【087不思議】人外外出デート
週末、昼下がりの日曜日。
風の吹き荒れるアウトレットの通路には、有象無象の人々が週末のバカンスをこれでもかと楽しんでいた。
その中にはカップルの姿も多い。
全ての人に共通点があるとするなら、どの表情も一様に輝いていた。
たった一つの表情を除いて。
「………」
アウトレットの柱に凭れ、人々を恐ろしい目で観察する。
そのオレンジ色をした髪の毛は、紛れもなくヴェンのものだった。
ヴェンの表情は死んだように真っ青である。
実際問題死んでいるのだが。
――全く……、何でこんな事になっちゃったんだ……。
現実に怯みながら、どうして自分が今ここにいるのかを思い出していく。
●○●○●○●
「つー訳で、今度の日曜さっき言ったアウトレットに集合な」
「ちょっ、ちょっと! 勝手に決めないでよ!」
「五月蠅ぇ、四の五の言うな」
「お前来なかったらキャバクラに二十四時間監禁するからな」
「やめて! それ体に続いて心が死んじゃうから!」
●○●○●○●
なんとも酷い回想を思い出したと、ヴェンは少し後悔した。
結局同じ七不思議仲間の二人に脅迫され、この場所に集合してしまった訳である。
――あぁ……、女の人いっぱいいるよ……。
ヴェンは目に臆病の色を入れて、辺りを見渡した。
そこにはブランドの鞄を引っさげたたくさんの女子達がアウトレットを満喫している。
顔立ちの良いヴェンは通り過ぎる女子の視線を集め、その視線が更にヴェンを苦しめた。
女子がいる事なんて当然である。
しかしヴェンにとっては、女子がいる為に外出を避けていたのに、いきなりこんな場所に放り出されて堪ったものではない。
恐怖から硬直してしまい、震える事すら出来なかった。
――まぁでも、女嫌いを治す為にしてくれてるんだもんね……。
方法は若干、大分強引にしても、それはヴェンを思っての事。
それはヴェンも痛いくらいに感じていた。
だからどれだけ怖くて嫌でも、オカ研部員の思いを無下にする事は出来なかった。
――……にしても、相手役って誰なのかな?
本日多々羅達から聞かされたのは、デート。
結局集合時間と集合場所しか聞かされておらず、相手が誰なのかすらもヴェンは知らなかった。
――妥当なとこでいくと西園さん? 石神さん? 花子ちゃんだと随分気が楽なんだけど……。
「おぅ、ヴェン」
その声をヴェンは知っていた。
しかし本能的にその声を避けており、ヴェンは振り返るまで声の正体に気付かなかった。
その声が自分の天敵である事に。
「待たせたな」
そこにいたのは秋にも関わらず肌の露出の多い服を着た、二本足のローラだった。
「ローラ……、さん……」
「しかし今日ちょっと風強いなぁ。こんなんならもっと厚着にすれば良かった」
――助けてぇぇぇぇぇぇぇ!
そのSOSは声にならず、ヴェンは心の奥で必死に救難信号を出した。
二人が何とか邂逅に成功したのを、勿論彼らは傍から見ていた。
「アハハハッ! 見ろよあのヴェンの顔!」
「すっげぇ顔してんぞ!」
「多々羅……、加藤君……」
想像を絶する表情を見せるヴェンに、多々羅と乃良は腹が壊れる程笑っていた。
日曜日の昼間に関わらず、オカ研メンバーはそこに揃って集合していた。
斎藤はいつまでも笑いを止める事無い二人にそっと溜息を吐く。
「全く、本当にヴェンさんの女嫌い治すつもりなの?」
「当たり前だろうが!」
「説得力無いなぁ……」
断言する多々羅をどこか斎藤は信じられなかった。
「しかし、よく今日は何の文句も言わずに来たよね。ハカセ」
「ん?」
突然千尋から話を振られて、博士は少し反応に遅れる。
「……まぁ、双方とも人外の研究対象だからな。人外同士が休日どのようにして、どういう生活を過ごすのか、少しでも存在の証明材料になれればと」
「こんなんだけど一応デートを実験みたいな言い方するな」
千尋に注意されるも、博士が手にしたメモを離す事は無かった。
「あっ、どこか行くみたいだよ!」
それぞれが無駄話に夢中になっていると、西園がそう声を上げた。
確かにそこにはどこかに行きそうな二人の姿が見える。
「よし、それじゃあ行くぞ。行きたい場所があるんだ」
「えっ、ちょっ、ちょっと待って!」
「待っていられる時間なんてあるか! 急いでいくぞ!」
耳を澄ませばそんな声も聞こえてくる。
結局ヴェンはローラに引っ張られていく形で、アウトレットの人混みを掻き分けていった。
「俺達も行くぞ」
多々羅の合図でオカ研部員達も至極当然の様に、二人の尾行を始めた。
●○●○●○●
「!」
連れて来られたのはレディースのブランド店だった。
そこにはトップスやスカート、ヒールやアクセサリーに至るまで女子のお洒落が全て詰まっている様だった。
そして、そこを蠢くのは勿論女子。
ヴェンの体から無い血の気が消えていくのが分かる。
「ぼっ、僕、外で待ってるね……」
「バカ、デートだろ。ちょっとくらい付き合え」
店の外へと逃げようとしたヴェンの腕を、ローラががっちりと掴んだ。
こうなってしまってはもう逃げられない。
ヴェンは何とかローラの許しを乞う為に声を荒げる。
「むっ、無理だよ! こんなにたくさん女の人がいる中で! 僕耐えられない!」
「別に女なんて怖い生き物じゃないだろ。私だって女だし」
――ローラさんが一番怖いよ!
