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【084不思議】先生の夢

 授業を終えて放課後を迎えたオカルト研究部部室。

 その机にはいつもの気の抜けたバカ騒ぎは見当たらず、斎藤と西園が姿勢を正して座っている。

 斎藤の表情には季節外れの汗すら伝っていた。

 二人の対面に座るのは顧問である楠岡。

 楠岡は手にしていた二枚の紙を机に放ると、張り詰めた空気に声を落とした。

「……まぁ、このまま行けばいいんじゃねぇか?」

「ふぅ……」

 楠岡の言葉で、斎藤の口から安心しきった息が漏れる。

 机に投げ出されたのは二人の模試の結果だった。

 その結果には二人の志望する大学の名前と、大きく『A』と書かれている。

「ったく、正直お前らすげぇよ。部活でダラダラしてる癖にサラッと難関私立大学のA判定取りやがって」

「いえ、ちゃんと家で勉強してますから」

「もうちょっと受験地獄で痛い目見ればいいのに」

「なんでそんな事言うんですか!?」

 楠岡の本音が聞こえた気がしたが、本人は知らぬ顔だった。

 遠い目で二人の模試結果を眺めながら、ふと楠岡の頭に疑問が過る。

「……お前ら、なりたいもんとかあんのか?」

「「え?」」

 突然の質問に二人は首を傾げる。

「だから、夢だよ夢。大人になるのなんてあっという間だぞ? なんかそういうのねぇのかよ」

 あまり考えた事が無かったのか、二人の口からすぐに答えが出る事は無かった。

「多々羅はなりたいもんとかあんのかよ」

「俺か? 俺がなりたいのは俺だ!」

「あぁそうか。頑張れよ」

 訊く相手を間違えた事に気付き、楠岡は適当に多々羅をあしらう。

「ほら、なんかねぇのか斎藤」

「僕は……」

 斎藤は視線を落として頭の中を模索する。

 どれだけ考えてみても、『これだ!』という答えは見つからなかった。

「……まだ、解んないです」

「……そうか」

 楠岡はそれ以上の詮索はやめて、隣の西園に質問を移す。

「西園は? なりたいもんあるか?」

「私はですね、専業主婦です」

「誰の!?」

 思いがけない回答に食いついたのは、勿論隣に座っていた斎藤だった。

 椅子が倒れそうになる程驚いた斎藤に対し、西園はふざけているのか解らないような微笑を浮かべていた。

 そんな受験生に楠岡は溜息を吐く。

「あのなぁ……、小学生じゃねぇんだから」

「え? 私は至って真面目ですよ? お嫁さんは女の子全員の夢じゃないですか」

 決して意見を曲げそうにない西園に、楠岡は諦めたようだ。

「……まぁ焦って探す必要なんかはねぇし、別に大学で見つけるのもいいと思うけどよ、夢持ってると自分の進むべき道が分かるから良いに越した事はねぇぞ」

 それだけ伝えると、楠岡はのっそりと腰を上げていった。

「んじゃ、そのまま受験勉強を怠らないように。石神、漫画の続き貸してくれ」

「あっはい」

「いつも借りてっけどその漫画どんだけ続いてんだ」

 博士の小言も聞き流し、楠岡は千尋から漫画を受け取って畳スペースに転がった。

 そこに映る姿に、最早高校教師の面影など無い。

 少女漫画に没頭する楠岡を、千尋はただのうのうと眺めていた。

「……先生ってなんで先生なんですか?」

「は?」

 読書の水を差すようにして聞こえてきた不可解な言葉に、楠岡は目を向ける。

「あっ、すいません。楠岡先生はどうして先生になろうと思ったんですか?」

「言葉足らなさすぎだろ」

 先程の千尋からの質問がそういう意味だと知ると、楠岡は少し千尋の学力を心配した。

「いやっ、普通に何でなんだろうなぁと思って。もしかして、子供が好きだからとかですか!?」

「んな訳無ぇだろ」

「あれ!?」

 肯定どころか虎も逃げる様な目つきでがん飛ばされ、千尋は少し恐怖心を抱く。

 これ以上勝手に想像されるのも癪だと感じたのか、楠岡は千尋の漫画をそっと閉じた。

「別に、家族の影響だよ。(うち)は父親も母親も姉貴も教師だからな」

「「「「「「姉貴!?」」」」」」

 下手したら気付かない程サラッと投げ出された事実に、一同は声を揃えて驚いた。

「えっ、先生ってお姉さんいるんですか!?」

「あれ、言ってなかったか? 家は姉二人弟一人の三人姉弟だぞ」

「しかも二人!?」

 予想だにしない衝撃の事実が畳み掛ける中、楠岡は話を続けていく。

「姉二人も教師になって、俺以外全員教師になったもんだから、当然俺も教師になるもんだと思って志望学科を教育科にしたんだよ。そしたら――」

 楠岡は口を開きながらあの日の事を思い出していく。


●○●○●○●


元基(もとき)、お前教師になりたいのか」

 自宅のリビングで後ろから父親に呼び止められ、若かりし楠岡が振り返る。

「……んー、まぁ」

「どうしてだ」

「……どうしてって」

「もしお前が『家族全員教師だから俺も』なんていう気持ちで考えてるんだったら、今すぐ志望学科変えろ。そんな甘い考えで目指して良い道じゃない」

 自分勝手に言って出て行ってしまった父親に、楠岡は背中を見つめる事しか出来なかった。


●○●○●○●


「――って言われてな」

 過去の父親とのやり取りを教え子に伝え、楠岡は皆の反応を窺った。

「結構厳しい親父さんなんですねぇ」

「ていうか楠岡先生の下の名前って元基だったんだ」

「もしかして先生が社会科担当なのってお父さんの影響だったりしますか!?」

「いや、親父の専門は音楽だ」

「予想外!」

