【085不思議】逢魔ヶ刻高校のちょっとオカしなオカルト研究部部室
何の変色も無い、全く変わらない放課後サイクルを送る部室。
不意に大声を撒き散らしたのは、平常通り奇怪な行動を取っている多々羅だった。
「見える! 見えるぞー!」
また鬱陶しいのが始まったと思いながら、博士は声のした方角へ目を向ける。
そこには竹輪の穴を右目に押しつけている先輩の姿があった。
「何やってんすか」
「見て分かんねぇか! 竹輪の穴覗いてんだよ!」
「何やってんすか。ていうか何で竹輪持ってんすか」
博士の当然の反応にも、多々羅は構わず自分の世界に入り込んでしまっている。
ふと竹輪の先を博士の方へと向けた。
「むっ! ハカセ!」
「何だよ」
竹輪越しに多々羅と目が合った博士は、眉間に皺を寄せる。
多々羅は竹輪から目を離すと、冗談めいた様子も無く淡々とそう口を開いた。
「お前今日階段で転ぶぞ」
「何の話だ」
訳が分からない話の展開に、多々羅は事の素性を謳い上げた。
「だぁーかぁーらぁー! 竹輪越しにお前を見たら階段から落ちるお前の姿が見えたの! 竹輪を覗いたら未来が見えるのは常識だろ!?」
「そんな常識クソ喰らえ」
どうせそんな事だろうと思っていた博士は、呆れた様に多々羅から目を逸らす。
「そうなんですか!?」
代わりに爛々と目を輝かせた千尋が、多々羅の傍へとやって来た。
「ちょっと! 私の未来も見てください!」
「おぅ! 任しとけ!」
千尋からの要望通りに、多々羅は竹輪の穴から千尋の未来を覗き見る。
竹輪の穴を真剣に覗く先輩を目の前に、千尋は期待の気持ちでいっぱいだった。
しかし多々羅の表情は、どうも宜しくない。
どんな未来だったのか、多々羅は竹輪から目を離し、見たままの未来を口にした。
「千尋……、お前今日の下校中百人の坊主に追いかけ回されるぞ」
「えぇ!?」
衝撃の未来に、千尋は一気に顔を青ざめさせる。
「何で!? 何でですか!?」
「分かんねぇ。ただそこら中の坊主が一斉にお前に向かって走っている未来が見えた」
「私何かした!? ちょっと怖い! ハカセ! 今日送ってって!」
「一人で帰れ」
涙目になって博士に救いを乞う姿に、竹輪から見えた未来を疑う素振りはどこにもない。
藁にも縋る思いで、千尋は多々羅に助けを求めた。
「どこから襲われるんですか!? せめて安全な帰り道を教えてください!」
しかし多々羅はもう千尋に目など向けていなかった。
多々羅の目は、この部室をぐるりと回っていた。
「……なんかおかしくねぇか?」
「話逸らさないでください!」
「いやそうじゃなくて」
急にふざけたテンションから真剣な顔つきになった多々羅に、他の部員も辺りを見回す。
これといって何の変哲もない、いつもの部室。
ただそこに、何と言っていいか解らない違和感が確かにあった。
「……言われてみれば」
言われなければ解らない程度だ。
多々羅は手にしていた竹輪に噛みつくと、口を開けたまま咀嚼する。
「なーんか、変な感じするよな」
「その竹輪食うのかよ」
「当たり前だろ。竹輪は食い物だぞ。食い物を粗末にするな」
「食い物で遊ぶなよ」
そんな会話を繰り広げながらも、一同は部室を見渡してみた。
違和感に気付いたものの、肝心のその違和感の正体が見当もつかない。
何とも歯痒い感覚が残る。
「誰か掃除でもした?」
「でもこの部室普通に汚ぇぞ」
「もしかして、この世に存在しない筈の霊的な何かがこの部室に!?」
「幽霊ならそこで竹輪食ってんぞ」
「いや、何かがいるっていうより、何かがいないって感じなんだよなぁ……」
どれだけ議論しても答えが出てくる気配は無い。
