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【082不思議】Trick or Treat!

 足音だけが鼓膜を震わせる部室棟の廊下。

 窓から見える空の景色はとっくに真っ黒に染まっており、月の明るさが妙に目立っていた。

「ったく、いい加減日直くらい一人でやれよな」

 呆れ顔の博士は、隣を歩く花子にそう言葉を零した。

 こうして花子に付き合って部室に遅れるなんて事も、果たして今日で何回目だろうか。

「ごめん……」

 一応謝罪の言葉を吐く花子だが、その顔は依然無表情。

 それでも博士にはそのピクリともしない表情で、花子の申し訳ない感情が伝わったらしい。

 この反省が次回に活かせるかは甚だ謎だが、今のところは溜息で許す事にした。

 ふと日誌に書いた今日の日付を思い出す。

「……しっかし、今日で今月も終わりなんだな。この調子だとあっという間に今年も終わるぞ」

 今日は十月三十一日、十月最終日だった。

 普段からカレンダーに目を向けない性格からか、日誌を確認するまで全く気付かなかった。

 しかし二人とも日付にそれ程執着が無い為、この話題はあっさり幕引きする。

 そんな間に花子の足がピタリと止まった。

「ん? ……あぁ、着いたな」

 花子の停止に、博士はいつの間にか部室の前にいた事に気付く。

 博士は特に考える事も無く、そのドアに手をかけた。

「すみません、遅れまし」


「「トリックオアトリー」」


 開きかけたドアは博士の手によって勢いよく閉められた。

 何か聞こえた気がするが気のせいだろう。

 空耳の声の主と思われる二人がドアの目の前で妙な格好で待ち構えていた気がするが、それも気のせいだ。

 部室のドアが博士の反抗に反して人知れず開こうとしているのも、気のせいに違いない。

 博士の現実逃避も空しく散ってしまい、結局力負けして部室のドアは開かれた。

「「トリックオア」」

「トリック!」

「ぐふぇえ!」

 二人の声を食い止めるように、博士の鉄拳が乃良の顔面に向かって飛び込んだ。

 間抜けな声と共に乃良は吹き飛ばされ、床に尻を付けて自分を殴った加害者に目を向ける。

「何するんだよ!」

「だってイタズラして欲しいって言うから」

「こっちがイタズラするんだよ! ていうかこんなのイタズラの域越えてるよ! ただの暴力だよ!」

 乃良の悲痛な訴えも、冷酷な博士には届いていないようだ。

 一方鉄拳を逃れた千尋は、ドアの付近で固まる花子に声をかけている。

「花子ちゃん! トリックオアトリート!」

「鳥……?」

 聞き馴染みの無い言葉に、花子の頭上ではクエスチョンマークが踊っていた。

 そんな花子に案件を思い出したような博士は、この不思議な状況に一言投入する。

「ていうか、お前らこそ何してんだよ」

 妙な衣装を身に纏う部員達、机に散乱する大量のお菓子。

 入った時は気付かなかったが、部室も至るところでデコレーションされている。

 ある程度の予想は付いていたが、千尋が答えを口にした。

「何って、今日はハロウィンだよ!? ハロウィンパーティーに決まってるじゃん!」

 両手を天に掲げ、楽しさを全身で表現して千尋はそう言い切った。

 そう、十月末日の今日は世間一般的にハロウィンだ。

 さっきまで日付の事を考えていたのにピンとも来なかった博士は、余程イベント事に興味が無いのだろう。

 愉快に体を躍らせる千尋とは裏腹に、博士は重く溜息を吐いた。

「何がハロウィンだ、バカバカしい」

「はぁ!?」

「そもそもお前らはハロウィンの本当の意味知ってんのか?」

 喧嘩腰になる千尋を置いて、博士はそう部室全体に尋ねかけた。

「ハロウィンの起源はケルト人で、その昔古代ケルト人の一年の終日、大晦日は今日の十月三十一日だったんだ。この日は秋の収穫を祝う収穫祭が行われていたのと同時に、その夜に悪事を働く幽霊や魔女を追い払うバカみたいな宗教的意味合いの儀式も行われていた。それがキリスト教と混じって今のハロウィンになったの。仏教の日本には何ら関係の無い話だ。大体さっきのトリックオアトリートだって」

