【086不思議】男勝りと女嫌い
日が沈むのも早くなり、すっかり夜更けに落ちていった音楽室。
そのクラシックな雰囲気からは、ピアノの旋律でも聞こえてきそうだ。
とある男の断末魔さえなければ。
「もう酷いよ! 僕の出番何話振り!? 夏休み以降全然出てこなかったよ!? もうかれこれ四十話も出てなかったんだよ!? 時間軸で言ったら三ヶ月出てなかったんだよ!?」
音楽室の伴奏者こと、幽霊のヴェンである。
「このタイトル『逢魔ヶ刻高校のちょっとオカしな七不思議』だよね!? 僕七不思議なんですけど! 全然出てないよ! タイトル詐欺だよこれ!」
「そろそろ黙ってください」
「あぁ神よ! これは僕に対する天罰だというのか! 僕が何をやったっていうんだ! 愛に誓って僕は君が傷つくような事をしていないというのに!」
無様に両目から大量の涙を溢れさせながら、ヴェンは床に転がっている。
そんな哀れなヴェンを部員達は遠巻きに眺めていた。
その中の一人の乃良が、ヴェンに向かって声をかける。
「いや、ヴェン俺の回想ん時に出てたじゃん」
「回想じゃん! ほんのちょっとしか出てないじゃん!」
「こりゃ相当傷深いな」
嘆くように訴えかけるヴェンに、博士の目は大層冷ややかだった。
「まぁ良いじゃねぇか。こうやって久々に登場できたんだし」
多々羅の言葉に落ち着いたのか、溢れていた涙が止んでいく。
袖で目元を擦ると、ヴェンは音楽室にやって来た部員達がいつもより少ない事に気付いた。
「あれ、今日は女の子達がいないね」
そう、そこにはオカ研部員の男子メンバーしか揃っていなかった。
ようやく気付いたヴェンに多々羅が答える。
「あぁ、女子達は別の用でな。今日は野郎達しかいねぇんだ」
「あぁ! 今日はなんて美しい日なんだろう! この日をなんと呼ぼうか! この星空を、なんと名付けようか! よし! 何か一曲弾こう!」
「うわぁ、気持ち悪……」
天敵がいない事に気付き高揚するヴェンに、博士は顔を歪ませた。
博士の悪口も耳に届かず、ヴェンはそのまま鍵盤へと指を当てていく。
その直前で、ふと疑問が頭を過った。
「……どうして今日は女の子達いないの?」
ヴェンの質問に、一同は口を閉じる。
男子達を代表して、部長である斎藤がそっと口を開いた。
「……それは」
●○●○●○●
「ぶごっぐへっばこふっだふぁっびごっおっおぼれぶっ」
真夜中のプールに、一つの浮輪が投げ出された。
水の中でもがき苦しんでいたローラは、近くに投げられた浮輪に必死で捕まる。
ローラは息も耐え耐えに、プールサイドに救出された。
「……毎回大変ですね」
一部始終を眺めていた千尋は、気付けばそう呟いていた。
プールサイドにはオカ研部員の女子メンバーが集結しており、一同ローラに目を向けている。
「……おぅ、久し振り」
「お久し振りです!」
何とか声になった挨拶に、千尋が元気よく返した。
すぐさま浮かんだ疑問と共に、千尋はローラに話題を持ち込む。
「でも、確かローラさん下半身も人の姿になれるんですよね? 私見た事ないけど。どうして水中で暮らしてるんですか?」
それは博士達から夏合宿に聞いた事だった。
ずっと引っかかっていた疑問だったのだが、ローラは口を歪めた。
「あ? 人魚なんだから水中で暮らすのは当然だろ」
――でもカナヅチじゃないですか……。
と心の中で思ったが、口にしたら刺身にされそうなので、何とか踏みとどまる。
言い淀んでいる千尋に、ローラは再び口を開いた。
「まぁ人魚だからって理由が大部分だが、私達人魚はそう長い事陸上にいられないんだ。居続けると肌が乾燥して、ヒビ割れたりするからな。だから水中で暮らさなきゃいけないってのも理由の一つだ」
「成程! 究極の乾燥肌って訳ですね!」
「そういう事だ」
随分と納得した様子の千尋だったが、西園は二人のやり取りに苦笑いを浮かべる。
するとローラもようやくプールサイドに女子しかいない事に気付いた。
「ん? ところで男共の姿が見当たらないんだが……」
「あぁ、男子達ならヴェンさんのところに行ってますよ」
西園が事情を説明すると、ローラは懐かしんだ目でヴェンを思い浮かべる。
「あぁ、ヴェンか……」
随分と昔の話を思い出しながら。
●○●○●○●
「……成程、ローラさんのところにいるのか」
音楽室にはヴェンが奏でる美しい旋律が響いていた。
その音楽からは自分の魅力に溺れたヴェンは全く想像できず、耳が安らぐのを感じる。
しかしローラという言葉に、ヴェンは心を揺さぶられていた。
「そっ……、そっか……。成程ねぇ……」
「ヴェンさん、指震えてますよ」
動揺が曲に表れており、先程と同一の人物が弾いているとは思えなかった。
ヴェンはピアノから手を離し、演奏を中断させる。
名前を聞いただけにも関わらず、ヴェンの顔色は一段と悪くなっていた。
幽霊の顔色に良いも悪いも無いとは思うが。
