【088不思議】ヴェンとローラ
アウトレットに夜の風が吹き抜ける。
しっかりとコートを羽織っている筈なのだが、容赦のない秋風が体を凍らせていった。
幽霊なのにも関わらず寒さを感じたのは、きっと一人しかいないからだろう。
「………」
星空の下、ヴェンは動けずにベンチに座っていた。
その表情は通り過ぎていく人々とは正反対に、重く暗い。
一人だけ別次元に取り残されてしまったみたいだ。
「どうすんだよこれ」
遠くで観察していた博士は、他の部員にそう呼びかける。
他の部員達が明確な解決策など持っている筈は無く、口々に声を上げていく。
「どうするって言われても……」
「知るか!」
「何とかしろよ! この計画の言いだしっぺアンタだろうが!」
「お前も乗り気だっただろ! こんな事になるなんて予想できなかったっつーの!」
ここでどれだけ言い争っても、事が良い方向に動く事は無い。
「……私、ローラさんの方見てくるね。心配だし」
「私も!」
言い出した西園につられて千尋、無言だったが花子も動き出した。
向かっている先は、トイレに行くと席を立ったローラが歩いていった方向である。
当事者の為に動き出した女子達を見て、男子達は一度気を引き締める。
「……俺らは引き続きヴェンの方見てるか」
「了解」
そう言って、男子達は目の前のヴェンをじっと見守る事にした。
●○●○●○●
アウトレットの通路にハイヒールが地面を叩く音が軽快に鳴り響く。
その音に道行く人々が振り向く程だ。
ハイヒールを鳴らすローラは、そのままトイレへと向かっていく。
ローラの表情はお世辞にも気分が良いとは言えなかった。
――マズいな……。
別に用を足したくてトイレに向かっている訳じゃない。
あのままヴェンと一緒にいるのが気まずかった、それも勿論あるが理由はそれだけじゃなかった。
――大分割れてきた……。
ローラは息を荒らしながら、薄着の裾から見える肌を必死で隠す。
その肌は変色して、ところどころヒビが入っていた。
人魚というのは水中でも(ローラの場合溺れるが)地上でも生活が可能で、尾びれを変形すれば歩き回る事さえ出来る。
しかし人魚は元々水中で生活する生き物だ。
長時間水に触れていなければ、その肌は乾燥し、ヒビ割れてしまう。
デートの時間くらいなら大丈夫と読んでいたが、今日は湿度が低く、風も吹いていていつも以上に乾燥してしまったらしい。
早く体を濡らさなければ、ヒビ割れが一生モノの傷になってしまう。
下手すれば命さえ落としかねない。
――くそっ、トイレはどっちだ!?
慣れないアウトレットの地図に、焦りもあってローラは苛立ちを隠せない。
取り敢えずヒールを鳴らし続けたが、その音もピタリと止んだ。
「ねぇお姉さん、もしかして一人?」
「ちょっと俺らと遊ばない?」
「楽しい事しよーよー!」
ローラの目の前に立ちはだかったのは男三人組。
どう考えても、世間一般的にナンパと言われるものだった。
いつもなら適当にあしらって逃げるローラだったが、生憎そんな体力も心の余裕も無い。
何も出来ず、ローラは眉間に皺を寄せた。
――くそっ!