「五月蠅い!」

「はぁ!?」

「私達が楽しくやってるんだから、そんなケルト人だかソルト人だかの昔話みたいなのはいいの! 頭痛くなる!」

「お前らがやってる事の話なんだからちゃんと聞け!」

 博士の長ったらしいハロウィンの解説に、千尋は耳を塞ぎこんでしまった。

 堪らず博士は怒りを吐き散らすように、入った当初から気になっていた疑問をぶちまける。

「つーか! 最初から気になってたけど何だその服は!」

 部員達が身に纏っている服である。

 そこに制服の要素は欠片も無く、下手したら自作の様な衣装まで目に入る。

 その問いに答えたのは椅子に座って状況を見守っていた斎藤だった。

「仮装大会だよ。最近街で色んな人が仮装してるみたいに、オカ研でも毎年ハロウィンに全員仮装をするのが恒例になってるんだ」

 そう言う斎藤も、隣に座る西園も仮装していた。

 斎藤は姿だけはいっちょ前だが、血を見ると卒倒しそうな吸血鬼。

 西園は如何にも人を困らせる事を考えていそうな小悪魔的魔女にそれぞれ扮していて、どちらも異様な程に様になっている。

 不自然な姿のまま自然と部室に溶け込んでいる二人に、博士は頭に上った血がなかなか下がらない。

「貴方達受験生ですよね!?」

「息抜きも大切でしょ?」

「息どころか力抜いてませんかそれ!?」

「まっ、まぁ、ちゃんと家では勉強してるから」

 荒い呼吸で言い寄ってくる博士に、斎藤は今にも圧に追い込まれそうだ。

 確かに傍から見れば、二人は受験なんてほっぽって浮かれている様に見える。

 二人の仮装に目を奪われていると、自分達も見て欲しいと仮装をアピールするように、千尋と乃良が博士の前に姿を現した。

「ほら見て! 私はね! 弟を守る為に自らを犠牲にした愛に死ぬゾンビ!」

「設定細かい上にクオリティ高いな」

「俺は狼男!」

「お前猫だろうが!」

 特殊メイクで顔面が崩壊した千尋と猫耳の跳ねた乃良に、博士は黙って聞いてはいられなかった。

 更に追い込むように、二人は博士と花子に近寄ってくる。

「ほら! 二人も仮装するよ!」

「はぁ!? 俺はしねぇよ! 大体衣装なんて持ってきてないし!」

「こっちで用意してあるから大丈夫!」

「勝手に用意するな!」

 身を逸らして避ける博士だったが、それでも二人は博士を逃そうとはしない。

「花子ちゃんは白装束に白の三角巾ね!」

「それそいつの場合仮装じゃねぇぞ!」

「ハカセは白衣に左右に分かれた白髪のカツラ、丸くて大きい付けっ鼻!」

「それお茶の水博士じゃねぇか!」

 自分が仮装したなれの果てを思い浮かべ、完成図に吐き気すら覚えた。

 そんな姿を晒したようでは、人生の汚点になるのは確実である。

「嫌だ! そんなの絶対しねぇからな!」

「我が儘言うな! ここではハロウィンに仮装するのがルールなの!」

「ふざけんなそのルール!」

 博士は矛先を自分から別のどこかへと移す為、視界に入ったとある人物を身代りにしようとする。

「じゃあ百舌先輩は!? 百舌先輩も仮装してねぇじゃねぇか!」

 その指先にはいつも通り平常運転で読書を嗜む百舌がいた。

 博士の言葉通り百舌は制服を身に纏っており、ハロウィンを連想させるものは一つも見当たらない。

 静かにページを捲る百舌に代わって、斎藤が答えを代弁する。

「あぁ、百舌君は『動かない人』の仮装をしてるらしいよ」

「装ってないじゃないですか!」

 確かに全く動いてはいないが、それを仮装と呼んでいいのかはいささか疑問である。

 何はともあれ博士の作戦は空しく散り、再び二人が博士に衣装を着せようと迫ってきた。

「解ったかハカセ! いい加減着ろ!」

「嫌だ! 絶対着ない!」

「せめて付けっ鼻! 付けっ鼻だけでも!」

「それが一番嫌だわ!」

 二対一ではどうしても多勢に無勢であり、このままでは付けっ鼻の辱めは受けてしまいそうだ。

 博士は何とか他に打開策は無いかと辺りを見回し、二人に別の話題を吹きかける。

