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【089不思議】我の名は。

 昼休み終了のチャイムを間近に控えた三年生の校舎。

 受験までのタイムリミットという現実から目を背ける様に、三年生達は余暇を楽しんでいた。

 中庭での昼食を終えた博士達は、三年生の校舎を通って自分達の教室を目指していく。

「だからぁ! 好きな超人は誰だって訊いてんだよ!」

 すぐ隣に発せられたとは思えない声量に、博士は顔を顰める。

「だから、その超人ってなんだよ」

「超人は超人だよ!」

 乃良がどれだけ博士にそう言い聞かせても、話が展開する気配は無い。

 意味の伝わる事の無さそうな博士に、乃良は仕方なく口を開いた。

「キン肉スグル改めキン肉マンに出てくる好きな超人は誰だって訊いてんだよ!」

「知らねぇよ!」

 思いがけない作品名に、博士は三年生の校舎などお構いなしに叫んだ。

「キン肉マンなんて知らねぇっつーの! 大体キン肉スグルって誰だよ!」

「キン肉マンの本名だろうが!」

「あれ本名とかあったのか!?」

 博士の心の叫びもさて置いて、乃良はその作品についてどっぷりと浸っていく。

「俺はまず定番のロビンマスクだろ? それにテリーマン、ウォーズマン、ブロッケンJr。あとアニメ版だとリキシマンて名前に変わってたけどウルフマンとか」

「お前詳しすぎねぇか!?」

 初めて見た乃良の一面に、博士は驚きを隠せない様子だ。

 乃良はくるりと視線を後ろに返して、背後についてきていた花子に声をかける。

「花子は誰が好きだ!?」

「いやお前、花子が分かる訳ねぇだろ」

 二人の声は届いているのか、花子はぼーっと明後日の方向を見つめる。

 花子の頭の中では、依然何が働いているのかサッパリ解らない。

 数秒のラグの後、花子はぽろりと声を漏らした。

「……ラーメンマン」

「知ってんのかよ!」

「ハカセに似てるから」

「よく解んねぇけど全然納得いかねぇ!」

 絶え間なく流れる衝撃の数々に、博士も一つ一つの処理に追いついていないようだ。

「何でお前らそんなキン肉マンに詳しいんだよ!」

「そら花子には俺のキン肉マン愛を余す事無く注ぎ込んでるからな」

「お前そんなにキン肉マン好きだったのか!?」

「漫画もアニメもリアルタイムで観てたし、キン消しも集めてたからな!」

「にしてもなんでそんな覚えてんだよ!」

「これが文系の実力だ!」

 三年生の校舎の真ん中で、一年生二人が堂々とそんな会話をしながら通っていた。

 すると目の前に、ふと知った影がある事に気付く。

「!」

 最初に気付いたのは乃良で、乃良は思わず足を止めた。

「ん? どうした?」

 博士もつられて足を止め、前に目を向けてみると、その影は博士も知っている影だった。

 言うならばこの学校中、全員が知っている有名人だ。

 向こうもこちらに気付いたようで、二人と目が合ってしまう。

 乃良は気さくに話しかける様に、彼に右手を上げた。

「生徒か……」

 彼を呼ぼうとして、乃良は喉の動きを止める。

 人違いなどでは無かったが、その呼び方は少し問題があるという事に気付いたのだ。

「……い長じゃねぇのか」

「まぁ、もう引退したしな」

 そう、彼こそは紛れもない生徒会長だった。

 しかしそれは約一ヶ月前の事で、引退した彼に生徒会長の肩書きは無い。

 そんな彼に『生徒会長』と声をかけるのは、どこか間違いなのではないかと思い立ったのである。

「じゃあ前生徒会長?」

「なんかそれは失礼じゃねぇか?」

「故生徒会長?」

「それ死んでんじゃねぇか! 目の前にいるだろうが!」

「いや俺らの後ろに故人いるんだけどさ」

 二人の声を潜めた会話に、後ろの花子だけでなく目の前の彼もきょとんとしている。

 彼の視線を感じながら、二人は更に小声で会議を進めた。