「ほら行くぞ」
ヴェンの必死の訴えも口外へ出す事は出来ず、そのままヴェンは掴まれた腕を引っ張られた。
丁寧に畳まれた服達をローラは品定めしていく。
「んー、やはりどれも可愛いなぁ。どれを買おうか迷ってしまう」
ローラの声も聞こえない程、ヴェンの精神はやられてしまっていた。
辺りを囲むのは無数の女子、更に目の前には天敵のローラが身を捕縛している。
頭の中も朦朧としていた。
「おいヴェン」
その声も何とか辛うじて聞こえて、ヴェンはローラに目を向ける。
「こっちの服とこっちの服、どっちが似合う?」
デートで何とも有りがちなシチュエーションだ。
ローラの右手には主張の激しい黄色のトップス、左手には大人しい青色のトップスがそれぞれ握られている。
しかし正直、ヴェンの目にはどちらも映っていなかった。
「……どっちも似合うよ?」
「そんな事は解ってんだよ」
「ひぃ!」
がん飛ばしてきたローラに、ヴェンはどうも出来ずに身を怯ませた。
「この二つならどっちの方が似合うかって訊いてんだよ。今から試着するから、良かった方教えろよ」
「うん……」
ヴェンの頼りない返答を聞いたところで、ローラは試着室の中へと入っていった。
中でごそごそと音が聞こえる。
そんな音に注意できる程、ヴェンの心は安定していなかった。
数分後、試着室のカーテンは勢いよく開かれ、黄色のトップスを来たローラが現れる。
「どうだ!」
「いいんじゃない?」
「こっち見ろよ!」
確実に床に向けられていた視線を、ローラが襟元掴んで無理矢理上へと上げた。
「お前何こっち見ずに適当な事言ってんだよ! 褒めときゃご機嫌取れるとでも思ってんのか!? 女舐めんじゃねぇぞゴルァ!」
「ごっ、ごめんなさい……」
不満を洗いざらいぶちまけたローラに、ヴェンは為す術無く体を揺らされていた。
店内で暴走するローラを止めようと店員も寄ってくる。
「……これ女嫌い悪化しねぇか?」
「……さぁ」
遠くで観察していたオカ研部員達は、取り敢えず赤の他人のフリをする事にした。
●○●○●○●
何とかお気に召した買い物を済んだローラは、そのままアウトレットを歩いていた。
さっきまでの怒りは忘れたようで、どこか鼻歌交じりである。
隣には一気に痩せたようなヴェンも、飼い犬の様に後を付いてきている。
「さて、次はどうしようかなっと……」
ローラは辺りを見回しながらそう言うと、ふと足が止まった。
「……ヴェン」
「はい?」
急に足が止まったローラに、どうしたのかとヴェンが視線を向ける。
そこにあったのはゲームセンターだった。
大人から子供まで、老若男女が昔懐かし最先端のゲームに心を躍らせている。
その中で更に二人の目を惹いたのはリズムゲームだった。
そのリズムゲームはまるで鍵盤の様なタッチパネルに手を当ててリズムを奏でるらしい。
「……お前、あーいうのでも出来るのか?」
「さぁ、どうだろう。やった事ないから……」
ゲームセンター独特の五月蠅い音楽が聞こえてくる。
数秒それに耳を傾けていると、不意にローラが口を開いた。
「お前やれ」
「えぇ!?」
突然の命令にヴェンは身を強張らせた。
「いやいやいやいや! 本当に分かんないから! あれ見た目鍵盤だけど構造的に全然違うし! そもそもやり方分かんないし! 自信なんて無いから!」
「別にそんなのどうでもいいんだよ。良いからやれ」
「えぇ!?」
ヴェンの弁明もローラが強引に弾き返し、結局ヴェンの弁明は却下された。
ローラはゲームセンターの中を堂々と入っていき、ヴェンを連れて歩いていく。
丁度前の伴奏者が終わっていたようで、ゲーム機の前は空席だった。
「ほら、やれ」
脅迫紛いのローラの声に、ヴェンも諦めるしかなかった。
硬貨を一枚投下し、機械チックな鍵盤で曲を選択する。
「あっ、ベートーヴェンあるんだ」
自称する名前と同じものを見つけ、ヴェンは迷わずその曲を選曲した。
例えゲームだろうと、ヴェンは音楽を敬愛し集中する。
