一回叱らないといけないみたいだ。
斎藤が心の中でそう決めると、先生は時計を見てそろそろ動き出す。
「それでは、頼んだよ」
そう言って引き戸にかけた手を引く寸前で、時は止まった。
「………」
「………」
「………」
音一つ無い生物実験室から、息の音すら聞こえなくなる。
それぐらい一瞬で、心臓が止まるとさえ思えた瞬間だった。
先生は引き戸にかけていた手を後頭部に持っていき、誤魔化すように笑顔を見せる。
「いやぁ、危ない危ない」
「ほんとにやめてくださいよ!?」
「それじゃあのぉ」
顔を真っ青に染めた斎藤を置いて、先生は逃げるように出て行った。
開けられた引き戸からは、先生の曲がった背中が確認できる。
乱れた心拍数を戻す為に斎藤は溜息を吐く。
心身ともに疲弊した様子の斎藤と代わって、西園はどこか楽しそうに笑いを零した。
段ボール等雑多な物で溢れた二人きりの教室を、西園が見回す。
「……私達の他に、誰か隠れてたりしてね」
「こっ、怖い事言わないでよ!」
「ふふっ、冗談よ。ほら、さっさと終わらせましょ」
冗談めいた西園の合図に、二人は先生に与えられた仕事を開始した。
西園は先程持っていたノートで既に仕事を始めており、斎藤も西園より少し多いノートの山を棚に置いていく。
「この調子ならすぐ終わりそうね」
「そうだね」
会話も時折このようなものを挟む程度。
頼まれた仕事を正確に済ませる為、斎藤の目は真剣で彼の真面目な性格が出ているようだ。
「……私達、カップルに見えるのかな?」
突如斎藤の持っていたノート達が宙に舞った。
宙を舞ったノート達は床に不時着し、斎藤本人も尻を床に転がしている。
視界の隅でそんな派手な転倒をしているにも関わらず、西園が驚愕の表情をする事は無かった。
「ちょっと、しっかりしてよ」
「ごめん……」
西園の発言にその通りだと、斎藤はすぐに体勢を直して散らばったノートをまとめる。
少し紙が崩れていたりしたので、これは後で謝った方が良いかもしれない。
そんな斎藤の凝り固まった頭を解すように、西園の攻撃は続く。
「それで、どうなのかな?」
「……どうだろ」
何とか心を落ち着かせた斎藤は、自分の思った通りの言葉を吐く。
「正直僕達を客観的に見た事ないし、見れる訳ないんだから解んないよ」
「……そうね」
斎藤の答えは正当性的に満点だ。
しかし西園の望んでいる解答は、こんな理屈で固められた答えなんかじゃなかった。
「……ねぇ斎藤君」
「?」
話しかけられた斎藤は、今度は何が来るのかと意を決して質問を待つ。
西園の放った質問は斎藤の予想を軽く上回った。
「女の子が告白される時に重視する三つのポイントって何か分かる?」
「告白!?」
「まぁ私調べなんだけど」
「西園さんの独断と偏見!?」
どこからそんなキーワードが出てくる話題になったのか、頭を働かしてみても見つからない。
混乱する斎藤を余所に、西園は西園調べの三つのポイントを語っていく。
「一つは告白のシチュエーション。場所はどこなのか、時間はいつなのか。告白なんだし、ロマンチックなところがいいよね。放課後の校舎裏とかが定番かしら。明朝の漁港とか絶対ダメだよ?」
斎藤のツッコミ待ちなのかもしれないが、斎藤にそんな心の余裕はない。
西園はそのまま二つ目のポイントへと着手した。
「二つ目は告白自体の内容よね。どれだけ舞台が良くても、告白がダメだったら胸に響かない。『僕の心は恋愛中、君の心がアイウォンチュー』とか言われたら正直反吐が出るわ」
「何その独特な告白!?」
どうやら心にゆとりが出来たそうで、斎藤はそう声を出した。
「そして三つ目」
尚も西園はマイペースに持論を語る。
「告白の相手」
ようやく声を出せるようになった斎藤だったが、その一言で再び喉が詰まる。
斎藤の心境の変化を肌で感じながら、西園は口を滑らしていく。
「どれだけシチュエーションが良くても、どれだけ告白の言葉が素敵でも、相手が好きでも何でもない人だったら不快なだけだわ。それなら告白されない方が良い」
斎藤は動けなかった。
もしかしてこれは自分について言われているのだろうか。
遠回しに振られているのだろうか。
どれだけ考えても想像の域は超えないままで、体は鉄の様に硬直してしまう。
そんな斎藤が抱えていたノートの山を西園は奪い取った。
残り少しだったノートは簡単に棚の中に片付けられ、先生に頼まれた仕事はあっさりと完結する。
「よし、仕事終了」
西園は達成感の籠った息と一緒にそう言葉を零した。
「……さて、どうする?」
「?」
虚ろになっていた斎藤だったが、西園の意味の曖昧な言葉に首を傾げる。
西園はそんな斎藤に解りやすいように、淡々と口を開いた。
「一つ目、生物準備室ってのはちょっぴりどうなのかなと思うけど、放課後だし、夕日はこんなに綺麗だし、学校の教室って事で大分甘めに合格」
窓から差し込む夕日を見て、西園はそう語っていった。
彼女の発言が一体何を意味するのか、流石の斎藤も何となく感じた。
「二つ目、これに関してはどうかなー。まぁでも、きっと変わった変化球はしてこないだろうし、これは後からじっくり採点しようかな」
「でっ、でも!」
西園の言葉の全ての意図を汲んだ斎藤は、思わずそう声を上げた。
彼女が何をしたいのかは解らない。
しかし、どうしても訊かなくてはいけない事があった。
「三つ目は……、三つ目は! どう頑張っても……」
「何言ってるの?」
俯いた斎藤の表情に、西園がそう断言する。
「三つ目は、斎藤君もうとっくに合格してるじゃん」
「……………………え?」
その言葉がどういう意味なのか、解っていない訳ではない。
ただ上手く自分の中で変換されないだけであり、上手く咀嚼できていないだけである。
「西園さん……、それって……」
西園に言葉の真意を確認しようとした、その刹那である。
バタンッ!
「ひっ!」
急に耳に飛び込んできた衝撃音に、斎藤は情けなく肩を揺らす。
目を向けてみれば生物準備室の引き戸が綺麗に締まっている。
「!」
数分前に言っていた先生の言葉を思い出して、斎藤は引き戸の真ん前まで駆け寄った。
扉に手を掛け、力いっぱいに扉を開けようとする。
しかし生物準備室の扉は開く気配すら見せなかった。
「……閉じ込められた、みたい?」
後方で立ち尽くす西園に、斎藤は振り返ってその事実だけを伝えた。
窓の外はまだ明るかったが、斎藤の目の前に降り立った未来が急激に真っ暗になるのを感じた。
ラブコメならお約束の展開です。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
いつからこの話を思いついたのでしょうか。
それぐらい前からこの話の案自体は頭にあって、というかラブコメなら避けては通れない案だと思います。
何でメインカップルにしなかったは覚えていませんが、よくよく考えれば花子ちゃんなら幽体化で脱出できるし丁度良かったですねww
今回はそれの前段階と言いましょうか。
この回を書く時は前後編に分けると決めていたので、オチに閉じ込められた事を持ってきて、あとは勝手にやった感じです。
なんかオチ丸分かりだったと思うんですがww
まぁこの回は次回が大事だと思うので、次回どうなるのかお楽しみに!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