それでも顔の色が劇的に変化したように見える程、ローラはヴェンにとってトラウマとして深く刻まれているのだろう。
「……ヴェンさんが女嫌いになったのって、ローラさんが原因なんですよね?」
「? そうだけど」
突然尋ねてきた博士に、ヴェンは首を傾げる。
そのまま博士は以前から抱いていた疑問をヴェンに質問した。
「一体何があったんですか?」
「!」
これでもかと言わんばかりに、ヴェンの表情が更に悪化する。
群青色のペンキを顔面に塗りつけたようだ。
「……聞きたい?」
「はい。特に興味は無いですが、幽霊の研究に少しでも役立つ可能性があるのなら」
ド直球に訊いてくる博士に少し傷つきながら、ヴェンは考え込む。
数秒悩んだ末、ヴェンは静かに口を開いた。
「……それはね、僕がこの学校に来たばっかりの時……」
その声からは当時のヴェンの恐怖が伝わってくるようだった。
●○●○●○●
約五十年前、逢魔ヶ刻高校、ヴェンはそこにいた。
悲惨な死を遂げてからまだ数ヶ月経ったばかり、言うなれば新人幽霊である。
どういう経緯でこの学校に来たのかはよく覚えていない。
しかしどういう訳か、ドイツ生まれの色男が島国の高校に足を踏み入れていたのだ。
この学校の新しい七不思議として。
真夜中の学校を七不思議の多々羅に一通り紹介された。
おかっぱ頭の少女に会うと、紅茶のお誘いを試みたものの無表情で断られてしまった。
音楽室には大好きなピアノもあり、ヴェンは随分とこの学校を気に入っていた。
そして次に連れて来られたのは――。
「ここはプールかい?」
「そうだ、ここにはもう一人七不思議がいるんだ」
多々羅はそう言ってプールの方へ声を投げる。
「おーい! ローラ! 新人だ! 顔出せー!」
名前を呼んだ方向には、誰かがいる気配など微塵も感じなかった。
一体誰を呼んだのかとヴェンが疑っていると、急にプールから泡が立ち始める。
その泡は一気に勢いを増し、先程まで感じなかった影が水面から顔を出した。
「ぶがっばがっごべぶっぶひったったすっがひっ」
溺れ死にそうなローラとの初対面である。
多々羅が浮輪を投げ、ローラがそれに捕まり救出されるというお決まりの登場を終わらせ、ローラはプールサイドに打ち上げられた。
髪は水に滴り、肩は呼吸を落ち着かせようと必死である。
そんなローラに、ヴェンは目を奪われていた。
「こいつがプールの人魚ことローラだ。ローラ、こいつは」
「美しい……」
「は?」
多々羅の声を遮って吐かれたその言葉に、多々羅は思わず音を零した。
しかし今のヴェンは多々羅など眼中に無い。
ヴェンは本能のままにローラに近付き、その細い指を手に取った。
「美しい! なんて美しいんだ! ここまで綺麗な女性を僕は見た事が無い! 完全に一目惚れだ! これは運命に違いない! ローラ! 僕と結婚しよう! 僕達はきっと、一つになる為に生まれたんだ!」
堰を切ったように溢れた口説き文句に、多々羅は固まっていた。
ヴェンの瞳に迷いなど見当たらない。
真っ直ぐにローラを見て、解りきっている答えを待ち望んでいた。
しかし――。
「……おい」
「ん?」
彼は知らなかった。
「自己紹介も無しにいきなりプロポーズだぁ?」
このローラという女性は、今までヴェンが出逢ってきた女性とは丸っきり違うと。
「お前自分が何様だと思ってんだ? 何だ? 男はそんなに偉いのか? お前の運命なんざ知ったこっちゃねぇが、こっちの運命まで勝手に決めんな。お前みたいなくそつまんねぇ男と結婚どころか誰が付き合うか。今すぐ捌かれたくなかったら、とっととその面見せんな」
硬直。
身体も、思考も、時間さえも固まってしまった様だった。
誰かを口説けば女性は簡単に釣り上がる。
断られる時もあったが、時間と愛をかければ振り向かない女性なんて一人もいなかった。
生まれて初めてだった。
いや、死んで初めてだった。
女子に暴言というものを吐かれたのは。
硬直していた何もかもが動き出し、頭はぐちゃぐちゃ、額からは大量の汗が出てきた。
「…………うわっ」
彼の死因ですら、それは女性からの愛故の殺意だった。
しかし今向けられているのは、本物の殺意。
それが死んだ時の何倍もの恐怖に襲われるとは、ゆめゆめ思わなかった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ヴェンはフラフラな足でプールサイドを全力で駆け出した。
「プールサイドで走るな!」とローラが注意したが、その時には既にヴェンの背中は見つからなかった。
あれ程気に入っていた学校が、たった一人の影響で恐怖の場所へと変わってしまった。
何とか逃げ出そうと多々羅に懇願したが、どうやらこの学校から出る事は出来ないらしい。
こうして音楽室の伴奏者、女嫌いのヴェンがここに改めて生まれたという。
●○●○●○●
「なんて事もあったなぁ……」
――女嫌いの理由しょうもねぇぇぇぇ!
