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【083不思議】箒屋家の休日

 はじめまして、私の名前は箒屋理子。

 どこにでもいるような中学三年生の女の子です。

 私の家族はお父さんとお母さん、一つ上のお兄ちゃんの四人家族。

 お父さんは単身赴任で年末やお盆ぐらいしか帰って来ないので、今の家にはお母さんとお兄ちゃんと三人で暮らしています。

 今日はそんな箒屋家の休日を紹介したいと思います。


●○●○●○●


 朝十時、私は自分の部屋から出て、階段を下りていきました。

 私は朝が苦手で、休日だといつもこんな時間になるまで目が覚めません。

 リビングに着くと洗い物の音が聞こえてきました。

「あっ、やっと起きてきた!」

 洗い物の音がする方から、そんな声が飛んできました。

 この人が私のお母さん、箒屋麻理香です。

 いつも温厚でちょっとのんびりしてるところもあるけど、私達が何か間違えてたらちゃんと叱ってくれる、尊敬できる母親です。

「おはよぅ」

「もう早くないわよ! 今何時だと思ってるの!?」

 お母さんはそんな感じで声を飛ばしてきますが、寝起きの私には正直胸に響きません。

 こんな会話も毎度の事なので、マンネリ化してきました。

 お母さんは虚ろな反応の私に文句を言いながらも、朝ご飯を用意してくれました。

 今日の朝ご飯はご飯、味噌汁、梅干しと昨日の残りの金平ごぼう。

 お父さんの信条で、箒屋家の朝ご飯ではどんな状況であっても白いご飯を食べるという一種の家族ルールがあります。

 お父さんが単身赴任で家に帰って来なくなって以来、ちょこちょこパンが出されているのは内緒ですが。

「もう、理子も受験生でしょ? お兄ちゃんは早くに起きて勉強してるっていうのに……」

 ご飯を噛んで味わっていると、お母さんがそんな小言を溢しました。

 まぁ、そうだと思っていました。

 私の兄、箒屋博士はビックリするぐらいの勉強バカです。

 普通の高校生なら休日宿題もほっぽって遊びに行くところを、お兄ちゃんは部屋に籠って宿題どころか予習まで済ませてしまうのです。

 しかし、そんなお兄ちゃんを私は嫌いじゃありません。

 寧ろ憧れています。

 だって誰にも流される事無く、好きで勉強の世界に身を投じているなんて、なんかカッコいいじゃないですか。

 お兄ちゃんは勉強の素晴らしさを教えてくれる、私の自慢の兄です。

「だぁ――――解った! 行きゃあいいんだろ行きゃあ!」

 ………。

 私の心の声を掻き消すように、とんでもない怒号が二階の方から轟いてきました。

 今のが兄、箒屋博士の声です。

 すると瞬く間に階段を駆け下りる音が聞こえてきて、リビングにお兄ちゃんの姿が現れました。

「悪ぃ、ちょっと出かけてくる」

「あら、また乃良君? 行ってらっしゃい」

「夕方には帰ってくるから!」

 リビングにそう言葉を置いて、お兄ちゃんはそのまま家を出て行ってしまいました。

 今鏡で自分の顔を見たら、きっと酷い顔をしているのでしょう。

 お母さんが言っていた乃良というのは、お兄ちゃんの中学校からの友達です。

 あまり交友関係の無かったお兄ちゃんですが、ある時から突然家に乃良を入れるようになったのです。

 いつ見てもヘラヘラしてて個人的にはあまり好きじゃないですが、お兄ちゃんの交友関係に関しては少し心配してたので、そこに関しては感謝してます。

 そんな乃良と関わるようになってから、今みたいに休日にお兄ちゃんが無理矢理連れてかれる事が度々ありました。

 しかも高校になって部活に入ってからは、その数が更に多くなりました。

 まぁ別にお兄ちゃんの事ですし、私がどうこうする事じゃありません。

 しかし、そうは言っていられない問題が出来てしまったのです。

 それが花子とかいうおかっぱ女。