●○●○●○●
ヴェンを見守り続けるオカルト研究部の男子部員達。
かれこれ何分か見ているが、未だにヴェンが動く気配は無い。
「……なぁこれいる?」
不意に零した博士の言葉に、他の部員達は激昂した。
「お前よくこの状況でそんな事言えるな!」
「どういう状況か解ってんのか!?」
「いやだって、幽霊一人監視するのにこんな人数いらねぇだろ。つー事で俺帰るわ」
「帰んな!」
「あっ! 動き出したよ!」
言い合っていた中で斎藤の声が聞こえて、一斉に視線をヴェンの方へ戻す。
確かにヴェンはベンチから立ち上がり、どこかへと向かっているようだ。
「本当だ」
「どこ向かってるんだ?」
「ローラを追いかけてる訳じゃないみたいだけど」
帰ろうとしていた博士も、釘付けになって幽霊の観察を再開させる。
確かにゆっくりと歩くその足取りは、とてもローラを追いかけているようには見えない。
ヴェンが辿り着いたのは自動販売機だった。
「自販機?」
「喉でも乾いたのかな?」
「まぁあの状況じゃあ喉くらい乾くか」
案の定、ヴェンは自動販売機に小銭を入れ、天然水のペットボトルを購入する。
「買った」
「水買ったな」
「その実況必要ある?」
斎藤の細かな指摘も、他の部員達が気にする事は無い。
ヴェンはそのまま自動販売機の前を後にする。
と思われたが、寸でのところでヴェンの足の動きが止まった。
「ん?」
「何してんだあの人」
無言で表情もあまり読めない中、ヴェンの行動に一同は不思議だと首を傾げる。
するとヴェンは踵を直し、もう一度自動販売機で天然水を購入した。
「また水買った」
「どんだけ喉乾いてたんだよ」
こちらの声にヴェンが反応する筈もなく、ヴェンはそのまま落ちてきたペットボトルを拾い上げた。
ヴェンはじっとそのペットボトルを見つめる。
その瞬間、ヴェンは一目散にその場から走り出した。
「「「「「!」」」」」
突然の出来事にオカ研部員達は状況に付いていけていない様子である。
「えっ、どうしたいきなり!?」
「どこ行った!?」
「とっ、取り敢えず後追いかけよ!」
「はい!」
ヴェンが完全に視界から消える前に、何とかしてオカ研部員達も後を追う。
天然水を両手に掴んで駆け抜けるヴェンの表情は、どこか焦っている様だった。
●○●○●○●
ローラは未だ男三人に捕まり、トイレに到達できていなかった。
「ねぇ、一緒に行こうよー」
「絶対楽しいから!」
「すまん、ちょっと急いでるから……」
「大丈夫! ほんのちょっとで終わるから!」
どれだけローラが断っても、こんな調子で何度もしつこく絡んでくる。
こうしている間にもローラの肌の乾燥は悪化していた。
明らかに三対一で囲まれているにも関わらず、道行く人々は触らぬ神に祟りなしと通り過ぎていく。
そんな場の悪いローラに、何とか西園達が追いついた。
「いた!」
ここに走ってくるまでに息が乱れて、女子達は肩で息をしている。
何とか顔を上げて、男に囲まれているローラを確認した。
「うわっ! ローラさんナンパされてるじゃないですか! 流石! じゃなかった! 早く助けに行かないと!」
千尋は後先考えないまま、ローラのもとへ急ぐ。
その間にもローラは男達に迫られていた。
「なぁ! すぐに終わるって言ってんだろ!」
「キャア!」
男の手が、抑えていたローラの腕をグッと掴む。
「ローラさん!」
「待って千尋ちゃん!」
激昂して男を蹴散らそうと思っていた千尋を西園が止める。
どうしてかと西園を問い質そうとした瞬間、張りのある声がアウトレット中に響き渡った。
「待て!」
千尋もローラも男達も、その場にいた全員がそちらに目を向ける。
そこには先程までベンチに座っていたヴェンがいた。
男達に向けるその目付きは、ヴェンとは思えない程に鋭かった。
「彼女から手を離せ」
いつもとは違う、妙に耳に響く声でヴェンがそう男達に忠告する。
「ヴェンさん……」
「おっ、止まったぞ!」
「あっ、ローラもいる!」
後を追いかけていた男子達も合流し、ここにオカ研メンバーが集合した。
ヴェンはローラのもとへ歩いていき、男の手を離す。
「あぁ? お前彼氏かぁ?」
男の明らかな挑発的な態度にも、ヴェンは聞く耳を持たなかった。
いつの間にか男三人に囲まれ、更に他の人々からの視線も集めていたが、ヴェンが気にする素振りは無い。
ただじっとローラだけを見ていた。
「お前が彼氏かどうか知らねぇけどな」
ヴェンはローラの無事を確認すると、手にしたペットボトルの一つを開ける。
「今俺達はその子と一緒に遊ぶ約束してんの」
そのまま開けた状態のペットボトルを頭上に持っていき、
「彼氏さんは関係無いから引っ込んでてもら」
逆さまにされたペットボトルから、透き通った天然水がローラの髪に降り注いだ。
時間が止まった。
先程まで憎まれ口を叩いていた男達も、今じゃあんぐりと口を開けるだけである。