一同が頭を悩ませていると、傍から眺めていた斎藤が苦い表情で口を開いた。
「……あのぅ」
奥歯に挟まったえのきだけを取る様な言葉を。
「それって、百舌君の事?」
刹那、雷に打たれた様な衝撃が、一同の体を襲う。
いつも同じ部屋で放課後を過ごしていた部活の仲間。
その一人の影も形も、確かに部室のどこを探しても見つからなかった。
「それだ!」
「本当だ! もずっち先輩がいない!」
「今日最初っからいなかったですっけ!? 全然気付かなかった!」
「百舌先輩どこにいるんすか!?」
「どこって……」
追い打ちをかけるように、斎藤は一同に現実を答えていく。
「修学旅行」
「「「「修学旅行!?」」」」
学校行事の中でも最高級なイベントも、今ではただの思いがけない衝撃展開だった。
「あー修学旅行! 成程!」
「そういや去年の今頃俺達も行ったわ修学旅行!」
「何かそんな話もしましたね!」
「今日から何ですか?」
「いや三日前から。今日帰ってくるよ」
「えぇ!?」
「いやみんな酷すぎない!?」
あまりにも百舌に関して無関心すぎた一同に、斎藤も思わず声を荒げた。
「一応言っとくけど前回の時点で百舌君いなかったからね!?」
「嘘!?」
「そうだったんすか!? 元々百舌先輩出番無いから全然気付かなかったわ!」
怒涛の勢いで襲い掛かってきた現実に、一同は息さえ荒らしていた。
何とか呼吸を整えると、落ち着いた口調で話を始める。
「……いやーしかし林太郎が修学旅行でいねぇとはなー、気付かねぇもんだなー」
「いや普通気付くと思うよ。よく今の今まで気付かなかったね」
椅子に深く座った多々羅の言葉に、斎藤は冷たくもそう言葉を返す。
すると多々羅は急に大きな態度で椅子に凭れかかった。
「いや、にしてもあいつ存在感無さすぎだろ。図体だけ無駄にでかい癖に。あいつがもっと存在感あれば、すぐに気付いた筈だ」
「急にもずっち先輩ディスり始めた」
「最低だなこの先輩」
その場にいない人間への悪口に、後輩達は心底多々羅に蔑みの目を向けた。
「ていうかあいつ毎日毎日本読みすぎなんだよ。そんなんだから影薄男なんて俺に呼ばれたりするんだ」
「アンタが呼んでんのかい」
「そんな本ばっかずっと読んで、このままじゃあいつ本と一生を添い遂げる事になるぞ」
「それはそれで幸せそうだけど」
多々羅の小さなぼやきを丁寧に拾っていると、多々羅はいきなり椅子から立ち上がり、仁王立ちを決めた。
「とにかく! あいつが存在感無いのが悪いんだ! 俺は悪くない!」
「いや何開き直ってるの!? どう考えたって多々羅が悪いに決まってるでしょ!」
文句あるかと言わんばかりの多々羅に、斎藤が文句を張り上げた。
その横で、博士は少し物思いに更けていた。
「……修学旅行か」
博士の呟きとは別に、乃良が爛々として斎藤に尋ねかける。
「修学旅行ってどこ行ってるんですか!?」
「京都だよ。金閣寺とか清水寺とか。僕らもそうだったから、多分乃良君達も京都じゃないかな?」
「京都! 良いですねぇ!」
一年後に控えた修学旅行に、乃良は今から待ち遠しそうだった。
「あっ、修学旅行用のパジャマとか買っとかなきゃ!」
「流石に早すぎるだろ」
スタートダッシュの準備に焦る乃良を、博士が何とか食い止める。
そのせいか、乃良の言葉の標準は博士に定まった。
「楽しみだなーハカセ!」
「別に」
博士は素っ気なくそう返すと、修学旅行に対しての持論を吐き散らしていく。