 顔のパーツがピクリとも動かない、生きてるのか死んでるのか分かんないような女です。

 そいつはお兄ちゃんと同じ部活らしく、どういう訳かあんな勉強にしか興味の無い男の事が好きみたいなんです。

 約十五年間お兄ちゃんと一緒に生きてきて、そんな話たったの一度も聞いた事ありません。

 好きなだけならいいんです。

 お兄ちゃんの人生ですし、どんな人間と付き合おうが私の知った事ではありません。

 ただ、

 私は知っているのです。

 あの女がお兄ちゃんの寝込みを襲うような、浅ましい女であると。

 そんな自分の性欲も制御できないような女に、お兄ちゃんはあげられません!

 お兄ちゃんの事だから、花子さんの事は知らないんだろうけど……。

 今日も恐らくお兄ちゃんは花子さんと一緒でしょう。

 でも安心して!

 私が絶対、お兄ちゃんをあのおかっぱ女から守ってあげるから!


●○●○●○●


 気付けば窓からは夕空が見えました。

 受験生である私の休日は、受験勉強一色です。

 私はお兄ちゃんと違って勉強バカじゃないので正直誘惑に手が伸びそうになりますが、だからといって勉強が苦しい訳じゃないです。

 分かんない問題が分かると、楽しいとすら思います。

 それでもやっぱり長時間の勉強は大変で、ふと深い息が漏れてしまいました。

 今日の晩ご飯は何だろうな。

 そんな他事を考えていると、コンコンとノックする音が聞こえました。

「理子、晩飯用意出来たってよ」

「はーい」

 ドアが開いてお兄ちゃんの声がして、私は疲れ混じりにそう返事をしました。

 お兄ちゃん、いつの間に帰ってきたんだろう?

 そんな事を考えていると、お兄ちゃんが私のすぐ後ろにまで歩いてきました。

 目には見えないけど、机に広がっている参考書を覗いてるのを感じます。

「……お前、逢魔ヶ刻高校受けるんだっけ?」

「……うん、マガ高」

「その呼び方公用なのか」

 別にお兄ちゃんの後を追って決めたとか、そんなカッコ悪い理由じゃないです。

 ただお兄ちゃんが入れたんだから私も入れるかなって、ちょっとした挑戦心ってだけで。

「……お兄ちゃん」

「ん?」

 私はお兄ちゃんにさっき解らなかった部分を訊く事にしました。

「これってどうやるの?」

「あ? ……あぁ、これはまずこの式を展開せずにこっちの式に代入して……」

 お兄ちゃんは私の分かんない問題を全部教えてくれます。

 その教え方は解りやすくって、ちゃんと勉強してるんだなって伝わるような教え方です。

 お兄ちゃんは不器用だけど、人に物を解りやすく教えられるような優しい人なんです。

 それなのに……、あの女は……。

 自分から訊いといてなんだけど、私はお兄ちゃんの話をあまり聞いてませんでした。

「……今日さ」

「ん?」

 気付いたら自然と口が開いていました。

「今日出かけた時、あの女いた?」

「あの女?」

「おかっぱ女だよ!」

 お兄ちゃんのあっけらかんとした様子に、つい私も声を荒げてしまいました。

 それでもお兄ちゃんはよく解っていないような顔でこっちを見ています。

「あぁ花子か? まぁいたけど」

「もう! あの女には気を付けてって言ったでしょ!?」

 あぁ、本当にこの男はどこまで鈍感なんだろう。

「……あのね、お兄ちゃん」

「何だよ」

 花子さんにはちょっぴり悪いけど、ここであの人の気持ちをお兄ちゃんに伝えてやろう。

「あのぅ……、花子さんはね? そのぅ……、お兄ちゃんの事が……、す……好きなの……」

「……うん、知ってるけど」

「知ってるの!?」

 えっ、知ってるの!?

 えっ、なんで、えっ、ちょっ、どういう事!?

「えっ、何で知ってるの!?」

「何でって、俺告白されてるし」

「告白されてるの!?」

 ちょっと待って、色々情報整理させて!