他の人々も、オカ研部員達でさえも、事の状況が読めていなかった。
ペットボトルが空になると、ローラは濡れた自分に目を向ける。
水分は体に吸収され、ヒビ割れていた肌もどんどん修復されていくのが解った。
ローラは顔を上げ、ヴェンに向かってそっと微笑んだ。
「ありがと。助かった」
『!』
その感謝の言葉が、他の人々を更に驚きの淵に叩き落とした。
「なっ、なんだお前ら!」
「どういう神経してんだよ!」
「おっ、お前なんかと誰が一緒に遊ぶか! お前ら行くぞ!」
男達は段々恐怖を感じ始め、そのまま逃げるようにしてその場を離れていった。
他の人々は逃げるなんて事は無く、物珍しそうに視線を向けている。
「……ちょっと場所変えようか」
そう言ってヴェンはローラの濡れた手を引いて、夜の闇へと連れて行った。
●○●○●○●
人気の無い、夜のアウトレットのベンチ。
そこにローラを座らせて、何とか落ち着かせる事にした。
「大丈夫? 一応もう一本水あるけど」
「大丈夫だ」
ローラの顔色がさっきよりも良くなっている事に気付いて、ヴェンは一安心して自分もベンチに腰掛ける。
遠くから人々の声が聞こえる。
それが何だかこちらの静寂を強調しているようで、静かな夜が漂っていた。
「……さっきはごめんなさい」
「?」
突然ヴェンに謝られて、ローラは首を傾げた。
「寧ろ助かったのだが」
「そうじゃなくて。その前の……」
そこまで言われて、ローラも思い出した。
そもそもの原因は、ローラがヴェンにあんな質問をした事だった。
「……あぁ」
ローラは苦笑すると、思い出して少し寂しくなる。
「……僕、ローラさんの事嫌いじゃないよ」
そう言われて、ローラは顔を上げた。
そこには言葉に詰まりながらも、何とか伝えようとするヴェンが映る。
「確かに女嫌いになったのはローラさんが原因だけど、ローラさんといて楽しくない事は無いし……、ちょっと怖いけど、嫌いじゃないよ」
ヴェンはローラに目を向け、真っ直ぐな瞳で告げた。
「ローラさんは、大切な人だから」
恥ずかしがる事無く言ったヴェンに、ローラは拍子の抜けた顔をした。
するとヴェンはハッと慌てた顔をして、すぐに言葉を付け足す。
「あっ、勿論タタラ君もノラ君も大切だよ!? 七不思議の皆、それにオカ研の皆も僕の大切な人だから! こうでも言っとかないと後で皆に怒られちゃう!」
皆の顔を思い出して身を震えさせるヴェンに、さっきまでの逞しさは無かった。
しかしそれが何だかおかしくて、ローラは笑みを零す。
「……そうだな」
ローラはそう一言漏らすと、ふと席を立つ。
「……しかしな、ヴェン」
「?」
どうしたのかと、ヴェンはローラの顔を見上げる。
「お前、あんなところで水ぶっかける必要は無かったんじゃねぇか? ちょっと私連れてって、人目の無いとこでかけりゃ良かっただろ。なんであんな大勢のとこでかけたんだ? あぁ?」
「!」
そこに映ったローラの表情は、鬼の形相だった。
「おかげで色んな人間に恥ずかしいとこ見られちまったじゃねぇか。どう責任取ってくれんだテメェ」
「ごっ、ごめんなさいぃぃぃ!」
ちょっと冗談のつもりでからかったのだが、それでもヴェンには効果絶大だった。
夜のアウトレットにローラの笑みとヴェンの悲鳴が滲んだ。
●○●○●○●
翌日、放課後の音楽室。
昨日一日でトラウマが刻まれてしまったヴェンは、その場でシクシク項垂れていた。
それを遠巻きで眺めているオカ研部員達の表情は皆それぞれだ。
「おーい! 女嫌いは克服できたかー!? またローラとデートするかー!?」
「二度としない!」
多々羅の提案も、食い気味で却下が入る。
声を荒げたと思うと、また涙を溢れさせたの繰り返し。
たった一日でヴェンの恐怖が癒される事は無く、それから数日、ヴェンは恐怖のあまりピアノが弾けなかったという。
ヴェン&ローラ編、完結です!
ということでヴェン&ローラ編完結致しました!
この二人をメインに書こうと考えた時、最初に浮かんだビジョンはヴェンがローラの為に全力で走るシーンです。
どうしてヴェンは走っているのか?
どうしてローラはヴェンを待っているのか?
そういうところから肉付けしていき、ヴェン&ローラ編が完成したというような感じです。
そういう訳でヴェン&ローラ編一番の名シーン、ローラに水ぶっしゃーが誕生したのです。
人魚のヒビ割れ自体はこの回の為の後付け設定なんですが、良いシーンが出来たし辻褄も合うし、結果オーライですww
ヴェンの女嫌いも結局治らず! 残念!
それでもきっと、ヴェンやローラにとって何かが変わったデートだったかなと思います。
これからも二人のオカしな関係性を楽しんでいただけると嬉しいです!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