「そうだ! あの人! あの人はどこにいるんだ!?」

「あの人?」

 今度の作戦は成功したようで、二人は首を傾げて博士を眺める。

 やっと安息を手に入れた博士は何とか息を整えようとするも、その息は未だ荒い。

「……こういうイベント事には一番ノっかかりそうなのに」

 博士の発言で察したのか、斎藤がハッと顔を弾かせる。

 そのまま何やら言い難そうに、斎藤は苦笑いを浮かべながらそっと口を開いた。

「あぁ……、あの人はね……」


●○●○●○●


 音も何も無い、夜の体育館。

 外から見ると中の眩い光が漏れており、少し不気味な匂いを漂わせていた。

 そこに怪しい影が一つ。

「……ハハッ、待っていたぞ」

 体育館に入った足音に気付いたようで、そんな声が鈍く響いた。

 声の正体は偏に影というにはあまりにも巨大で、影の範囲で軽い運動でも出来そうな大きさだった。

「……さぁ」

 その皮膚は赤く染まっており、全身を紅蓮の筋肉が覆っている様に見える。

 よく見るとその筋繊維一つ一つが全て事細かく描かれているのが解り、この仮装への本気度が伝わってくる。

 巨大な影は扉の開く音がした方へとゆっくりと首を動かした。


 そこで露わになった顔は、如何にも進撃してきそうな超大型巨人だった。


「駆逐してやて全然いない!?」

 振り返って見つけた人影に、多々羅は思わず我に返ってしまった。

 体育館に現れた人影はたったの一つであり、その唯一の訪問客である百舌は表情の読めない前髪の奥でじっと多々羅を見つめる。

「林太郎! 他の奴らはどうした!?」

「……一年生がスイーツ食べに行くって言って、先輩達はハカセに説教されて勉強しに帰りました」

「何だそれ!」

 百舌から部室で起こった事の顛末を聞き終えたものの、それは多々羅には到底納得できるようなものでは無かった。

 しかしその話は今現実となって目の前に現れている。

 今更文句を喚き散らしたところで、この現実が変わる事は決してない。

 それなら今この瞬間を一緒に分かち合おうじゃないか。

「……しゃーねぇ。林太郎、今年のハロウィンはお前と二人で」

「んじゃ俺も帰るんで。お疲れ様でした」

 多々羅の視界から、最後の希望が躊躇いもなく姿を消していく。

 とうとう体育館には全身赤い筋繊維のペイントで仮装を施した多々羅しかいなくなった。

 見てくれる人も、彼の声を聞いてくれる人も誰もいない。

「……トリックオアトリート」

 勿論お菓子をくれる人もそこにはいない。

 妙に寂しくなる気持ちを紛らわす方法を何とか考えながら、今年のハロウィンが幕を閉じた。

お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ!

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


まぁそんなこんなで、気付けば十月も最終日になりました。

十月三十一日といえば皆さんお馴染み、ハロウィンでございます!

思ったんですが、クリスマスやバレンタインなどのイベントは他の作品でも定番ですが、ハロウィンをやる作品ってあんまりないですよね。

僕もちょっと忘れてましたが、オカルトをテーマにした作品で用いない訳にはいかないだろうとやってみました。


ハロウィンといえば仮装!という事でたくさんの仮装をしてもらったんですが、寧ろ仮装中心の回になりましたねww

仮装といえばパロディということでたくさんのネタを詰め込みましたww

巨人とか博士とか、ネタを考えるだけでもすごく楽しい回でしたww


そんなこんなでとても満足のいったハロウィンでした!

現実と時期が酷くズレているのはご愛敬ww 暑いですねぇー。


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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