「大体なんでわざわざ勉学ほっぽって遠いとこまで旅行しなきゃいけねぇんだよ。思い出なんかより勉強の方が大事だろ。そもそもお前遊ぶ気満々で言ってるけど、修学旅行だからな? ちゃんと学ぶ為に旅行するんだぞ? まぁ教室で机に向かってる方が随分学べるものがあると思うけど」
「おぉ、いつものハカセ君節……」
「大丈夫! どんな手を使ってでも、俺がハカセと同じ班になるから!」
「余計嫌だわ!」
テンション最高潮で宣言する乃良に、博士は全力で反抗した。
しかし今の博士には、一年後の自分の修学旅行よりも気にかかる事があった。
「……それよりも」
博士は誰にも聞こえないような声で呟き、とある場所に目を向ける。
そこには誰も座っていない椅子が一席。
よく百舌が五月蠅い部室の中、黙ってページを捲っていた席だ。
二年生の教室で過ごしている百舌を、博士は知らない。
それでも教室にいる百舌の姿はある程度想像できた。
そんな想像の中の百舌に、博士は修学旅行を存分に満喫できているとは到底思えなかった。
「? どうかした?」
なんて先輩への心配を口に出せる筈はなく。
「……いや」
博士はそう言って口を閉じた。
不意に見上げた窓越しの空に、百舌も同じ空を見ているのだろうかと思った。
●○●○●○●
週末を挟んだ月曜日。
「おい林太郎! これはどういう意味だ!」
多々羅が机をドンッと耳を塞ぎたくなる程叩くと、例の問題を百舌に詰問した。
「なんで修学旅行のお土産がうまい棒なんだよ! こんなのどこにでも売ってんだろ! せめて地方限定商品とかにしろよ!」
「いや色々諸事情がありまして」
「お前これ絶対お土産買うの忘れて近所の駄菓子屋で買ってきたヤツだろ! お土産買うの忘れんなよ!」
「いやお前もずっち先輩の存在忘れてただろ」
「あんな仕打ちしといてよくあそこまで本気で怒れるな」
真剣な形相で説教する多々羅に、博士と乃良は心底先輩を見下していた。
延々と怒りを吐き続けられる百舌だったが、その表情にはどうも多々羅の言葉を気にしている様子は無い。
ふと隣にいた斎藤が、百舌に話しかける。
「どうだった? 修学旅行」
「……まぁ、良かったと思いますよ。色々同じ班の子に振り回されましたが、古書店で珍しい本も買えましたし」
そう言って百舌は本を手に取り、ページを開く。
本の世界に入っていく百舌を眺めて、博士は先日の想像は杞憂に終わったと悟った。
前髪で表情はよく読めないが、何だか百舌が満足そうにしているように見えた。
「全く! 俺はこんなお土産認めねぇからな!」
「多々羅先輩! うまい棒も未来が見えたりするんですか!?」
「そうだ! 穴の開いてる食い物は全部未来を見通せる! おい林太郎! お前の未来見てやる! むむっ! 見える! 見えるぞー!」
多々羅の五月蠅い声が部室中に反響する中、今度こそ何の変色も無い、いつも通りの放課後がやって来た。
百舌先輩、影薄っ……。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
作中でもなかなか登場しない百舌ですが、それを逆手に取ったネタですね。
実は当初からやりたかった話の一つです。
学生時代のビッグイベント、修学旅行とも絡めるつもりだったので十一月を越えて満を持してのこの回です。
にしても気付かなさすぎでしょみんなww
修学旅行とか校外研修とか小学生の時は苦手でしたけど、高校の時には最高の思い出になりました。
どこを思い出しても楽しかった思い出しかありません!
ハカセ達はどんな修学旅行を体験するのか、は、今はお茶を濁しておきましょうか……。
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