プールサイドでローラからヴェンとの初対面のエピソードを聞いた千尋は、心の底からそう叫んだ。
――えっ、そんなしょうもない理由のせいで私達避けられてんの!? 全然納得いかないんだけど!
「全く、私はとうの昔に許してるというのに、あいつはネチネチ引っ張りよって……」
千尋の心の叫びには気付かず、ローラはそう独り言を零す。
ローラもヴェンの女嫌いにはホトホト困っているようだ。
「ローラさんは、ヴェンさんの事嫌いじゃないですよね?」
「私はねちっこい男は嫌いだ」
「嫌いなの!?」
何とか仲直りさせようとした千尋の期待を裏切り、千尋は顔を弾かせる。
「……いや、嫌いな訳ないだろ。同じ七不思議の仲間だ。普通に顔合わして話くらいしたい」
心を一転させて、ローラがそう呟いた。
そのローラの表情が、どこか儚いように見えたのは気のせいだろうか。
「……じゃあ」
西園がそう持ち出した提案に、ローラは首を傾げた。
●○●○●○●
一方、音楽室。
「情けなっ」
「全部自業自得じゃないですか」
「いつ聞いてもくそみたいな話だな」
「俺その場にいたけど、その時のヴェンの逃げ様見事に無様だったぞ」
「もう死んだ方が良いんじゃ……、いや死んでんのか」
「もうやめて! これ以上僕を傷つけないで!」
オカ研部員達からの総攻撃に、ヴェンの心のHPは残り僅かにまで減っていた。
床に倒れて嘆くヴェンに、何とか斎藤が助け舟を出す。
「えーっと、ヴェンさんは女嫌い治したいと思ってる?」
斎藤の言葉にヴェンがピクリと反応する。
「……治したいに、決まってるじゃんか」
ヴェンは心を振り絞る様にして、何とか声を出していく。
「西園さん達オカ研の女の子達には酷い事しちゃってるし、ローラさんも全然悪くない。全部僕が悪いんだ。こんな自分勝手でみんなに迷惑かけてるのに……、治したいに決まってるじゃんか!」
それは正真正銘、ヴェンの本音だった。
涙ながらに語られた言葉に、部員達はただ黙ってヴェンを見つめている。
その中で一人、多々羅だけが倒れ込むヴェンのもとへと歩いていった。
「……じゃあさ、ヴェン」
●○●○●○●
その提案というのは、西園と全く一緒のものだった。
それが完全な偶然である筈もなく、二人の笑顔の奥には入念な思惑が隠されていた。
「「デートし」ようぜ!」「ましょう」
その一言から、作戦は実行された。
とうとう七不思議にスポットライトが!
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
ヴェンも作中で言ってますが、この作品はいかにも七不思議がメインくさい題名のくせに七不思議がなかなか出ません。
それは元々七不思議メインのつもりが気付けばオカ研メインになってたという裏事情があります。
しかしこのままではオカ研に所属してない七不思議が可哀想だ!
ということでヴェン、そしてローラをメインにした回を書こうと決めました。
今回はヴェンとローラの初対面を主軸に書きました。
以前書こうとして色々の事情でカットされちゃいましたからね。
ということで今回改めて書きなおしたんですけど……、いやぁヴェン、クズですねぇww
と、こんな感じで始まったヴェン&ローラ編!
次回から本格開始です!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