「普通に苗字とかで呼べばいいんじゃねぇか?」

「あぁ苗字ね? 苗字……」

 二人の間から音が消え、周囲の音がより一層五月蠅く聞こえた。

「あれ? あの先輩の苗字なんだっけ?」

「いや、いつも生徒会長って呼んでたから全然覚えてない」

「井上? 高橋? ダメだ、全然覚えてない」

「お前さっきの記憶力どこにやったんだよ!」

「花子! 先輩の苗字覚えてない!?」

「……田所?」

「あっ! そんな感じ! なんかよく解んないけどそんな感じだった気がする!」

 一年生達がそう会議をする中、当の本人はずっと彼らを待ち続けていた。

 会議はどうやら順調に進行し、一つの答えに辿り着いたようである。

 一年生を代表して乃良が本人の前に立ちはだかり、そう堂々と先輩の名前を呼んだ。

田子池(たごいけ)先輩!」

「山崎だ!」

 考え抜いた答えは不正解に終わり、一年生代表は悔しそうな表情を見せた。

「あー山崎かー! 惜しい!」

「惜しくないだろ! 一文字も掠ってないぞ!?」

「でも先輩田子池っぽいっすよ」

「なんだ田子池っぽいって!」

 正直な感想を語る一年生達に、山崎は怒りを露わにする。

 そんな山崎の感情を察する事無く、乃良は立て続けに口を開いていく。

「じゃあ先輩の事なんて呼びましょうか!?」

「はぁ!?」

 予測できない後輩達の言動に、山崎は言葉を返すのに精一杯である。

「普通に山崎先輩でいいじゃないか!」

「いやそれじゃ面白くないじゃないですか! もうちょっと遊び心を持って呼ばないと!」

「先輩呼ぶのに遊び心なんていらないだろ!」

 山崎の正論も最早乃良の耳には届かず、乃良は必死で呼び名を考えていく。

「んーザキヤマ先輩とか?」

「僕はヤマ()キではなくヤマ()キだ! 気を付けろ!」

「正直どっちでも良くないですか?」

「何を言い出すんだ貴様は!」

 尊敬の意を知らない一年生達に、山崎の怒りはドンドンと蓄積されていった。

 呼び名に悩んでいた乃良だったが、名案が浮かんだと顔を弾かせ、それを山崎に提案する。

「山ちゃん先輩!」

「山ちゃん先輩!?」

 唐突にそう呼ばれた山崎は、そう復唱する事しか出来なかった。

「そう! 良くないですか山ちゃん先輩!」

「何がどうなって良いと思ったんだ! 良くないに決まってるだろ!」

「いや異論は認めません! 先輩は山ちゃん先輩です!」

「認めろ! じゃあなんで一回良いかどうか訊いたんだ!」

 どれだけ言葉を乱暴に返しても、オカ研の一年生達に振り回されるばかり。

 一向に山ちゃん先輩コールが収まる気配は無かった。

 そんな最早事件の渦中に、とある生徒が一同の姿に気付いて中へと入ってくる。

「あれ? 皆どうしてここにいるの? ここ三年生の校舎だよ? 山崎君も」

 オカルト研究部部長、斎藤優介である。

「さいとぅー先輩!」

「皆大丈夫? そろそろ授業始まると思うけど」

「えっ? あっ、ほんとだ。すみません、次の授業があるんで失礼します」

「さいとぅー先輩また部室でー! 山ちゃん先輩も!」

「黙れ!」

「ほら花子、行くぞ」

 斎藤の言葉に急かされ、一年生達はそそくさと自分達の教室へ帰っていった。

 台風一過の様に静かに感じた廊下で、山崎は深い溜息を吐く。

 疲弊し切った山崎とは変わって、斎藤は随分と上機嫌な様子だった。

「いつの間に仲良くなったんだね」

「はぁ?」

「! ごっ、ごめんなさい……」

 良かれと思って話しかけたのに、不機嫌極まりなさそうな山崎に、斎藤は少し涙目になった。

 傍から見ていたら仲が良さそうに見えたが、違ったのだろうか。

 取り敢えずこの事には触れないでおいた方が良さそうだ。

 斎藤がそう考えていると、山崎がぽろりと百八十度話題を転回させる。

「……あれから上手くやってるか?」

「?」

 一体何の事を言っているのだろうか。