 楠岡の厳格な父親がリコーダーを持っている姿を想像して、一同は少し固まった。

 すぐ我に返った斎藤が、堪らず声を投げる。

「お父さんにそんな事言われたのに、なんで教師になったんですか?」

 当然の質問に、楠岡は少し視線を落とす。

 そしてそのままゆっくりと口を開いた。

 もう一度、まだ若かかったあの頃の自分を思い出しながら。


●○●○●○●


 それは友達と一緒に歩く、いつの日かの帰り道だった。

 制服を身に纏った楠岡は適当に友達と駄弁りながら、自分の家へと足を進めていた。

「そういやー、元基って確か先生になるんだよな!」

「………」

 突然話を振られて、楠岡の表情が固まる。

「えっ!? 先生ってあの先生?」

「そう! ったく、似合わねぇよなー! こいつが教卓の前で授業やってる姿なんて!」

「んー、元基には向いてないんじゃないの?」

「そうだ! だってこいつ教えるの下手くそだもん!」

 悪友二人が勝手に進める話に、楠岡は入るつもりは無かった。

 別に傷ついてなんてなかった。

 似合わないとか、向いてないとか、そんな事は自分が一番解っていたから。

「今からだって遅くないぜ? あんな辛気臭い職業なんてやめてさ」

「何が辛気臭い職業だ?」

「わぁっ!」

 何の前触れもなく割って入ってきた声に、友達は大きく身を仰け反った。

 いきなり目の前に現れたその人影を、楠岡は嫌という程知っていた。

「親父……」

 巨体から友達を見下ろすその迫力は、とても音楽教師とは思えない。

 友達は震えながらも、何とか子供の維持を張り通そうとする。

「もっ、元基のお父さんはどう思うんすか! こいつ、教師に向いてると思いますか!?」

 父親の回答を、どこか待っている自分がいた。

「……向いてるかだと?」

 息子の友人からの問いに、父親はぎゅっと握りしめていた拳に力が入る。

 父親はそのまま迷う素振りも見せず、そう断言した。

「そんなものは関係無い!」


「子供の夢を、信じるのが教師の役目だ!」


 そう言葉を聞いた時、何も言い返せなかった。

 自分が間違っているなんて欠片も思っていないような父親に、楠岡は魅了されていたのだ。


●○●○●○●


「まぁそんな感じで、憧れちまったんだな。父親としてじゃなくて、教師として」

 あの頃が少し懐かしいのか、楠岡は少し口元を緩めていた。

 そんな楠岡がどこか眩しくて、一同は教師に目を奪われている。

「まぁきっかけはどうであれ、俺は教師になれて良かったと思ってるよ」

 楠岡がそう口を開いて、自分の生徒達に目を向ける。

「お前達のバカやってるとこ見ると、こっちも楽しくなるからな」

 いつもは変で、教師らしくない先生だけど、実際のところは実に良い先生だ。

 そのルーツはきっと彼の父親なのだろう。

「だから早いとこお前らの夢を信じさせてくれ」

 楠岡はそう言って、こちらをじっと見つめている教え子にそっとはにかんだ。


●○●○●○●


「て、楠岡先生が言ってたんですよ」

 職員室の一角、そこで千尋は花子を連れてとある先生に情報を漏らしていた。

「あのぅ……石神さん? 何でそれを私に言うの?」

「えっ? 聞きたいかなと思って」

 千尋の惚けた回答に、馬場は思わず頭を悩ませる。

 一体いつから自分はこんな危険な生徒に懐かれたのだろうか。

「馬場先生は何で先生になろうと思ったんですか?」

「私は普通に子供が好きだからよ。先生になって、たくさんの子供達に色々教えたいなって」

「へぇー」

 そう相槌を打つ千尋の返答は、特に興味が無い訳では無さそうだ。

「みんな高校生の時から夢持ってたんですねぇ、私何も考えてないや」

「別に自分のペースで見つければいいのよ?」

「楠岡先生も高校生の時だったし」

「くっ……! こっ……!」

 千尋の何気ない言葉に、馬場は突然息が苦しそうな声を出した。

 急に身悶えを始めた馬場に、千尋も疑問の目を向ける。

 しかしすぐに呼吸困難の原因が判明し、千尋は目を細くした。

「……楠岡先生の高校時代の写真が見たいなら自分で言ってくださいね」

「ぐっ!」

 考えていた事がバレた挙句に望みの綱を切られて、馬場は全身の力が抜けた様にその場に項垂れた。

小学生の頃から将来の夢はあります。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


いつも忘れた頃にやってくる先生メインの話を書こうと思ったのが、今回の話のきっかけです。

あとは受験生ちゃんと勉強してるよって事のアピールですかね。

ほんと勉強してる感ゼロですからこいつらww

まぁそんな感じで話を繋げていって、楠岡先生の先生秘話を書く事になりました。


楠岡が先生になったきっかけは今回考えたんですけど、僕もきっとこんな感じなんだろうなぁと人事で考えました。

きっかけ自体はこんな安いものなんだろうなぁと。

でもそれまでには先生になる確固たる動機があって、楠岡のお父さんに言ってもらいました。

個人的にはこの動機、お気に入りです。


あと楠岡先生のフルネームを出す予定はなかったのですが、今回急遽考えました。

下の名前はこんな感じかな?と緩く考えてはいたんですが。

馬場先生のフルネームが出るかどうかは未だ不明です。


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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