手をそっと鍵盤に当てて、突如画面に現れたバーに合わせて、ヴェンは演奏を始めた。
瞬間、あんなに五月蠅かったゲームセンターから音が消えた様だった。
全員が流れるように旋律を奏でるヴェンに目を奪われ、気付けば一同口が開いてしまっている。
視線を集めているとも知らず、ヴェンはそのまま自分の思うままの演奏をする。
曲が終わり、画面に映ったのは『フルスコア』の文字だった。
「おぉぉぉ! すげぇぇぇぇぇぇぇ!」
集中が途切れたヴェンの耳にいきなり聞こえてきた声に、ヴェンは体を弾かせた。
辺りはヴェンの演奏に興奮状態である。
「あの人! ベートーヴェンの『悲愴』、難易度エキスパートでフルスコア叩き出しやがった!」
「このゲーム最難関だぞ!」
「どんだけやり込んでんだよ!」
「すいません! 握手良いですか! ていうか一緒に写真撮ってもらって良いですか!?」
「えっ? えぇっと、えっ?」
周囲のテンションのボルテージに付いていけず、ヴェンは混乱していた。
結局ヴェンは記念撮影をしてあげたが、それが心霊写真だという事を、写真を撮った彼は気付かないだろう。
●○●○●○●
空もすっかり暗くなってきており、肌寒い夜風がより一層強く吹いた。
外を歩く女子の帽子が吹き飛ばされるくらいである。
そんな風も気にならないくらい、ヴェンはベンチに項垂れていた。
ふと深い溜息が零れてしまう。
今日一日、とてつもなく疲労してしまった。
ただでさえ外出が久し振りなのに、ローラを筆頭にした女子達に為されるがままに振り回された。
もう疲れて声も出ない。
「ハハッ、大分疲れたようだな」
目を向けると、遠くからローラがこちらに歩み寄っていた。
左手にはたくさん袋を携えており、右手には買ってきたソフトクリームを手にしている。
ローラがヴェンのすぐ隣に腰を下ろすと、ヴェンは体を逆方向にずらした。
「「………」」
反射的だった。
別に意識的にやった事ではない。
それくらいヴェンの中で女性に対する苦手意識が根付いてしまっているという事だった。
「……そんなに女が嫌いか?」
「………」
何も言い返せなかった。
何を言っても体が正直に動いているし、何よりローラの言っている事は真実だった。
それまでは。
「……私が嫌いか?」
「!」
「それは違う」という言葉が何故か出なかった。
心ではそう言えるのに、声に出そうとすると何だか喉が詰まってしまった。
「……そうだよな。私のせいで女を嫌いになったんだ。私を嫌うのも仕方ない」
「違っ」
「ちょっと手を洗ってくる。ここで待っててくれ」
「ローラさん!」
ヴェンの声も届かないまま、ローラはベンチを立ってその場を離れてしまった。
生前の女たらしの経験が告げている。
ローラは別に、手を洗いたくて席を立った訳ではないと。
ただ、今のヴェンにローラを追いかける気力も無く、ヴェンはただベンチに座っているだけであった。
「……これマズくね?」
影から見守っていたオカ研部員達が二人を心配する中、夜は刻一刻と迫ってきていた。
人間じゃない二人のデートです。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
という事でヴェンの女嫌い克服という名目のデートが始まりました。
ヴェンとローラのデートという事で、今回はどんなデートプランにしようかと頭を悩ませました。
デートらしいデートになったのかは不明ですが、二人らしさを考えてのこの感じなので後悔はありません。
そして当然の様に尾行するオカ研部員達ww
なんか覗き見が定番化してくるなんて嫌な部活ですねww
さて本編は大分嫌な方向へと進んでしまっているようですが、どうなるでしょうか?
ヴェンの女嫌いは治るのか!?
次回、ヴェン&ローラ編完結でございます!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