 言葉足らずな山崎の文章を必死に考えてみるも、答えはなかなか浮かばない。

 しかしとあるタイミングでピンと来た。

 そういえば山崎と真面に顔を合わせたのは生徒会長最後の日、西園も一緒だった生徒会最後の日以来だ。

「!」

 となれば山崎が何について言っているかも明白である。

「いっ、いやっ、そのぅ……」

 途端に歯切れの悪くなった斎藤の様子に、山崎は不審に思う。

 しかし斎藤より察しの良い山崎は、すぐに斎藤の様子の理由を把握した。

「まさか……、お前まだ告白していないのか!?」

「ひゃぁぁぁ! ごめんなさい!」

 怯えているのか、照れているのか、斎藤は真っ赤になった顔を手で覆い隠した。

 自分に背を向けた斎藤に、山崎は愕然とする。

 弱々しい男だとは思っていたが、あの状況でここまで度胸の無い男だとは思わなかった。

「お前……」

「言わないで! これにはちゃんとした理由があって!」

 そうは言うものの、斎藤の姿には多少なりの後悔があるのは感じ取れた。

 ここは斎藤を信じて深く追及しない事にする。

「……いつかは告白するんだろうな?」

「する、するよ! いつかは……、だから待ってて!」

 ――待ってるのは僕ではなく西園だろうが。

 そう心の中で呟いたが、それを口外に出す訳にはいかず、寸でのところで思いとどまった。

 校舎にチャイムが鳴り響く。

 時間的に考えると、次の授業の予鈴だろう。

「さて、ではそろそろ行くか」

「あっ、待って!」

 唐突にそう呼び止められ、山崎はどうしたのかと振り返る。

 未だ顔の火照りが冷めきっていない斎藤は、何とかして声を振り絞ろうとしている。

「そのぅ……、今度部室に来ない?」

「!」

 突然の誘いに、山崎は驚きを隠す事が出来なかった。

「その! 部室には西園さんもいるし、今日一年の子達とも仲良く話してたみたいだし」

「仲良くなんてしてない!」

「それに、僕自身もっと山崎君と話してみたいし……」

 照れながらの斎藤の声に、山崎は怒鳴るのをやめた。

 以前はここまで話し合うような仲じゃなかった。

 しかし何をどう間違えて、こんな恋敵だった相手に誘われるような仲になってしまったのだろう。

「……機会があればな」

 山崎はそう言って、自分の教室へと戻っていった。

 斎藤の満面の笑顔を見られなかったが、斎藤も山崎の照れ臭い表情は見られなかった。


●○●○●○●


 後日、オカルト研究部部室。

「あっ、山ちゃん先輩!」

「ほんとだ! 山ちゃん先輩!」

「山ちゃん!」

「山ちゃん先輩」

「山崎先輩」

「いらっしゃい、山ちゃん」

「失礼した!」

「えっ、ちょっ、山崎君!?」

 その日以降、山崎がオカルト研究部をお邪魔する事は無くなった。

生徒か……、山ちゃん先輩久々登場です。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


西園編でも書きましたが、生徒会長というポジションは西園編の為だけに生まれたポジションでした。

よって西園編を書き終えた今、生徒会長はもう用済み。

というのも少し可哀想なので、蛇足回みたいな感じで今回が生まれました。


山崎をメインで書くにあたってどんな回かなーと考えた結果、何故か呼び名を考える回に。

実際役職を引退した人の呼び方って、結構悩みますよね。

僕も高校時代一応部長をしていたのですが、引退した後どう呼ぼう、どう呼ばれようと考えたものです。

現実でよく見る日常をコメディチックに描けたような気がします。


山崎これから登場するかな……?

それはちょっと解んないですけど、彼の事を忘れないでもらえると嬉しいですww


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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