 お兄ちゃんはあの女が自分の事が好きって事を知ってて、その上であの女はお兄ちゃんにもう告白してる!?

 もう一通り事済んでるじゃん!

「ていうか、何でお前は花子の事知ってんだ? 俺言ったっけ?」

「見てれば分かるよ!」

「見てれば分かんの!?」

 良かった、お兄ちゃんの鈍感は健在だ。

 こうなると問題は既に次のステージまで進んでるみたいでした。

 という事はお兄ちゃんと花子さんは……。

「ねぇ、お兄ちゃん?」

「今度は何だよ」

「そのぅ……、お兄ちゃんはその告白の返事ってどうしたの?」

 私の固唾を飲む音が、嫌なくらいに耳に残りました。

「どうしたって……、普通にフッたけど」

 イェス!

 良かったー! 下手したらお兄ちゃん既にリア充かと思ったよー!

 無いよね! 流石にそれは無いよね!

 だってお兄ちゃんだもん!

 あまりの興奮に出てきたガッツポーズをそっと隠して、私は夕ご飯を食べる為に机の上の片付けをし始めました。

 いやーそれにしてもよかったよかった。

 これでお兄ちゃんがあの悪女に誑かされる事は万が一にも……。

 ………。

 ……待てよ?

「……お兄ちゃん」

「もう何だよ! 訊きたい事あんなら飯食いながら聞くよ!」

「花子さんが告白してきたのっていつ?」

 お兄ちゃんは私の質問の意図に、イマイチピンときていないようでした。

 それでも私の意図がハッキリしないまま、お兄ちゃんは私に衝撃の事実を教えてくれました。

「いつって、初めて会った時だけど」

 ドゴオォォオン!

 初めて……、会った時……。

「お兄ちゃん……、それっていつぐらい?」

「あぁ? 初めて会った時だから入学式のちょっと後くらいだよ」

 入学式のちょっと後くらい!

 それって……、それってつまり!

 とっくの昔にお兄ちゃんにフラれてるのに、未だ諦められずに未練タラタラで寝込みを襲ったって事!?

 ……私がバカだった。

 あの女はただの最低女じゃない。

 自分のフッた男をしつこく追いかけ回す、ストーカー気質最低女だった!

「お兄ちゃん! 今すぐあの女とは手を切って!」

「はぁ?」

「お願い! このままじゃお兄ちゃんが危ないの!」

「何言ってんだお前」

 お願い、伝わってお兄ちゃん!

 このままじゃお兄ちゃん、あの女の良い獲物にされちゃうよ!

「お前が何考えてるか分かんねぇけど、あいつ別に悪い奴って訳じゃねぇから心配すんな」

 このバカ兄貴ぃぃぃ!

 何が心配すんなだ!

 一度フッた相手に付きまとわれてるって自覚あんの!?

「ったく、まだ食わねぇつもりなら先食ってるぞ。冷める前に下りてこいよ」

 そう言ってお兄ちゃんは私の部屋を出て、下の階へと下りていきました。

 しかし、今の私は何を食べても喉を通る自信がありません。

 それくらい私にとって今の会話は衝撃的だったのです。

 お兄ちゃんは一度フッたストーカーに付きまとわれており、それを了承している。

 当初想像していた事態よりも、現実は最悪でした。

 でも安心して!

 私が絶対、お兄ちゃんをあのおかっぱストーカー女から守ってあげるから!

理子ちゃんは別にブラコンじゃないです。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今回は読んで下さった通り、マガオカ史上初の語り草での回でした。

箒屋家改め理子ちゃんのメイン回を書こうと思った訳で、いつも通り頭の中で話を考えていった訳ですが、

パッと浮かんだのが理子ちゃんの語り草だったんです。

正直ちょっと悩みましたが、それでも自分の思った通りにいこうと思って書きました。

結果語り草にして大正解だったと思います!


兄を心配する理子ちゃんですが、別にブラコンにしたい訳じゃないんです。

ないんですけど……、これはちょっとなぁ……ww

程々なブラコンになれたらいいなと思うんですが、その反面花子ちゃんに対する対抗心は強く欲しいんですww


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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